32.姫に仕える栄誉を求めて
シモーニ公爵領はかつて国だったこともあり、他の貴族家の比ではない。先代王弟が継承する際も分割案が出たが、分家がそれを許さなかった。貴族の力が強い国で、シモーニ公爵家ほど地位が高く、欲のない家系も珍しい。
用意させた花束と焼き菓子を確認し、ピザーヌ伯爵家嫡男カストはひとつ深呼吸した。立派な玄関の扉を侍従が叩く。先触れを出していたこともあり、すぐに玄関ホールへ招き入れられた。白を基調としたホールは円形で、貴族の屋敷で最も格調高い玄関だった。
円形は建てる際の手間が多く、大金が掛かる。円形の周囲は庭として整える以外なく、土地を有効利用するなら向いていない。ほとんどの家は諦めて半円で妥協するが、シモーニ本家の屋敷は贅を尽くした造りだった。品よく纏められている。成金のような派手さは感じなかった。
磨かれた床の大理石に降り注ぐ光は、天井の窓から落ちる。見上げるまでもなく、白い大理石はステンドグラスの紋章を映し出した。ホールを飾る優美な階段の間から、初老の偉丈夫がカストへ近づく。
「メーダ伯爵、先日は失礼いたしました。本日はお招きありがとうございます」
「カスト君、それほど畏まることはない。我らが姫君は奥方様と庭におられる。ご一緒してはどうか」
あらかじめ決められていた手順だ。カストは笑みを浮かべて頷いた。シモーニ公爵の兄であるメーダ伯爵の紹介で、姫君に紹介していただく。騎士としてお仕えする名誉が目的だった。
王家がどのような行動に出ようと、シモーニ公爵令嬢を守って死ぬと決めた。カストの固い決意に、両親は諦めの表情で許可を出すしかなかった。
「こちらへ」
メーダ伯爵が歩き出し、一歩下がって続く。その後ろにシモーニ家の執事や連れてきた侍従が従った。焼き菓子や花束は侍従に持たせるのが通例だが、ここはカスト自身が運ぶ。美しい令嬢に渡すプレゼントを、誰かの手で運ばせるなど失礼だろう。カストはそう考えたのだ。
これから騎士として生涯の忠誠を捧げる姫君――美しいジェラルディーナ様が、誰と結ばれても共にいるために。これはカストの布石だった。騎士ならば夫になれずとも生涯を共に出来る。公爵令嬢に恋した伯爵家の嫡男として、それ以上の立ち位置を望むのは不遜だろう。
騎士であれば手に触れることが出来る。婚約者や夫が不在時にエスコート役を務める権利も得られた。姿勢を正して進むカストは、ふと足を止める。
目の端に映った銀の光に反応し、一歩下がって短剣を引き抜いた。腰の剣を抜くには土産が邪魔で、放り出さず攻撃を受け止めるために胸元の短剣を選ぶ。キンと甲高い音がした。
「ふむ、合格だ」
カストの判断を褒めたアロルドはにやりと笑った。突然の攻撃を防いだことで認められたらしい。だがカストはがくりと肩を落とした。左手で死守した焼き菓子と花束に、何かあったらどうするのか。
「メーダ伯爵……焼き菓子が割れたらどうするのです」
「それはカスト殿の失態になる。それと、今後はアロルドと呼べ。許す」
驚く許可に、カストは目を見開いた。それからふわりと微笑む。
「ありがとうございます、アロルド様」
「姫の好みの顔であればよいが」
ぼそっと不吉な言葉を残される。短剣をしまったカストは、空いた右手で顔を撫でた。せめてお嫌いな顔でなければよいが。
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