第5話

「もし、華さんが、賛成してくれるなら、桜ちゃんに、これを」


 以前から手がけていた物です。


 『記憶ワゴン』


 記憶を引き出したり、運び込む事が出来ます。

 

 お父さんの亡くなった時の記憶を運び出し、別の記憶を運び込みます。


 例えば、お父さんは、桜ちゃんが、生まれてすぐに亡くなった事に出来ます。


 桜ちゃんには、自分の生まれた時までのお父さんは認識出来ても、それ以降は写真に写っていても見えないし、話題が出ても聞こえません。


 記憶ワゴンは、強い強制力を持って記憶を管理します。


「いつか、桜ちゃんが、耐えられる様になった時、記憶を返す必要があります。しかし、今の彼女には、現実が耐えられない様です」


 このままで、今を乗り越えて、強く生きてほしいと願うのが、正しいと思います。

 しかし、今の桜ちゃんを 僕は見ている事が、出来ませんでした。


 僕は、間違っていると思います。しかし、華さんには、強く薦めました。


 高さ五十センチ程、幅は三十センチ程の小さなワゴン。ただの部屋の飾りの様な記憶ワゴンは、眠っている桜ちゃんの記憶をその四つの車輪で、奪いに行きました。


 翌朝から、桜ちゃんには、笑顔が戻りました。

 

 もちろんあんなに仲の良かった父親の事は、覚えていません。


 桜ちゃんは、明るく、美しい娘に成長して、中学生になりました。


 時々、桜ちゃんだけには見えないはずの父親。その最も大切だった人の写っている写真をじっと見ている時があります。

 自分自身が、失った物を見つめているのでしょうか?

 その時が、近づいているのでしょうか?


 僕の部屋の運命の出会い日記は、不良品では無かった様です。

 ただ、非情なだけだった様です。


 桜ちゃんのお父さんが、亡くなった事実が、あの日の僕の出会いを ありふれた物から特別な物に変えました。


 僕は、桜ちゃんの新しい父親になりました。


         終わり

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凍りついた少女と記憶を運ぶワゴン @ramia294

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