ルビーとエスメラルダ

ほにょむ

ルビーとエスメラルダ 


「ねぇ、今日はどっちにするの?」


 俺は一緒の楽屋に居る相方に声を掛ける。


「ん~。エスメラルダ!」

「はいはい」


 そう返事をして俺は緑のたぬきに手を伸ばす。自然と俺の選択肢は赤いきつねになってしまう。


 相方のタクミが俺の前に座る。


「なぁに?ナオトは今日もルビーなの?」

「君がエスメラルダを選ぶから」

「一緒でも良いじゃないのよ」

「天ぷら二つはこの歳になるとキツイんだよ」


 んふ~。とニヤニヤしながら自分の緑のたぬきから天ぷらを取り出し俺の赤いきつねに入れるタクミ。なんの迷いもない。それはもはや『作法』の領域だ。


 エビアレルギーのクセに緑のたぬきを選ぶタクミ。じゃあ代わりにお揚げを、と言っても受け取ってくれない。

『それでいいのよ』と満面の笑み。



 理由は知ってる。腹が立つけど。

 初恋の親戚のお兄ちゃんにしてもらったコトだって。


 子供の頃、エビアレルギーなのに緑のたぬきを食べたいと言って、そのお兄ちゃんが『いいよ。こっちよこせよ』だって。


 ちょろいなーとは思うけど、納得できる。そりゃ惚れるわ。俺だって。


 ムカつくけど、今は俺が隣に居るんだから。まぁ許してやる。思い出には勝てないしな。


 気が付くと嬉しそうにニコニコしてるタクミが俺をじーっと見てる。

「どしたん?」

「ううん、代わりに天ぷら食べてくれる人が居るのって、幸せだなーって」


 そう言われてしまうと照れてしまう。

 そばが食べたいなら、のってるのがお揚げの『紺のきつね』もあるのに、タクミはいつもエスメラルダこと『緑のたぬき』を選ぶ。


 タクミが『幸せだなー』って思いたいなら、それにはもう一人の誰かが必要で。そのもう一人が俺なんだって思うと悪い気はしない。思い出に勝てた気がする。




 三分経ってタクミが先に食べる。その前に。


「あ、ナナミちゃん取って」

「はいよ」


 俺は七味をタクミに渡す。出汁に付いてるヤツでは足りないらしい。かく言う俺も一味を足すのだが。


「あと、もうちょい。欲しいよねナナミちゃん」

「一般的にはそれくらいがいいって事なんだろうけどねー」

「カズミちゃんだと、辛すぎない?」

「そうでもないよ。一緒に入ってるナナミもいい味してるし。ちょっと辛いの足したいだけだから」


『そっかー』なんて言いながらタクミはニコニコしてる。


 


 タクミのクセ。名前が付いているモノに別の名前を付ける。


 赤いきつねがルビー・フォックス。七味がナナミちゃん。緑のたぬきはエスメラルダ・ラクーン。エメラルドって言わない所にこだわりを感じる。カズミちゃんは一味のこと。



 俺等みたいなのは、独特の感性を持っている事が多いけど、タクミもそう。

 その分、今まで苦労が多かった事なんか、自分の過去を振り返っても簡単に想像できてしまう。


 幸せそうにエスメラルダ・ラクーンをすするタクミ。ちょっと上品そうに見えるのがまた可愛い。


『んふー』とニヤけて俺を見るタクミ。

「わたしに見惚れてないでさ。早く食べないとのびちゃうよ?」

「……そんなんじゃないし」


 今度はタクミが俺をじーっと見てる。

 た、食べにくい……すまん。見つめてごめんなさい。



『わかればいいのよ』なんて言いながら、食べ進める。



「あ、ハヤシヤ。ラスイチ出したからポチっといた。覚えといてー」

「あぁ、わかった」


 これは、難問だった。初めて聞いた時は『?』ってなった。


 ハヤシヤはキッチンペーパー。ペーとパーだから。


 なるほど!ってなったのは理由を聞いてから。


 ……タクミさん。『林家』でペーとパー子は……俺の世代には難しかったかもしれない。するりとは出てこなかったよ。いや、年齢の具体的な話はしてないからね。



「ティッシュはティッシュなのにね」

 俺は前から思ってた疑問を口にした。


「ティッシュはねぇ……日常すぎて何も受け入れてくれなくてねー」

「なるほど。タクミのそれは日常からの脱却がテーマだったのか」


『あはは』と明るい笑い声で返される。

「ナオトが言うと、文学みたいに聞こえるねぇ。なんだか素敵な事に聞こえちゃう」


 タクミは『そんなんじゃないよ』と笑っているけど。どうなんだろう。

 聞けば答えてくれるだろうけど、聞くのも怖い。地獄ってのはそこら中にあるって俺も知ってるから。


『別にそんな大した事じゃないのよ』なんて笑いながら。



「名前を付けるとさ。自分の子供みたいに思えるから。それだけ」




 § § § §




 タクミの母性はすごい。


 

 迷子になってる子供とかほっとけなくて。俺なんか事案になるのが怖くて絶対関わらないって決めているのに。お構いなしに関わっていく。

 さすがに手を触れるとかはしないけど。


 だから『なんなんですか!やめてください!!』なんて怒鳴り声はよく聞く言葉で。


 そんなこと言うなら、一瞬たりとも眼を離すなよって俺は思うけど、タクミは違って。『ごめんなさいね』って一言だけで収めようとする。


 その子の親にしてみれば、女装したおじさんにしか見えないかもしれないけれど、あの瞬間のタクミはお前よりもずっと母親だったよ。


 だから、俺は怒る。タクミの代わりに。

『子供ほったらかしてよそ見してるヤツが偉そうに言うな!!』


 もういいや。って思っていても、その言葉は自分の親に向かっている事は俺がよく分かっている。もうどうでも良いと思っているはずなのに。


 腕を引っ張ってその場から離れようとしてくれるタクミ。走って。逃げるように。悪い事なんて何もしていないのに。



 タクミは俺を優しく慰めてくれる。本当にすごいなって思う。

 だから恥ずかしくなる。タクミみたいな母親になりたいと思っているのに。



『ごめん、またやらかした』

『あやまんなよ~。代わりに言ってくれて嬉しかったよー?』



 きっとタクミは俺の母親にさえなれるんだろうな。そうだったらきっと幸せだっただろうな。




 § § § §




「ごちそうさまでした」

 タクミの丁寧な言葉に、俺は応える。

「よろしおあがり」


『んふ』とタクミの笑顔。これが好き。

「ナオトの京ことば好きよ。もっと聞かせて?」

「やだよ、恥ずかしい。聞かせるのはこれだけ」


 タクミが妙に喜ぶから。それだけは言うようにしている。


 東の味にも随分と慣れたと思う。今の暮らしにも。



「ほら、急ごう。間に合わないよ」

 俺はタクミを急かす。

「うん、そうね」



 着替えて、メイクして。鏡でチェックしきれない所はお互いに直しながら。





 俺達は今、二人でドラァグ・クイーンをやっている。もうすぐ出番。



「エスメラルダ。ありがとうね。わたしの夢に付き合ってくれて」

「なんだよ。いいよ、俺も……じゃなくて、アタシも楽しんでるから」


 タクミの名前は『ルビー・フォックス』。フォックス公爵家の令嬢。

 俺の……もとい、アタシの名前は『エスメラルダ・ラクーン』。ラクーン財団の一人娘。という設定。


 けれど本当は。

『私達もスーパーやコンビニで、いつも隣同士に並んでいる赤いきつねと緑のたぬきみたいになりたいね』って、タクミが言ってくれたから。

 

 だから二人の名前は『ルビーとエスメラルダ』

『赤いきつねと緑のたぬき』ではきっと偉い人に怒られてしまうだろうから。




 コントみたいな小芝居と、歌とダンス。

 残念ながら今はまだマスメディアからのお声はかからないけれど。


 タクミ……じゃなくて、ルビーとの生活は今までよりもよほど生きてるって言いきれる。あと、は、まぁ、愛情も。




 アタシは今、間違いなく幸せだよ。

 

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ルビーとエスメラルダ ほにょむ @Lusuz

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