逆異世界転生エルフ王は史上最悪のテロリストととして人間世界を震撼せしむる。

プロローグ

   プロローグ1:悪魔の日常


 私の執務室には悪魔が居付いている。


 彼は必ず常に何か、“作業”をしている。

執務室にチリ一つ落ちていないのは当たり前、鏡の代用になるほどに磨かれた家具類、精巧な造花のように葉先までピンと張った観葉植物。

施設内には清掃担当の職員もいるが、この部屋に限っては、全く出る幕がない。


 清掃に限らない。私の数少ない嗜好である紅茶も彼が常に入れてくれるのだが…。

味も香りも私の好みに合わせるのは当たり前。

驚く点はその給仕のタイミングにある。

 いまだかつて、私から彼に要望を申し出たことはない。なぜなら、私が飲みたいと思い、彼に声をかける直前で彼は給仕してくるからである。

更に、その時の状況…気温や湿度のみならず、その時の私の気分まで計算した…結果のものが、手を変え品を変え、完璧なまでに給仕されるのである。


 最初はその以心伝心というか、私のすべてを把握したような行動に、不信感のような、畏怖のような複雑な感情を抱いていたが、最近では自然に彼の行動を受け入れるようになってきた。…きっと彼と私は何か通じるものがあるのだろう…と。


 通じているのは茶のような嗜好品の話だけではないのだ。


 私はユウラシア共和国の国家主席である。

我が国は東大陸の三分の一を占める大国である。

ここ20年ほどで急速に経済の発展を遂げてきた。

 豊かな国になったのはいい。しかしそれによって西大陸の二分の一を占めるメリカス連邦国を始めとする既得権益を持っている国々との、経済的かつ軍事的な小競り合いが頻発するようになってきたのがここ数年の問題だ。

 その結果、我が国の経済は急速に悪化してきている。 

それは急激な発展のリバウンドではない。明らかに西側の干渉によるものである。


 我が国はやりすぎたかもしれない。時期尚早…。まだ彼らを敵に回せるほどの実力を持っていなかったのだ。

 しかし、国内には自分たちの実力を過信したままの愚か者が多くいる。

彼らは私の政敵となり、私の足を掬い、私の地位を奪取しようと虎視眈々と狙っている。

 私は内外の敵勢力に囲まれ、まさに四面楚歌の状況に追い込まれつつある。


 そんな状態でも昨年の党大会で勝利できたのは、私の執務室にいる彼の助言が大きかったと考えている。


 政治というものは広報に出るような業績が目に付くことが多いが、実際には細かい指示事項の膨大な積み重ねによるものが大きい。それができない政治家は無能である…というのが私の持論である。

 状況が悪くなればなるほど、出さなければならない細かい指示が蓄積され、忙殺され、いずれは致命的なミスを犯すことになる可能性が増える。


 そんな時にいつも彼の助言がある。

彼の助言は的確であった。私は謝った指示を出すことなく、出さねばならぬ指示が蓄積されることもなく、常に困難を乗り切ることができる。


 まるでいつもの紅茶の給仕のように、私が困難に直面するタイミングで、その時のあらゆる諸状況を熟知し、的確な対応策を助言してくるのである。


 完璧な“作業”である。


 しかし実は彼はこの施設の職員でもなければ、私の秘書官でもない。

いつの間にかこの部屋に、部屋の片隅にいる蜘蛛のように自然に存在していた…という記憶しかない。蜘蛛というより空気といった方がいいかもしれない。

 私を始め、他の職員、来客、すべてが彼の存在に疑問を持っていない。

顔を合わせて会釈をする…その程度だ。


 しかしこの部屋はまがりなりにも、国家主席の執務室だ。

得体のしれない人物がいて良い場所であるはずがない。

 …はずがないのだ。


 しかし、なぜなのだろう。彼の正体を確認するために彼に直接問いただす、若しくは他の者…施設責任者や自分の秘書官に確認する…気にならないのだ。

 なぜ、気にならないのか?それすらも不明。 

とにかく気にならないのだ。“どうでもいい”のだ。 

それはこの部屋に入ってくる、他の人間も同様なのだろう。


 そう、おそらく彼はヒトでないのだろう。


 彼は何者なのか?なぜ、いつもこの部屋にいるのか?

しつこいようだが、それは“どうでもいいのだ”。

重要なのは彼の存在が “私にとってなくてはならない” ということだけなのだ。


 しかし、彼の正体に対する興味は不思議なほどわかない。

名前すら“どうでもいい”のだ。

だから、私はいつも彼をこう呼ぶ。


「悪魔よ。この件についてどう考える?」


 そう、彼の正体は悪魔であることを私は知っている。

超人的な行動などをしなくてもわかる。

私の本能がそう語りかけるのだ。


 それを知ったうえで私はこう思うのだ。


 “彼の正体など、どうでもいい”

私にとって彼は必要不可欠な存在なのだ。彼が何者であるかは重要ではない。


 たとえ悪魔であったとしても…。




   プロローグ2:神のようなものの黄昏


 今日この日にここに集まってくれて、最後に礼を言いたいと思う。

種として純粋な人類を守り抜いてきた皆様に、こうして直接語り掛けることは私がこの世界に存在するようになって…十万年ほどになるだろう。


 私は人を統べる存在であった。

…いや勘違いするな。“神”ではない。

正確にはあなた方が神と呼ぶ、全知全能の存在ではない。

私の力はヒトにしか及ばない。ヒトのために存在し、ヒトのすべてを司る…。

それしかできない取るに足らない存在…単なる管理者のようなものだ。

 “神”と呼べる存在は他にある。

それはヒトを含むすべての生きとし生けるもの、および石や水、空気といった生命がないもの、すべてのために存在し、すべてを司る存在である。

 ただ、それは…その”神“のようなモノは、“なんでもできる”にもかかわらず、“なにもしない” ただの役立たずなのだが…。

 

 ああ、話が逸れてしまったようだ…。

ここに集まってもらったのは、今まで私に尽くしてくれた御礼を言いたかった事と、

この時をもってあなた方を私の支配から完全に解放することを伝えるためなのだ。


 あなた方はヒトとしての尊厳を守るために何万年も“敵”と戦い続けてきた。

あなた方はそれを自分たちの意志によるものと思っているだろうが、それは私がその意思を操ってきたためで、そういうことが出来るのが私の能力なのだ。


 …そうだ、勿論あなた方の意志も多少なりとも含まれている。

しかし敵と戦うように仕向けていた…ということも事実なのだ。


 …確かに、それはあなた方のことを思ってのことだと自負している。…いえ、そう思っていたのだ。

しかし、私の存在を守るためには、あなた方を“敵”に屈服させられない…それも事実。


 私は自身自身ために、あなた方を利用していなかったか?

その問いに明確に応えることが私には出来ない…。

今にして思えば敵と戦わずしてヒトが存続していく道があったのでは…?


 共存の可能性を考慮したヒトも、事実、存在していたのだ。

私の干渉がなければ、協調の道を進み、ここまで人類の数を減らすこともなかったのかもしれない…。今となって悔いても悔みきれるものではないが…。

 正直、闘争の道と協調の道、どちらがあなた方にとって正しかったか今の私にはわからない。


しかし今は、私のエゴによって判断するのではなく、あなた方の意志によってこれからの未来を決めてほしい…と考えている。


 今まで私についてきてくれて本当にありがとう。

あなた方のこれからの未来に祝福があることを祈っている…。




   プロローグ3:第二次日本列島改造計画


 配布資料のタイトルには

「新型コロナウイルスの将来的な対策インフラ整備について」

と書いてある。


 ここ1年ほど我々の業界だけでなく日本中がこの話ばかりで、内閣のトップとしては正直辟易している。

コロナウイルスの死者の数だけでいえば…他国はともかくとして…日本国内では驚くほどの数ではないと認識している。一日の死亡原因の内訳を表にしてみれば、それは一目瞭然だ。

 大体マスコミが騒ぎすぎるだけなのだ。

コロナの情報は国民にとってみれば最も知りたい事の一つ。なおかつ政府広報に張り付いていれば簡単に情報を手に入れることが出来る。

 彼らからすれば、売れ筋商品を手軽に入手することが出来る…という寸法だ。

騒ぎすぎるのも頷けないわけではないが、ここ最近のマスコミは自分の力で情報を入手する…という地道な作業を怠っているようにも見える。


 まあ、それはいい。

我々政治家も同じ穴のムジナだからだ。

コロナ対策など、具体的な対応といえる政策などありはしない。

医療環境の整備、ワクチンの調達、リモートワークの指示、緊急事態宣言の発令…。

これらは我々から医師会、経済界、自治体などにに“伝える”だけの業務である。

野党の連中が逆立ちをしてもできない、与党だけの特権である。


 まあ、こんなものを政治などと言ったら、過去の先人たちに笑われてしまうだろう。しかし、そんな簡単な業務でも、国民からしてみれば我々が政治をしているように見せかけることができるのだ。


 …楽な仕事だ。あとは大きなミスをしなければいい。

しかも国民の関心がコロナに向かえば向かうほど、我々の仕事…コロナとは関係のない分野…についてはアラが目につきにくい。

実際、コロナ前に野党・マスコミに叩かれていたスキャンダルなどはあまり話題に上がらなくなってきている。

 不謹慎なことではあるが我々にとってはコロナなど、都合のいい厄災に過ぎない。


 ともあれ、コロナ対策としてのインフラだと?

どういうことだ?将来的ということは即効性のある対策ではあるまい。

公共医療機関でも増やすつもりか?

そんなことをしたら、コロナ終息後、負の資産が増えるばかりではないか…。


 資料をめくる。どうやら一般人がSNSなどを通じて発信している内容らしい。


 “上下空気道”の整備?上下水道ではなく“空気道”というわけか?

ウイルスに汚染された空気を“下空気道”を通じ排出、“上空気道”で新鮮で汚染されていない空気を供給。

併せて上下空気道センターを通じて炭酸ガスを分解。環境問題の改善が見込まれる。

空気道を地下ドローンの通路として流用。一定規模の運送業務の効率化が見込まれる。


…バカバカしい。こんな大規模な公共工事をする財源など、どこから捻出するつもりだ?


 資料を放り出しソファに体を深く沈ませ微睡みかけた。

が、背筋を凍らせるような恐ろしいことが頭をよぎり、一瞬で目が覚める。


 こんな現実的でない突拍子もないマニュフェストなど、まさに野党向きではないか?!

奴らのマニュフェストなどほとんどが机上の空論だ。政権を取らなければ実行する責任は発生しない。言いたいことを言って国民の賛同を得られれば、それだけで勝利なのだ。


 もし、そのまま彼ら政権を奪取し、マニュフェストを本当に実行しようと動いたとしたら? 

 この計画は長期にわたる大規模な公共事業になる。

一旦計画に着手すれば、その成果を評価されるのは数年先、十数年先になってしまう。下手をしたらその期間中彼らに政権を握らせる結果になる可能性だって否定できない。


 マズい…。

野党が動き出す前に何とかしないと…。


 先ずはこの計画を発案したという一般人を囲い込むことだ。

どの様な手段を使ってもこの者を我が陣営に引き入れる必要がある。


 そのまま秘書に連絡する。秘書と話しつつ、少しずつ頭が冴えわたってくる。

気分が高揚するような、素晴らしいアイデアが次々と浮かんできた。


 地下ドローンとやらの規模を大きくして、人を運べるような仕組みをつくったら?


 完全に管理された交通機関…。

事故もない、渋滞もない、インフラ整備が完了してしまえば、おそらくコストもかからないのではないか?。

 道路のほとんどが不要になる。その分土地の利用方法が革新的に変化する。とりわけ都市部はとんでもないことになるだろう。

 公共工事により新たなる雇用が発生する。

 これはとんでもない計画になるかもしれない…。


 そうだ!この計画を“第二次日本列島改造計画”と名付けよう。


 私は敬愛する田中角栄氏と並ぶ、歴史に残る内閣総理大臣として名を残すのだ!



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逆異世界転生エルフ王は史上最悪のテロリストととして人間世界を震撼せしむる。 @inuteish

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