46.お母様が一番強いとは知りませんでした

 カスト様は青い騎士服をお召しですが、これはシモーニ公爵家の軍装でした。私の専属騎士となられたので、シモーニ家の軍を統括するアロルド伯父様が許可なさったのでしょう。そうでなければ、この服に袖を通すことは許されなかったはず。黒髪黒瞳にとても似合っています。


 我が家は国として成り立つほど、人材育成に力を入れてきました。私は直接関わっておりませんが、その話は国王陛下や王妃殿下からも聞いております。宰相として国を動かすアナスタージ侯爵様もそのように仰っていました。


 第二の王家と呼ばれる理由は王族の血が濃いのはもちろんですが、資産や領地の豊かさに加え軍まで所有する規模の大きさです。分家の総力を合わせたら、国を二分して戦える軍事力と財力があると聞きました。もちろん、お父様もお母様もそのようなことはなさらないですが……。


 余計なことを考えていないと、顔が赤くなってしまいます。淑女教育に合格を出された時は、こんな場面は想定できませんでした。好きな方のお顔を正面から見るだけで、こんなに照れてしまうなんて。俯いた私の隣に座るお母様が微笑みかけます。すべてお見通しと言わんばかりのお顔でした。


 顔を上げれば、目の前のテーブルの左右でお父様とカスト様が向かい合っています。カスト様が正式に婚約の申込みをなさるので、私まで緊張していました。


「私、ロレンツィ侯爵家次男カストは、こちらにおられる美しく純真なシモーニ公爵令嬢ジェラルディーナ様に婚約を申し入れます」


「ふむ、騎士になることは認めたが……婚約は早くないか?」


 お父様が顔をしかめて引き延ばしを図るのですが、どうしてでしょうか。カスト様が気に入らないなら断ったはず。まさか、王家に婚約破棄されたことが原因では?


 青褪める私を見て、お母様が優しく肩を抱き寄せました。失恋と勘違いして泣いたあの日、カスト様は私を好きだと言ってくださいました。なのに、結ばれる日は来ないのかも知れません。私も好きで、でも貴族の婚姻は恋愛ではないから。


 ぽろりと溢れた涙を慌てて、指先で押さえてハンカチを探しました。お母様が淡いブルーの花が刺繍されたハンカチを差し出します。遠慮なくお借りしますわ。


「あなた、ルーナを泣かせてまで言う言葉ですか? 意地悪もいい加減になさいませ」


 強い口調でお母様がお父様を責める。驚いた私の顔を見て、お父様が慌てて両手を振って否定しました。


「ダメじゃないぞ、ただ……その、まだ娘でいて欲しかっただけで」


「カスト様はルーナに忠誠を誓う騎士で、侯爵家の次男になりました。その覚悟を、あなたは我が侭で踏み躙るおつもり? ピザーヌ伯爵家嫡男の地位を、自ら捨てたのですよ。この方ほどルーナを愛してくれる男性はいませんわ」


「……分かってる……けど」


「けど?」


 厳しく尋ねられたお父様は「いえ、なんでもありません」と項垂れました。お母様、こんなに強い方なのですね。驚きすぎて、涙が引っ込んでしまいました。

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