第3話:昼休み
「無いじゃん……」
突発仕事の残業で無事こなした翌日、留衣は昼休憩のチャイムと共にリュックに手を突っ込むも弁当が無い。残業の疲れで入れ忘れたようだ。
アパートで腐りゆく弁当を憂い留衣は心の中で涙し、財布とスマホをエコバッグに入れて事務所を出た。向かう先はコンビニだ。
今日は哲は客先にプレゼンに出ていて不在だ。静かで良いと思わなくもない。
オフィスと飲食店が混ざり合うこの辺りは、留衣と同じ様に昼食を求める会社員が溢れている。留衣は自分と同じくらいの年齢の女性、特に作業着を着ている人を見ると、一体どんなお仕事を?と聞いてみたい衝動に駆られる時がある。
留衣は大学の同期の女友達たちも当たり前にデザイナーになるのだと当たり前に思っていたが、それは違った。彼女達は殆どがデザインと関係無い職に就いた。留衣は就職当初その事に驚き、もしや自分は周りより秀でていたのでは思ったりもしたが数年後にその思いは覆された。
彼女らは留衣より軒並み年収が高いのだ。留衣は自分が馬鹿だったのだろうと思った。彼女らは皆留衣に「デザイン続けててかっこいい、えらい」と言う。本当にそうだろうか。勉強したことを生かさないときっぱり決断をした君達の方が格好いいよ、と留衣は思う。
本当に頭が良かったらデザイナーにはならないのかもしれない。悲しくなるので、いつも留衣はその先を考えるのを止めてしまう。
そんなことを考えながら歩いているとあっという間にコンビニに辿り着いた。かなりの混雑で、留衣は人の流れに沿って少しずつ店内を進みながらサンドイッチの棚を目指した。
「あ、これ……」
棚の端の野菜ジュースを留衣は思わず手に取った。グラフィックデザイン学科だった友達が三日徹夜して作ったというパッケージだ。彼女に会った時「こんなに不健康な奴がこんなに健康そうなパッケージ作ってるんだよ。信じられる?」と笑っていた。
彼女は激務が祟って最近休職したという。
私達が目指しているのは一体何なのだろう。
彼女の役に立つとは思えないが、留衣はそのジュースとサンドイッチを手に取ってレジへと向かった。
―
コンビニから事務所へ帰る途中、ビルの間にベンチだけの小さな公園があった。今日は秋晴れで天気がいいし、たまには外で食事するのもいいかもしれない。
留衣は空いているベンチの傍らに歩み寄ると、屈み込んでベンチの裏を確認する。競合メーカーの名前が書かれたラベルが付いている。製造日は五年前だ。
ベンチはカタログで見たことないデザインなので特注品だろう。座板の落ち着いた茶色は某素材メーカーの特注色だ。
入社時に哲に「とにかくベンチを見て。それも仕事だよ」と言われてからの癖で、これ位はすぐ分かるようになった。最初は不審者と思われるかとどぎまぎしたが今は何ともない。
留衣は腰を下ろすと膝の上でコンビニのサンドイッチの包を開けて頬張った。
そう言えば少し前に某コンビニのパッケージデザインがリニューアルした際、分かりにくいと随分話題になった。
話題になれただけいい、と言うのは流石に偏屈すぎると自覚するが、話題になれないその他何千何億をデザインしているデザイナーがこの世には確かに存在する。そして留衣は、その内の一人だ。
留衣はサンドイッチを頬張りながらスマホを取り出してSNSを開いた。
仕事で某デザイン賞を取ったという大学同期の投稿がトップに出た。296いいね。留衣はため息をついて直ぐにアプリを閉じた。
別にSNSに上げるために仕事をしている訳では無いのにもやもやするのは何故だろう。
それでも、野菜ジュースのパッケージを作った彼女は少なくとも、留衣よりはちゃんとデザインの仕事をして、デザイナーとして働いていたと思う。でも、三徹しないとデザイナーになれないとしたら留衣にはとてもなれそうに無かった。才能もないし。
(考え出すとキリないや。やめとこ)
留衣は食べ終わったサンドイッチの包をぽいっとエコバックに入れると、足早に事務所へと向かった。
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