第1VRA 皇居における〈時〉の象徴、天守台と午砲台:『ソードアート・オンラインⅡ』

 二〇二一年十二月七日、火曜日――

 有楽町に立ち寄って、丸の内ピカデリーの時計を写真に収めた後、隠井は、東京メトロ大手町駅の〈C10番〉出入口付近で、スマホで時刻を確認することに成功した。


 〈14:57〉


 場所も時刻もぴったりだ。

 隠井は、時刻が表示されている画面をスクショしながら、こう呟いた。


「もう、あれから一年か……」


 何から「一年」かというと、隠井は、一年ほど前の十二月五日の日曜日の十四時五十七分にも、同じC10番出口に立っていたのだ。

 ここは、TVアニメの第二期『ソードアート・オンラインⅡ』の第一話「銃の世界」で、主要登場人物の「結城明日奈」こと「アスナ」が位置していたのと全く同じ場所と時刻なのである。


 この話の中では、アスナが、別件で銀座を訪れていた、恋人の「桐ケ谷和人」こと「キリト」と皇居でデートをする様子が描かれている。

 このエピソードは、アニメでは、第一話の三分二十六秒から八分二十七秒、および、十九分二十一秒から二十一分、計約六分四十秒間、川原礫氏の原作小説の方では、文庫本・第五巻の五十三頁から六十八頁までの十六頁に相当する。


 皇居を舞台にしたエピソードの時間的背景は、アニメも小説も共に「二〇二五年十二月七日、日曜日」に設定されており、だからこそ、隠井は、アニメが放映された二〇一四年以降、十二月の初めに皇居を訪問することにしているのだ。

 この「十二月七日、日曜日」というのは、物語が展開している「二〇二五年」以前では、アニメ放映年の二〇一四年しか当たっていないのだが、それでも、十二月初旬に皇居を訪れることによって、物語状況と似た、この時期の皇居の雰囲気や冬の空気感などを味わうことはできよう。

 そういった次第で、十二月初めの黄昏時前というこの時間帯に、隠井は、タブレットで、第二期・第一話の動画を流しながら、キリトとアスナと同じ道程で、江戸城跡である皇居東御苑を巡ってみることにしたのである。


 ちなみに、この日の隠井の服装が、黒のスニーカーに、黒いズボン、黒いトレンチコートと、全身黒ずくめであったことを、ここに付言しておくことにしよう。


 入園無料の皇居東御苑の入口で、手荷物の検査を受け、検温・消毒をした後、三の丸の大手門を抜けた隠井は、タブレットの動画の一時停止を解除した。移動している現実の空間とタブレットの中の場面が一致したからだ。

 いわば、現実と虚構を同期させ、手動で〈RA〉化させたのである。

 すると、RA化したキリトがこう語り出した。


 千代田区の二十パーセントを占める皇居、その下には「地下鉄やトンネルも通っていない」し、その上は、いかなる航空機も「飛行禁止」、すなわち、皇居とは、「東京のど真ん中を垂直に貫く、巨大な侵入禁止エリア」になっていて、「東京の中心であると同時に、隔離された〈異界〉でもある」と。


 RA化したキリトとアスナと一緒に、三人で坂を上り切ると、そこには、旧江戸城の本丸跡が広がっており、その光景を目にしたアスナが感嘆の叫びをあげた。

 それから、隠井は、二人と一緒に、視界の最奥に見えた、江戸城本丸跡の一番北側に位置している薄茶色の壁まで行ってみることにした。

 そこが、江戸城の天守台跡である。


 江戸城の天守は、三代の将軍、家康、秀忠、家光と、将軍が替わるごとに築き直されたのだが、それゆえに、天守とは、それぞれの将軍の象徴とも言い得る建造物である。

 だが、明暦三年、一六五七年の火災で、家光の天守が焼失してしまい、その後、天守は戦国時代の時代遅れの代物である、と考えた四代将軍・家綱の後見の会津藩主・保科正之によって再建に待ったが掛けられ、以後も、江戸城において天守が再建されることはなくなってしまったのだ。

 そして今現在、残っているのは、東西四十一メートル、南北四十五メートル、高さ十一メートルに石積みされた、薄茶色の花崗岩の〈天守台〉の跡だけなのである。


 RA化したキリトとアスナは、薄茶色の石垣が背景になっている天守台の下で、外国人観光客の親子連れに頼まれて写真を撮ってあげ、その御礼として、二人も、スナップを撮ってもらう。だが実は、原作小説の方では、その撮影場所が何処かまでは叙述されてはいない。つまり、天守台の背景描写は、アニメのオリジナルなのだ。

 さらに、アニメの中でも、二人が天守台に上った場面は描かれてはいないのだが、天守台の下まで来て、上らないという選択肢は隠井にはなかった。


 これで、天気が良かったらベストだったんだけど……。

 曇天の空の下で、動画を一時停止した隠井が、天守台の上から周囲を見回してみると、北の方に、武道館の上の〈大きな玉ねぎ〉を認めることができたのだった。


 天守台から下りた後、江戸城本丸跡の北側の芝生側そばに三つ並んでいるベンチの真ん中に座った隠井は、一時停止を解除し、二人を再びRA化させた。

 画面の中では、夕陽に染まった空の下、隠井と同じ真ん中のベンチに座り、しばし、キリトと向かい合っていたアスナが、やがてこんなことを語り出した。


「世界が、《時間》という軸と《空間》という面で構成されているなら、東京(……)わたしたちの現実世界の中心は、間違いなくこの場所。そして(……)仮想世界の中心軸は、もう存在しない、あの《城》なんだね」と。


 アスナの話を聴きながら、隠井は考えた。


 旧江戸城跡である皇居は、かつて将軍が住み、後に天皇も住んでいる、という点において、まさに日本の中心の象徴的空間で、さらに、キリトが語っていたように、「垂直」な不可侵エリアであるのだから、外部からの侵入ができず、プレイヤーを閉じ込め、クリアしない限り、外部への脱出もできないアインクラッドの浮遊城と似ているな、と。

 だが、その全百層から成るアインクラッドの城は、途中の七十五層でキリトにクリアされたことによって崩壊してしまった。

 一方、江戸城の天守は、将軍の権力の象徴として建造されたものの、これは、江戸時代初期に存在していただけで、江戸時代の残りの二百年の間は、江戸城に天守は不在だった。

 だから、江戸時代の途中で再建されなくなってしまった〈天守〉は、途中でゲームクリアされ、未踏になってしまった「浮遊城」の上層であるかのように隠井には感じられたのである。


 同じ場面を繰り返し再生しながら考えに耽っていたのだが、やがて肌寒さを覚えた隠井は、ベンチから立ち上がると、退園前に、本丸跡をもう一巡りしてみることにした。

 本丸跡には、広い芝生区域が二つあるのだが、南側に位置している方を横切っている際に、隠井は一つの小さな石碑を認めた。

 

 〈午砲台跡〉


 この石碑も、実は原作には出てこないのだが、アニメの方では描かれている事物だ。


 午砲台は、時報通知の目的で空砲を撃ち放つ道具で、江戸城本丸跡公園に一八七一年に設置され、以後、一九二九年までの約五十年間、江戸城跡とは、午砲台によって〈時〉を告げる場でもあった。


 この午砲台を見ながら、隠井はふと思った。


 旧江戸城である皇居という一つの空間には、天守台が象徴しているように、家康・秀忠・家光という三代の将軍の痕跡、さらには、午砲台が表わしているように、明治から大正を経て昭和初期に至るまでの〈時〉の歴史が、まるで、不可視の層のように積層しているのではなかろうか、と。


 さらに、キリトとアスナが語っていたように、江戸城跡は、現代東京の時の流れと隔絶された、まるで仮想世界のような「異界」であり、さらに、江戸城跡は、一つの空間面に幾重もの時間が積み重なったようになっており、アニメの中でのみ描かれていた天守台や午砲台の跡は、そうした時間軸の象徴になっているように、隠井には思えたのであった。


 午後四時——

 皇居東御苑の閉門時刻が訪れた。

 北側の〈平川門〉を通って皇居を後にした隠井は、そのまま徒歩で、大きな玉ねぎの下に向かっていった。

 この日、十二月七日には、TV版や劇場版『ソードアート・オンライン』のテーマソングを担当してきた、アニソン・アーティスト〈LiSA〉のライヴが武道館で開催され、そこに隠井も参加するからである。

 

〈参考資料〉

原作小説:川原礫,『ソードアート・オンライン』第五巻、東京:KADOKAWA,電撃文庫,五十三~六十八頁.

TVアニメ『ソートアート・オンラインⅡ』第一巻,ANZX-11121~11122,販売元:アニプレックス,発売日:二〇一四年十月二十二日.

〈WEB〉

「皇居東御苑」,『宮内庁』,二〇二一年十二月七日閲覧.

「天守台」,『VISIT CHIYODA』,千代田区観光協会,二〇二一年十二月七日閲覧.

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