35.甘酸っぱいのはケーキか、騎士か
公爵家の後継として厳しく育てられた弟なのに、まるで聞き分けのない幼子のよう。でも離れていた期間が長いので、私にとってダヴィードは別れた頃のまま。記憶に残る、涙を流し馬車を追いかけた姿と重なりました。だから突き離せないわ。
エスコートされて東屋のソファに腰掛けた私の隣に座るダヴィードは、騎士になったばかりのカスト様を睨みつける。礼儀を教えるように目元を手で遮り、首を横に振りました。通じたようですが、不満そうですね。
私から見て左側にお母様が、右側に伯父様が座りました。残った向かいにカスト様が落ち着くと、侍女達はお茶のカップを追加していきます。彼女達の頬が赤いのは、さっきの忠誠を捧げる儀式を見たせいでしょうか。
公爵家の侍女は子爵や男爵の令嬢が多く、騎士が剣に誓う意味を知っています。求婚だと感じてしまったのかも知れません。妙な噂になる前に、止めてもらわなくては。ちらりと視線を送ると、アロルド伯父様が微笑んで頷きました。問題なさそうです。
お任せすることにして、用意されたお茶に手をつけます。先ほどと紅茶の香りが違いますね。
「手土産に茶菓子を持参いたしました。どうぞ、我が姫」
「ありがとうございます」
まるで恋人に対するようで、頬が赤くなります。このような扱いをしていただけるなんて、思っても見ませんでした。元婚約者のヴァレンテ王子殿下は私に興味がなく、エスコートも義務的でした。プレゼントも覚えがありません。
受け取った茶菓子がすぐに並べられ、お母様の勧めで手元に引き寄せました。美しい紅色のジャムが輝くミニケーキです。薔薇を模した砂糖菓子が飾られ、クリームもほんのりピンク色でした。綺麗で食べてしまうのが勿体無い。
「ジャムもクリームも薔薇を使っています。お気に召せばいいのですが」
穏やかな笑みに促され、フォークで割ったケーキを口元に運ぶ――途中で、ぱくりと食べられてしまいました。
「ダヴィード?」
「お行儀が悪いわ」
お母様が眉を寄せます。伯父様は声を立てて大笑いし、私も侍女も目を丸くしました。驚いて固まった私に、柔らかで怒りを感じない声がかかります。
「弟君も甘い物がお好きなようですね。姫はいかがでしょう」
促されて、侍女が交換したフォークでケーキを口に入れます。ふわりと広がる薔薇の香りと甘さ、僅かな酸味が口の中に広がりました。頬が緩んでしまいます。美味しいものは王宮で食べ慣れたと思っていましたが、これは別物でした。
「美味しいですわ、すごく!」
甘味を我慢していたことも手伝い、手が止まらなくなります。小さく一口、我慢できずにまた一口、あともう少しだけ。気付けば手元に寄せたケーキを食べ終えていました。お母様も半分以上口にされ、伯父様は豪快に二つ目に手を伸ばしています。
「……普通じゃん」
ムッとした口調で唇を尖らせる弟に、困ったわと表情を曇らせれば「な、なかなかだった」と言葉を訂正しました。昨日はいい子だったのに、今日はどうしたのかしら。そんな私達を見つめるカスト様の表情は幸せそうで、顔を上げて目が合った私は真っ赤になって俯きました。
じっくり見られたら、恥ずかしくなってしまいます。変ですわ、こんなの。今までどんな社交辞令や褒め言葉もさらりと流してきましたのに。
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