第2VRA 丸の内線のミッシングリンク:『シュタインズ・ゲート 0』

〈2021年12月10日・金曜日・11:29:31〉


 隠井の端末の上部にはこの日時が表示され、下部の小窓の中の日時は次のようになっていた。


「AD 2010.12.10.11:29:31:25」


 上と下では年代が異なり、上が現実、下が物語内の日時である。

 

 物語の作品名は『シュタインズ・ゲート 0』(以下『0』と略記)で、これは第一話の冒頭部である。


 ちなみに、二〇一〇年の十二月十日も、二〇二一年の十二月十日も曜日は金曜日に当たる。

 残念ながら、時を遡る能力がない隠井は、物語の日付と曜日が合致する十二月十日の金曜日に〈ブラゔら〉するためには、二〇一〇年以降だと、今年まで待たねばならなかったのである。


 物語冒頭部の舞台は、池袋のグリーン大通りで、この通りに面した「池袋CLinic」を、「鳳凰院凶真(ほうおういん・きょうま)」こと、本名「岡部倫太郎(おかべ・りんたろう)」が訪れている。冒頭に刻まれていたのは、岡部がカウンセリングを受けている時刻で、診察の後で、岡部は、幼馴染の椎名まゆりと共に、池袋から秋葉原に向かうことになる。

 岡部たちは、秋葉原近くの淡路町の喫茶店で、フェイリスやルカと合流するのだが、「ルノア〇〇」という看板や、その喫茶店の内観から、ここが、淡路町駅のA4出入口脇に実在している〈ルノワール・淡路町店〉であることは明らかだ。

 物語の中では、その後、末広町の「ラボ」に立ち寄った後、岡部とまゆりは地下鉄で移動しているのだが、背景描写から、二人が淡路町駅から本郷三丁目駅へと池袋方面に向かっていることも分かる。


 隠井は、タブレットで動画を再生させ、岡部とまゆりを〈RA〉化させると、二人と一緒に丸の内線に乗り込み、池袋から淡路町に移動し、ルノワールでお茶をした後、再び淡路町で乗車し、本郷三丁目で下車した岡部を見送って、まゆりと一緒に池袋方面に向かったのであった。


 隠井は思った。

 池袋から秋葉原に向かうのなら、JR山手線を利用するという方法もあり、JRだと移動時間は二十分で二百円、丸の内線だと、所要時間十三分で同じく二百円だ。山手線でも丸の内線でも大差はない。にもかかわらず、何ゆえに、二人は、行きも帰りも丸の内線を使ったのであろうか?

 ここに、何らかの物語的な意味を見い出すことはできないだろうか?


 『0』には、二〇一一年の四月から全二十四話で放映された『STEINS;GATE』(以下『シュタゲ』と略記)という前作があるのだが、その『シュタゲ』には二つの二十三話が存在している。

 二〇一一年に放映された二十三話のタイトルは「境界面上のシュタインズゲート」で、その内容は、二〇一〇年の八月二十一日から、同年の七月二十八日にタイムリープした凶真が、ラジオ会館で殺害される牧瀬紅莉栖(マキセ・クリス)の救出に失敗するものの、第二十四話「終わりと始まりのプロローグ」で、再度、七月二十八日にタイムリープし、今度はクリスを救うことによって、「シュタインズ・ゲート」という世界線に辿り着く、という内容になっている。


 『シュタゲ』は二〇一五年に再放送されたのだが、これはただの再放送ではなく、その第二十三話では、一度目のクリスの救出に失敗した後、凶真の心は折れてしまい、過去にタイムリープしない。この展開では、第二十四話に繋がってゆかないのだ。再放送の二十三話は(β)とされ、その(β)のラストシーンでは、クリスの救出を断念したその後の凶真は、白衣を脱ぎ捨て、黒いジャケットを身に着け、秋葉のラボにも足を向けず、普通の大学生としての日々を送っている。そして、その最終シーンにおいて、モニターの中に現れた、殺されたはずのクリスを目にして、岡部はこう独話するのである。


「運命はこういう形に収束するのか? なあ、鳳凰院凶真よ。結局、俺はやるしかないらしい。検討を祈っててくれ。エル・プサイ・コングゥ」


 この(β)のラストシーンは、二〇一五年十二月十日に発売されたゲーム『STEINS;GATE 0』、あるいは、二〇一八年四月の『0』の第一話へと繋がってゆく。

 さらに指摘するのならば、『シュタゲ』の二十三話(β)のタイトルは「境界面上のミッシングリンク」、『0』の第一話のタイトルは「零化域のミッシングリンク」で、これらタイトルに共通している「ミッシングリンク」というワードで、二つのエピソードが繋がるのも明らかだろう。


 〈ミッシングリンク〉とは、直訳すると〈失われた環〉のことで、連続性が欠落した間隙のことである。


 『シュタゲ』においては、第二十三話(β)では、凶真がクリスの救出を断念してしまったため、第二十四話という結末に続く物語の〈環〉が喪失してしまった。これが『シュタゲ』の〈ミッシングリンク〉であり、だからこそ、欠落した物語の〈環〉を継ぎ直すための、『0』という新たな物語が必要になったのだろう。

 

 こんなことを考えながら、終点の池袋で下車した隠井は、新宿に向かうべく、丸の内線の路線図を眺めていた。

 丸の内線は、皇居を丸く取り囲むように走っており、その起点は池袋と新宿である。だが、この二つの駅は距離的に近く、池袋と新宿を結びさえすれば、丸ノ内線の円構造が完成し、移動が容易であるというのに、丸の内線では簡単に池袋から新宿に移動することができない。

 つまり、円のような丸の内線における、池袋と新宿の間の空隙は、こう言ってよければ、丸ノ内線の〈ミッシングリンク〉なのではなかろうか?


 つまり、『0』の第一話において、岡部が、丸の内線を利用しているのは、『シュタゲ』の第二十三話(β)と『0』の第一話のタイトルに共通している「ミッシングリンク」を、地下鉄によって表わしているようにも思えてきたのである。


 そんなことを考えながら、隠井は、新宿に向かうべく、丸の内線から副都心線のホームに向かってゆくのだった。


〈参考資料〉

TVアニメ『STEINS;GATE』,第二十三話(β),二〇十五年十二月日放映.

TVアニメ「シュタインズ・ゲート ゼロ」』,第一話,二〇十八年四月放映.

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