33.予定がない日という贅沢
空は晴れて気持ち良い風が吹く。お庭に白い花が見えたので、お母様を散歩にお誘いしました。するとお茶会に変更され、さらに弟のダヴィードが加わるそうです。このように急な変更は、王宮では滅多にありませんでした。なぜなら、一日の予定はびっしりと隙間なく埋め尽くされていたのです。
変更があれば、その後の予定に支障がないか確認する手間が必要でした。しかし今の私には関係ありませんわ。起きてから「今日は何をしましょうか」と悩む時間まであるのですから。ダヴィードは剣のお稽古が終わってから合流と聞き、先に庭に出ることにしました。
東屋は焦げ茶に塗装され、屋根は濃緑で風景に溶け込みます。塗装された手摺りや柱を蔦が走り、不思議な調和がありました。まるで森の木をくり貫いて中に入ったような気分です。ぐるりと見回し、天井付近まで伸びた蔦に花が付いていることに気づきました。
「お母様、あの花を御存じですか?」
「野薔薇だと思うけれど、綺麗ね」
「ええ、本当に」
小さな小さな花で、見落としてしまいそうです。東屋の天井が焦げ茶でなければ、気づかなかったでしょう。とても愛らしい花をよく見ると、中央が薄いピンクに色づいていました。
「今日の茶器と合うわよ」
ほら、とお母様が示したのはテーブルに用意されたカップです。苺でしょうか。花と実が一緒に描かれたカップの花は、野薔薇らしき花に似ています。花びらの数も違うし、明らかに別の植物なのに……指摘するより頷く方が相応しいですね。
「まぁ! この砂糖、綺麗です」
薔薇を象った砂糖に口元が緩みます。愛らしい形や小物に目がないのは、女性特有なのでしょう。普段は紅茶に砂糖は入れないのですが、今日は沈めてみたくなりました。金のスプーンに載せてゆっくり沈め、紅茶の色に染まりながら崩れるのを見守ります。顔を上げると、お母様も同じことをなさっていました。
「ふふっ……やっぱり親子ですね」
自然と出た一言に、お母様は目を見開いてから破顔しました。上品な公爵夫人の顔ではなく、まだ幼い少女のように屈託ない笑顔です。心から嬉しいと示す母の好意に、私も笑顔で応えました。こういった時間は初めてではないかしら。
何も気にせず、人目も無視して。好きなことを好きだと公言する。くるりとスプーンを回して砂糖を溶かし切り、口を付けた。美味しい。体形維持のために甘いものを控え、コルセットで苦しいほど締め付けて過ごす日常が当たり前でした。それがソフトな革ベルトに変えて、甘い紅茶を飲んでいる。
不思議な気分です。ちょっとだけ悪戯をして、叱られる前のようなわくわく感が胸に広がりました。
「失礼いたします。奥方様、ジェラルディーナ姫」
伯父様だわ。心地よいバリトンに振り向いた私は、他にも人がいたことに驚き動きが止まりました。侍女や執事はわかります。けれど……こちらの方はピザーヌ伯爵家のご嫡男じゃないかしら。貴族名鑑で暗記したお名前通りなら、カスト様?
以前にお会いしたことがあります。ピザーヌ伯爵子息が覚えておられるか、分かりませんけれど。
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