第40話 霞む残火

 倒れ伏す自分は何故だか軽く思えて。

 重たいはずの体は宙に浮いてるように思えて。


 なのに……自由が、言うことを、身体が聞いてくれない。


「────あれ? 意外となんともない?」

「あ……え、え? タロウさん?」


 どうやら気のせいだった。


「………あ、動かせる」


 今の俺は下半身と上半身が分離しており、上半身は動かせるが下半身は動かせず、そして切断面を見ても内臓とかは見えない。

 白い光の線?に覆われているからだ。


「血は出てないから出血死はない……から平気?」

「い、いえ……その状態で流石に平気とはならないでしょう……何か異常はある筈です」


 既に異常事態なのに更なる異常を危惧している先生は被害を受けた俺よりも酷く動揺してるように見える。

 と言っても、俺も俺であまり冷静ではないがこの出来事が突然過ぎて逆に混乱が吹き飛んでしまった。


「白い線に触れても透ける……元の部位は不可視不接触になるのか。 ……痛みもないな」


 線は俺の腹を横一直線に端から端まで伸びており、試しに線に触ってみたがこれと言った感触はない。むしろ触っているか疑問を持つほどに痛覚や実感がなかった。


「線がクソ細いから爪で立てるような確かめ方しか出来ないけど、こねくり回しても特になんともないです」

「なんとも……はあると思いますが? ……下半身動かせないのでは?」

「そーですけど……仰向けには動かせるんすよ」


 最近は倒れることが多かったからな。

 土ペロからの起き上がりは手慣れたものでその要領で左腕を始点に背中に肘をぶつけるイメージで勢い付けた上半身に釣られて下半身も動いた事で仰向けに姿勢を変えられた。


 そして初めに検証したその行動から得た情報からに。


。 切断されてるように見えるけど、実際脚は動かせないけど身体としての動作は出来る。 ならあと30秒くらいかな」

「30秒……?」

「────魔眼スキルが切れる秒数です」


 嫌な記憶とかがそうだが人間、強烈な出来事は頭に残りやすい。

 特に最悪が二度重なれば尚更だ。


「……成程。 確かにそれならこの事象も納得出来ます」


 先程の動揺は見る影をなくし、飄々としかし棚引くことのない戦意を構えとして表した先生。


 視線はもはや俺ではなく、草木を掻き分けたその先──赤い霧に向けられていた。


「あの魔物……とんでもない残火を焚いてくれたな」





ーーーーーーーーーーー





 血は魔力を帯びている。


 俺たちの時代ではそれは常識的だし[魔術]を習っていなくとも人伝てで知ることも多い。

 それにより誤った使用で[魔術]を使った事で起きた事故があり、その件から国は一般常識として文字や言語の他に[魔術]の基礎を教える事を義務付けた。


 あくまで基礎。

 知識として、どんな危険を伴うのかを理解させるための義務。

 それ以上を求めるなら魔術師に弟子入りするか英雄育成機関に行くしかないが、多くの者は金と言う力によって挫折を余儀なくされる。


 俺はまあ……家庭が家庭だったし、弟子入り先も[魔術]に縁のあるところだったりとかなり幸運だけど、そんな俺でなくとも血を魔力に変換出来る事は十代にも満たない子供でも知られている。


 だが、あくまでもそれは人であった場合に限っての話だ。


 人外である生物が何を考えて生きているのか、んなもん分かりようもないが、だがしかし"本能"なんだろう。


 自分の命が絶える時にその生物は最後に何を成そうとする?


 あの虫が選んだのは自分をこの窮地に貶めた奴らへの仕返し……多分そうだと思う。


(必要なのは知性と魔力。 これらの条件を達成してれば確かに理論上はどんな生物でも扱える……やり方は俺から見て学んだのか?)


 つくづく逃した事を悔やまれる。

 お陰で魔物は俺から魔力変換を猿真似して返り血を浴びた者も含めて血は魔力の残滓に変わってしまった。


 加熱しないで液体が気体になるのはなんとも摩訶不思議な光景で、元の名残か霧状に分散した血は火の粉のように残香を振りまく。

 その奥に潜む、脅威を隠して。


「…………下がれますか。 タロウさん」


 先とは比べ物にならない程に緊張に震えたその声は、俺の安否よりもこの場を切り抜ける事に集中してる感じだった。


「30秒過ぎて予想通り脚の感覚戻ったんですが……後遺症なのかまだ力が上手く入らなくて……すみません」


 結果として奴の最後の足掻きは俺達を追い詰めるに至り、最悪な事態へと足を引っ張った。

 

 偽光は消え、本来の光は霧と言う鏡面を通して誠な真実を指し示す。

 [魔術]の効力無効には威力と威力の相殺の他に高純度の魔力同士の反発がある。そして風光は"周囲に影響を与える"効力を持っている。


 魔物はその図体に相応しく大量に血を吹き出して、俺らが目を離してるうちに魔力に変換を行ったのだろう。


 憶測でしかないが、それでも眼前に広がる光景が証拠を物語っていた。


「噴き出た魔物の血は魔力になり、それをモロに受けるのは近くにいた────『人形』。

あと同時に影響を与えていた風光だけ。 そして効力が弱まった一瞬で俺にあの謎の攻撃を仕掛けられる力があるとするならば、それは」

「"魔眼"だけ……しかし状況は分かっても問題の超常現象について対処の仕様がありませんね、私が遭遇したのとは根本から違いますし」


 あの日の夜、襲撃し先生と応戦した魔剣使いについて話を聞いたがやはり一度戦った事もあり魔眼の特徴を掴んでるみたいだ。


 あの時とは違う、汎用性を上げるためにされた魔剣とは比べ物にならない力の一端。

 先生はそれを超常現象と呼んだが正しくその通りであり、魔眼とは現実を歪められる力の総称なのだ。


 だからなどの理屈を調べる事に意味はない。

 眼を瞑るだけで未来を見れる俺のように、そう言うことがから。

 それ以上も以下もない。


 故に、今考えるべきは突破口。

 この場を切り抜ける方法なんだ。


「アイツの魔眼……多分"何か"を切ることで発動するんだと思います」

「……その根拠は?」

「魔眼は非現実な力を使える分、特徴的な癖が各々あるんです。 俺の場合だと無意識の瞬きでも発動するし、魔剣では扱い易いように魔力の大量消費になるように改良されてます」

「つまり発動条件……と。 でも、それを加味しても、動かない理由が不明ですね」


 魔眼の効果だと思われる攻撃からかれこれ3分近く時間は経ち、俺の足はほぼ完全に直った。

 なのに『人形』は未だ動かず不用心にも俺たちを見つめてくるだけ。


 一手で窮地に陥らせたにも拘らず何もしてこない。


 いや、こちらとしては有難いことだが、でも異様な不気味さは拭えない。


「……多分、俺たちが動いてないからアイツは深追いしてこないんだと思います。 先生は謎に対して構えた『対応』、俺は謎を解く『対応』などはアイツの敵対センサーには引っかからない。 あくまで受動的な反応だったから」


 そう、俺たちの先ほどの行動ではまだ攻撃するには至らない。


 やってる事は石を投げられて悲鳴やら身が硬直したってくらいでしかないからだ。


「なら……逃走、ですか? 私たちが逃げようとしたから魔眼を発動したと?」

「正確には[魔術]を発動し続けた上で、逃げようとしたから。 だから攻撃してきた」


 仮に風光を切ってから逃げたとしても[魔術]による干渉をしていた事実には変わらないので今と同じ結果になっていただろう。


 そもそも魔物を取り逃したこと自体が大失態なのに……クソ。


「[魔術]が逆に仇となっている……なら、可笑しいですね。 今もまだその力を受けているのに何もしてこない……とても奇妙です」

「可能性としてはこれもまだ攻撃判定ではないのかもしれません」

「だとしたら、誘き寄せの時の『人形』は元気良く参上しましたが、それと矛盾する事になります。 兵器なのだからそんな矛盾点は設計されない筈ですが?」

「そんな事言ったら、俺の知ってる異界の知識ではあんな人型自立戦闘兵器なんて机上の空論でしかなかったですよ」

「……私達では解明出来ない"未知の絡繰り"。 それが今の延命に繋がっているとしたら、その未知を解ければ或いはこの状況を脱せる……」


 先生の握り手に力が入る。


 俺との稽古で散々無駄な力を入れるなと言ってきたのに、柄に掛かる力が増して行く。

 それ程まで緊張しているのだろう。


 見れば呼吸が荒くなっているし、発汗も傍目からでも分かるくらいに多くなっている。


 まるでこれから死地に向かうように……いや、向かうのだ。向かいに行かなければ現状証拠からでは突破口が見つからない。


 このまま座して死を待つより一途の望みをかけて突撃するしかない。


 先生の観察眼は経験数により輝く。

 ここで観察して考察する以上に一戦交えた方が今よりも多くの情報を得られる。

 下手にそんな能力があるからそれに頼らざるおえず、尚且つ俺と言う重荷があるから逃げる事が出来ず、結果的に一か八かの博打に打つしかなくなった。


(身体は元通りに動けるようになった。 だけど……『人形』の膂力を押させられる力も、先生と一緒に戦える技術も俺にはない! 出しゃばっても足を引っ張るだけだ)


 戦闘が出来ないから、戦闘をしない為に立ち回ろうとした。


 だが今はどうだ?

 戦うしか道筋がないではないか。


 結局俺は足手纏いでしかならない。


 ……けど、一つだけ。


(一つだけ……あの裏技を使えば、先生の援助は出来る)


 問題は発動できるかどうか。


 片目を失ってから俺は一度も使用してないし、このゴーグルも外してない。


 どんな副作用があるのか、事例がないから分からないが、それでも、


(魔眼を使えば、俺でも戦いの役に立てる!)


 木を支えに立ち上がる。

 足が震えて倒れそうになりながらも立って、残った目で敵を捕捉する。


 そして、ゴーグルに、手を掛ける。


 呼吸は先生よりも困難になり、息が苦しくって、頭が痒くなって、汗が額を滑る感触が気持ち悪いしなんだか眩暈がしてきた。


 今すぐにも仮病でも言ってここから出たいし逃げたい。


 でも外すんだ。

 望んでいた事だから誰にも望まれてないけどだから望まないといけないから外す外す外す外す外す外す外す外す外す外す外す外す外す外す外す外す外す外す外す外す外す外す外す外す外す外す外す外す外す外すはずず外す外す外す外す外す外す外す外す外す外す外す外す外す外すああああああああああああああああああああああああああああああ

アアアアアアアアアア!!!!!!


「────その子は今、魔力を補充しているから魔眼は使えない。 身体能力も"まだ"脅威にはならない。 だから落ち着くんだ。 君たち」

「ッ……!!」

「誰っ!」


 見事な切り返しで俺が振り返るよりも先に勢いのまま抜いた剣は背後に当てられ。


 風切り音の後に振り返った俺が見たのは。


「ひぇ、刃物……」


 情けない声で尻餅を付いた白衣の男だった。

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趣味でレアスキル【未来視】を使っていたら、実は因果律確定の能力だった。〜自業自得で裏を掻き続ける人生になってしまった俺は罪滅ぼしの為にみんなを救います〜 大根卸 @masuku109

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