48.願わくば、彼女を生かす道を

 王家がようやく不相応な地位を手放した。わずか数日で、その情報は国中を駆け巡る。王権奪取のために戦支度を始めていた貴族は、一度その剣を置いた。ここまでは予定通りだ。


 様子見する貴族達に、元宰相であるアナスタージ侯爵は淡々と指示を出した。王族の身柄は侯爵家預かりとする。次の王家に相応しい貴族の名を挙げよ、と。


 王妃がアナスタージ侯爵の妹であったことから、王族の行く末に関してはほぼ容認された。シモーニ公爵家の分家頭であるメーダ伯爵の名で、問い合わせが届く。彼らの処遇に関してだろう。王家自体が権利や地位を手離しても、生かしておけば害になる。そんなことは侯爵自身も承知の上だった。


「返答はどのように」


「私が自ら書く」


 補佐官の言葉を遮り、アナスタージ侯爵は己の考える王家の末路を書き記した。その中には、狂ってしまった実妹を療養させる案も入っている。ここだけは譲れないと二重線を記した。


 王妃リーディアが宿した最初の子は、流産であった。この事実は国民ならば知っている。彼女が狂ったことを包み隠さず書き連ね、最後に謝罪で締め括った。温情を求める旨を書き添える。


 妹リーディアは、シモーニ公爵令嬢に辛く当たることはなかった。ただ、周囲に辛く当たるよう指示している。傷ついた彼女を慰める役を一手に引き受け、ただただ甘やかした。己に依存し、慕うよう仕向ける手法は最低だ。それでも、壊された妹を助けて欲しい。


 家のために嫁いで、王家を支えたリーディアを断罪せずに預けてくれるなら、アナスタージ家はシモーニ家の臣下に降ると明言した。もちろん、二度とジェラルディーナ嬢に近づけることはない。


 誓約書を手早く作り上げ、署名して押印する。その横に血判も重ねた。当主の印の横に血判を押す行為は、家の存亡をかけた誓いである。先にこの覚悟を示す意味は、従属だった。


 兄を宰相に据えるために、リーディアは愚王に嫁いだ。愛していない王の子を義務で宿し、その慈愛の精神を以て大切に育もうとしたのだ。己の分身のような感覚もあっただろう。王位を争う王子ではなく姫を望んだ彼女の願いは、無惨にも引き裂かれた。


 あの日、兄は妹を救えなかった。空になった胎内に狂気を宿したことに気付かず、見逃した罪を一緒に背負いたいのだ。今度こそ、リーディアを支えてやりたい。


 封をした返事と誓約書を持たせるため、使者を立てる。必ず返事を貰うよう指示し、送り出した。打てる手は打った。後は結果を待つのみ。


 他国との外交であれ、戦いの直前であれ、これほど緊張することはない。家と己の命を懸けた交渉ではなく、大切な妹や甥の命を賭けた。振って手から離れた賽子は、どのような目を出すだろう。


 願わくば……いや、そんな権利すらないか。苦笑したアナスタージ侯爵は、残った事務処理を片付けるためペンを手に取った。

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