最終話 オレンジジュースを飲み干す僕

「へ、へえー。僕なんだ……」


「反応、薄いね。和希」


 いつもの間延びした声でなく、どこか儚さを纏った調子。


 そう。未亜は知っているはずだ。


 僕が未だに皐月さんが好きだということを。


「あのう、未亜」


「何? 和希」


「僕はその、どう答えればいいかなって」


「そうだね。とりあえず、あたしを傷つけない程度の内容でいいんじゃないかな? あっ、『傷つけない』っていうのは、体のどこかを傷つけることじゃなくて、心の意味でっていうことだからね」


「まあ、それはさすがにわかるけど……」


 僕は言いつつ、頭を掻き、困り果ててしまう。


 いや、それはつまり、振ることはできないっていうことじゃ。


 とはいえ、曖昧に誤魔化すような反応もダメな気がする。


 そして、オッケーしても、それがウソだというのは、未亜にすぐ見破られてしまう。


 僕は両腕を組み、「うーん」と唸りつつ、頭を巡らした末。


「なら」


 僕は改めて未亜と目を合わせる。


「僕と付き合いたいなら、まずは皐月さんと陽太をくっつけるのを手伝えばいいんじゃないかなって」


 僕の提案に、未亜ははじめ、意味を掴めなかったのか、首を傾げる。


「偉く上から目線の返事だね」


「まあ、それは確かに」


 僕は今さらながら同意をし、軽く頭を下げる。


 対して未亜は、「まあまあ」と宥めてくれた。


「でも、今の答えは、和希なりに真剣に考えた上での答えなんだよね? あたしを極力傷つけないための」


「そう、だね」


「けど、今話しながら、和希の答えがどういうことだろうと考えてる内にわかってきた気がするよ。うんうん、なるほどねー」


 未亜はようやく、いつもの間延びした声に戻ってきた。


「つまりは、あたしが皐月を柏木くんとくっつければ、和希は皐月のことを諦めざるをえなくなると。そしたら、あたしにもアタックできるチャンスが巡ってくる、そういうわけだねー」


「まあ、うん」


「でも、和希は、皐月が柏木くんと付き合うようになっても、諦めきれそうにないと思うけどねー」


「まあ、そんな未来のことは誰にもわからないし」


「でも、今は皐月のことが好きなんだよね?」


「もちろん」


 僕は躊躇せずにうなずくと、未亜は椅子の背もたれに寄りかかった。


「なら、今告っても振られるのがオチだねー、こりゃ。となれば、皐月を先に柏木くんとくっつけることがまだ成功率を上げられると」


「でも、陽太は未亜のことを諦めてないと思うけど」


「だねー。まあ、結局はみんな、同じってことだよねー」


 未亜は乾いた笑いをこぼすと、僕のオレンジジュースが入ったコップを奪う。


「ちょっと飲ませて―」


「いや、それはその、そんなことしたら、間接キスになるとか」


「別に、あたしはそういうこと気にしない方だからねー」


 未亜は言うなり、僕が口をつけたストローでオレンジジュースを飲む。というより、残りを全て空にしてしまった。


「ふうー。ご馳走様―」


「で、未亜は?」


「あたし? とりあえずはまあ、皐月と相談だねー。いかに柏木くんに振り向いてくれるかの作戦会議からだよねー」


「つまりは、その、僕の提案を」


「受け入れるよ。だから、和希へのアタックは当分お預け。負けフラグ確定なイベントとか起こしたくないからねー」


 未亜は表情を綻ばすと、中身がないコップを僕の方へ戻す。


「となれば、和希はどうするのかってところだよねー」


「僕?」


「そう。さっきまでここにいた瑞奈ちゃんのことだよー」


 未亜は声をこぼすと、まだ残っている空のコーヒーカップの縁を人差し指の腹で軽く叩く。


「もう、ここで話すとかしないってことなのかなーって」


「ああ、そういうことね……」


 僕はコーヒーカップへ視線を移しつつ、相槌を打つ。


「いや、これはこれでやめないかなって」


「なるほどねー」


 未亜は察したのか、何回も首を縦に振る。


「つまりは、和希は和希で、瑞奈ちゃんと柏木くんがくっつくように協力すると。そうすれば、和希が皐月に再度アタックできるチャンスが生まれるかもしれないということだねー」


「まあ、そう上手くいくかどうかわからないけど」


「だよねー。そもそも、瑞奈ちゃんと柏木くんは血が繋がっていないとはいえ、兄妹だもんねー。そういうのって、上手くいくかどうか、わからないし、そもそも、柏木くんは瑞奈ちゃんのこと、妹としてしか見てないかもしれないよねー」


 未亜は去り際に瑞奈が残した言葉を噛み締めつつ、語っているようだった。


「でも、まあ、そこはあたしが和希にアタックできるようになるかどうかの難易度と同程度と思えば、いい勝負になるかもねー」


「だね」


 ぼくはうなずき、改めてスマホでMINEを開く。


 未だに陽太へメッセージを返していない状態。「奈良橋って言っていたね」で止まっている。


 とりあえず、僕はスマホを操り、「そうなんだ」と返していた。


「そういえば」


「何?」


「未亜は瑞奈のことをちゃん付けしてるけど、別に好きでないなら、そういう風な呼び方はしないかなって思ったんだけど?」


「まあ、瑞奈ちゃんは瑞奈ちゃんでかわいいからねー。そういった意味でちゃん付けかなー」


「かわいい、ね……」


「あれ? 和希はそう思わない?」


「いや、いつも会ったりして慣れ過ぎてるせいか、そういうことすら感じないというか……。後は僕の方が先輩だけど、やたら上から目線なのが気になって」


「それは仲がいいっていう証拠だよー」


「そうなの?」


「多分ねー」


 未亜の適当な返事に、僕はしっくりこないものの、突っ込むことはしないことにした。


「それじゃあ、あたしはこのへんで退散しようかなーって」


 未亜は言うなり、ハンチング帽を被り、メガネをかける。


「あっ、そうそう」


 未亜は何かを思い出したかのように、おもむろにスマホを取り出す。


「あたしねー、こうやって、前から和希のことは写真に撮ってたんだけどねー」


 向けてきた画面には、下校中であろう僕の姿や瑞奈と話している時などの写真があった。角度的には隠し撮りっぽい感じで、有名人なら、週刊誌にでも載ってそうな奴だ。まあ、僕はただのしがない高校生だけど。


 で、未亜は画面をタップしつつ、次々と僕の写真を見せつけてくる。何というか、気恥ずかしい。普通なら、盗撮されているのだから、怖がるべきところなのかもしれない。けど、先ほどから楽しそうに写真を眺める未亜といると、変にそうはならなかった。


「あっ、あったあった。これこれ」


 と、未亜はとある写真のところでタップしていた指を止める。


 僕がおもむろに覗いてみれば。


 電柱の陰に隠れて、どこかへ視線を移している瑞奈の制服姿。


「瑞奈?」


「そうそう。たまたま撮ったんだよねー。学校帰りに」


 未亜の答えに僕はある違和感を覚える。


「ってことは、これって、前の中間テスト前くらいの時?」


「いや、そうじゃないかなー。普通の放課後だよー」


 未亜の適当な答えに、僕はどうも納得がいかなくなる。


「いや、その」


「何かな?」


「瑞奈が見てる先って誰がいるのかなって」


「そこは『何』じゃなく、『誰』なんだねー」


 未亜は察したのか、声をこぼすと、ニヤリと笑みを浮かべる。


「ちなみにだけど」


 未亜は間を置くと、僕と改めて目を合わせる。


「この日は柏木くん、卓球部の練習中だねー」


 どうやら、僕の予感は当たっているようだ。


「じゃあ、この瑞奈が見てる先って……」


「ヒントはこれを撮った人は何でここにいるのでしょう?」


 未亜の言葉に、僕はおもむろにため息をつく。


「あのう、未亜」


「何?」


「僕はてっきり、陽太がラブコメの主人公かなって思ってたんだけど」


「けど?」


「どうも、それは僕の思い違いだったみたいで」


「だねー」


 未亜は言いつつ、次の写真を指でタップして、スマホの画面に映す。


 見れば、普通に一人で歩いている僕の後ろ姿。


 そして、次に出てきた写真は僕をさっきより遠目にしたもの。で、近くの右には電柱があり、顔を覗かせている瑞奈の姿がいた。先には僕の背中のようで。


「ちなみにだけど」


「何かな?」


「瑞奈はたまたま僕を見ていただけ?」


「いや、ずっとつけていたよ。家までねー」


「それを知ってるってことは、この写真を撮った未亜も?」


「まあねー」


 躊躇せずに答える未亜。


 瑞奈は単にこの日、たまたま、僕の行動が気になって、後をつけただけかもしれない。と思いたいけど。


「じゃあ、瑞奈が陽太のことを好きっていうのは」


「多分、ウソじゃないかなー。あたしがウソをついたのと同じように」


 未亜の返事に、僕は頭を抱えたくなる。


 さて、どうすればいいのか。


「じゃあ、あたしは帰るねー」


 一方で未亜はスマホをしまうなり、立ち上がる。


「よかったねー、和希。モテモテだねー」


「いや、あまりにも急すぎて、困るというか、何というか……」


「もしかして、和希が皐月のことを好きっていうのもウソだったりして」


「それはウソじゃないって」


 僕は手を横に振って懸命に否定をする。変に面倒なことになるのはゴメンだ。


「まあ、和希も、あたしも、他のみんなも一方通行っていった感じだねー」


「そう、だね」


「でも、それはそれでいいんじゃないかなーって」


「どこが?」


「ほら、あたしたち、青春してるなあって思えるし」


「何だか無理やり感があると思うけど」


「そう? あたしはそう思うけどなー」


 未亜は声をこぼすと、最後は手を軽く振って、カフェ店内からいなくなった。


 ようやくというか、一人になった僕。


「ふう……」


 僕は頭を巡らしてから、とあることに気づく。


「って、瑞奈が僕を好きだとしたら、陽太とくっつけることは難しいんじゃ……」


 ましてや、僕に対して、変に上から目線な態度を取る瑞奈だ。好きでもない人と付き合うように仕向けるなど、できっこないような気がしてきた。


 となれば、僕は単に瑞奈か未亜、どちらかと付き合うのが一番簡単だ。


 でも、それは妥協というもので、ましてや、好きでもない僕としてはやりたくない。そもそも、好意を持っている相手に失礼だ。


 とまあ、色々と考えてみて、とりあえず、することは決めた。


「そもそも、本当に瑞奈が誰を好きなのか、改めて聞いてみるしかないっか……」


 そもそも、瑞奈は僕の後をつけていたという状況証拠しかないのだ。本人から聞いたわけでもない。


 僕はスマホを出し、MINEから瑞奈にメッセージを送ろうとして。


「まあ、今は陽太とショッピングしてるだろうし。変に兄妹の時間を邪魔するのも」


 とつぶやくと、スマホをしまった。


 瑞奈に聞くのは、今度会ってからにしよう。


 僕は内心でそう決意をすると、MINEを閉じ、ソシャゲに興じ始めることにした。

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義妹と高嶺の花のヒロインに好かれる主人公っていいよね。まあ、僕じゃないけど。 青見銀縁 @aomi_ginbuchi

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