34.どちらも、なんて可愛いのかしら

 きっちりと襟元を締めた貴族らしい出立ちは好感が持てます。黒髪に黒い瞳は、日に焼けた精悍な顔立ちを引き立てていました。感じの良い印象の方ですね。


「シモーニ公爵夫人、初めてお目にかかります。公爵令嬢ジェラルディーナ様、お久しぶりでございます。ピザーヌ伯爵子息カスト、お願いがあり不躾ながら参上いたしました」


 きょとんとした私の視界に、屋敷の方から駆けてくる弟ダヴィードが映りました。表情が柔らかくなるのが自分でも分かります。ほわりと笑った私の前に膝を突いたカスト様が、手を差し出しました。小さな短剣が握られています。その柄と鞘にロレンツィ侯爵家の紋章が入っていました。


 ロレンツィ侯爵家は歴史が古く、シモーニ公爵家と並ぶ名家です。数多くの騎士団長を輩出し、その武勇は他国にも届くほどでした。有名な紋章を見間違えるわけがありません。勇ましい獅子が獲物を咥えた姿は、軍旗にも採用された絵柄でした。


「ロレンツィ侯爵の代理ですか?」


「いえ。ピザーヌ伯爵家の家督を放棄しました。その上で母の実家であるロレンツィ侯爵家の養子となり、あなた様に剣を捧げる栄誉を頂きたく……お願い申し上げます」


 貴族はその装いで家の格や財力を示す。故に高価な服を纏うことが当たり前だった。自然と汚さず美しく保ち、姿勢を整えることを学ぶ。伯爵家といえば高位貴族に分類される上、母君が侯爵家のご令嬢だったカスト様は、その教育が厳しかったでしょう。


 東屋の石床に膝を突き、公爵令嬢に忠誠を捧げたいと口になさった。それは本来、王家に捧げられるべき忠誠です。王へ願うなら長剣を、愛する女性に捧げるなら短剣を用いるのが礼儀でした。


 この方は、私に忠誠を誓うと仰った。つまり……愛する女性であると公言なさったのでしょうか? それとも主家に対する忠誠で、女性だから短剣を選んだのかも。困惑して答えに詰まる私へ、伯父様が助言をくださいました。


「カスト殿の気持ちを受け取ってやれ。彼は姫を大切に守りたいのだ。あの夜会で決意したらしいぞ」


 その口添えに、私は気持ちが落ち着きました。王家に婚約破棄された哀れな令嬢、けれど一度は王子妃となる立場を得た公爵家の私に、忠誠を誓うなら。ただの同情ではなく、この方の誠実さの現れでしょうか。


 立ち上がり、屈んで両手を伸ばす。触れた短剣をそっと持ち上げました。頭を伏せた彼が身じろぎし、顔を上げます。心配そうな彼に、習った通りの作法で返しました。


「ロレンツィ侯爵家に連なるカスト様の忠誠を、このジェラルディーナ・シモーニが受け止めましょう。これからよろしくお願いしますね」


 断れば、カスト様に恥をかかせてしまう。私にそのようなことは出来ません。微笑んだ私から短剣を受け取り、カスト様は嬉しそうに笑いました。あら、可愛いですわ。


「お姉さまは渡さないからな!」


 駆け込んだ弟が両手を広げて、私とカスト様の間に立ちました。こちらも、なんて可愛いのかしら。ふふっと笑った私に釣られたのか、お母様や伯父様も笑い出しました。

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