45.逃げ場はないと気付かぬ獲物

 シモーニ公爵家に世話になった貴族は多い。本家を頂点にした分家は、王族ではなく本家に忠誠を誓う。故に本家が害されれば王族相手でも弓を引く覚悟があった。


 この国で最も強い結束を誇る一族だ。王家の血を強く引き継ぎ、第二の王家と呼ばれるシモーニ公爵家への支援と支持が集まっていた。


 16年前に起きた飢饉で、ほとんどの貴族がシモーニ公爵家から食料援助を受けた。もちろんシモーニ公爵家も被害を被った家のひとつだ。にも拘らず、先代王弟殿下の遺した言葉を大切にし、自領の分をはるかに超える備蓄を用意していた。それらを惜しみなく、他領に援助したのだ。


 各地の領民が土地を捨てて流浪せずに済んだのは、この時の英断のお陰だった。返せないかも知れないと遠慮した男爵家や子爵家もあったが、返す必要はないと公爵は言い切った。一族の分家からは反対も出たが、シモーニ公爵リベルトは信念を曲げない。最終的に折れた分家も、備蓄の余剰を供出した。


 これらの経緯を知る各貴族家の当主が、王族への監視を強めないはずはない。国王アルバーノ、王妃リーディア、側妃を含め……すべての王族の生活や使用金額を弾き出した。丸裸の王家に突きつけた結論は「無能」で「不要」という厳しい判断だ。


「我らの総意として、退位していただく。国王陛下……いや、アルバーノ殿。異存は聞かぬ」


 言い切った宰相の表情は険しかった。王妃の予算が、勝手に側妃に流用されていたこと。側妃の離宮に入り浸り、王妃を蔑ろにしたこと。それらも腹立たしい。宰相アナスタージ侯爵は、無能な国王に見切りをつけた。


 才色兼備の妹リーディアが、あのように壊れるまで放置した国王の所業は許せない。だがそれより、彼女の変化に気づかなかった自分を罵った。王妃としての仮面を被り、穏やかに微笑んでいた。その裏で壊れていった妹を思うと、胸が張り裂けそうになる。


 本音では宰相の仮面を捨て、思い切り殴りたかった。顔が腫れて見分けがつかなくなるまで殴り、この男を豚の餌にしたいとさえ思う。主君として認めたのは、その血筋だけだ。仕事の能力はなく、国はすべて宰相や大臣職に就いた貴族によって運営されてきた。その中でも多大なる功績を残し、誰より親身になったシモーニ公爵家を傷つけるなど。今の王家に価値はない。


 幸いこの国には、優秀な第二の王家が存在する。王太子になった甥のパトリツィオには悪いが、シモーニ公爵家が王族として立たねば、貴族達は離反するだろう。各地でその兆候が現れている。だがシモーニ公爵が一声掛ければ、貴族院は権力を明け渡して従う。


「アルバーノ殿、あなたは貴族院で裁かれる。死刑はほぼ確実ですが、いま権力を手放せばしれない。、我がアナスタージ侯爵家で引き受けましょう」


 遠回しに死刑はほぼ確実だと匂わせた。震える男は大人しく退位の書類に署名する。指輪として持ち歩く印章で血判を押した。ほっとする。長く続いた愚かな一族も、これで終わりだ。


 一枚の紙切れだが、この国で最も重要な書類となった退位の誓約書を手元に確保し、アナスタージ侯爵はようやく安堵の息をついた。

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