67話。エピローグ

「勝ったのか……」


 俺は大穴が空いた壁を見つめて、その場にヘタリ込んだ。外には、どこまでも続く雄大な大森林が広がっている。

 しばらく警戒していたが、敵の気配はもうどこにも無かった。


「ああっ、やっぱり……ご主人様の【植物王(ドルイドキング)】の力で、アルフヘイム全体が復活したのですね!」


 コレットが玉の汗を流しながらも、歓声を上げた。

 森には火の手も、煙も見られなかった。


「グローアとディアドラは完全に消滅したか……結局、ディアドラも哀れなヤツだったな」


 実の父親に捨てられ、育ての親からは利用されていた。

 どちらの親からも存在を認められたかったからこそ、復讐に走ったのだろう。その気持ちはわからなくもなかった。


「わたくしはお姉様を弔いたいと思います。何かが少しでも違っていたら、わたくしとお姉様が敵同士になることも無かったハズですから……」


「そうだな。俺も花くらい添えてやるか」


 ディアドラはエルフの歴史に残る大罪人だが、冥福を祈る者がいても良いと思う。


「ディアドラと一緒に、ゼノスの墓も作ってやるか。親父はきっと、ゼノスを顧みたりはしないだろうからな。コレット、手伝ってくれるか?」


「はい、もちろんです!」


 コレットが、花がほころぶような笑顔を見せた。

 思わず、ドキッとしてしまう。

 俺たち口づけを交わして、結婚したんだったよな。ヤバい、どうしても意識してしまうな。


「そ、それよりも、今はリルだ。リルの回復に専念してくれ……っ!」


「はい!」


 俺は照れ隠しに、わかりきったことを頼んだ。リルを蝕む呪いの炎は、やはり消えていない。


「アッシュ団長!」


 やがて、レイナが大勢の部下を引き連れて王座の間に突入してきた。


「エリクサーを持ってきたわよ! って、すごい有様ね!?」


 原型を留めないほどに破壊された室内に、レイナは目を白黒させた。


「レイナ、リルにエリクサーを……! ヤバい状態だ」


「わかったわ!」


「アッシュ様、敵の首魁を倒されたのですね。さすがでございます」


 レイナと一緒にやってきたギルバートが、うやうやしく頭を下げる。ギルバートは、未だにコレットと同じ容姿のままだった。


「お前、紛らわしいから、そろそろやめろ」


「はっ。しかし、着替えを用意しておりませんので、今しばらくこのままで。

 王女に化けると、気分が良いモノです。みな王女がアルフヘイムを救いに来てくれたと、諸手を挙げて歓迎してくれましたよ」


 ギルバートは、上機嫌だった。

 コイツ、まさか女装癖があるとかじゃないよな?

 着替えなんぞ、どうにでもなるような気がするが。


「あるじ様!」


 エリクサーを飲んだリルが、すっかり元気になって俺に抱き着いた。


「リル、うれしい! これからも、ずっとあるじ様と一緒!」


「ああっ、リル。これからも俺たちはずっと一緒だ」


 俺はリルの頭を撫でてやった。リルは気持ち良さそうに目を細める。


「むっ! リルさん、ご主人様とわたくしは正式に結婚したのですよ! ご主人様にナデナデしてもらうのは、妻であるわたくしの特権です!」


「おわっ! ちょっと待て! いてぇっ!?」


 コレットが突撃してきて、俺にしがみつく。身体がバキバキになっていたため、俺は痛みに悲鳴を上げた。


「ああっ! 申し訳ありません! すぐに全裸になってください! 回復魔法で癒します!」


「いや、毎回、お馴染みのやりとりだが、別に服を脱がなくても、魔法くらいかけられるでしょうが!?」


「ダメです! 少しでも回復効果を高めるためには、肌に直接、触るべきなんです!」


「レイナ、俺にもエリクサーを!? エリクサーはまだ有るか!?」


 俺はコレットを引き離しながら、尋ねた。


「もちろん、まだあるわ! ……って、アッシュ団長。コレット王女と結婚して、エルフ王になったのよね?」


「おおっ、【世界樹のマスター】殿。どうか、我らを導きたまえ!」


 その時、他のエルフに支えられて、コレットの父親である前エルフ王が、やって来た。

 これはチャンスだ。


「よし、エルフ王としての命令だ。俺は王位を前王に譲る! そして、見聞を広めるために、旅に出る! 異論は認めない、これは勅命だ!」


 俺は王様らしい言葉を使って、一気にまくし立てた。


「なんと、旅に出られる? そ、それは、何年くらいでございましょう?」


 エルフ王が泡を食って尋ねた。


「そうだな……20年くらい?」


 とりあえず、適当に答えた。とにかく、それくらい経てば、すべてがウヤムヤになっているだろう。


「たった20年で、良いのですね! その間、わたくしもご主人様と一緒に旅をして愛をいっぱい育みたいと思います!」


「20年程度なら、何の問題もありませんな。我ら一堂、真の王のご帰還をお待ちしております!」


「えっ……?」


 俺は意外な反応に言葉を失った。

 20年と言えば、気の遠くなる年月だと思ったのだが……

 300年近くを生きる長命なエルフにとっては、時間の感覚が違うのかも知れない。


「そうでございましょう。アッシュ様は、これから我ら【神喰らう蛇】の頂点に君臨するお方。エルフ王となられるのは、あくまで引退後でありましょう」


 ギルバートが、腕組みしてウンウンと頷いている。


「いや、親父の跡も継ぐつもりはねぇって!」


「はぁ? コ、コレットがふたり?」


 エルフ王がギルバートの姿に驚愕していた。

 いや、ホントに紛らわしいぞ、お前。


「はて? それではアッシュ様は、これからいかがされるおつもりで? ユースティルアにとどまるのですか?」


「しばらくはそのつもりだが、その後は旅に出ようと思う」


 何しろユースティルアにいたら、アルフヘイムの使者からの『戻って来って』攻勢にさらされるだろうかな。


「なるほど。それでは、このギルバートもアッシュ様のお供をいたします」


「私もついて行くわよ、アッシュ団長! エルフ王にはお供くらい必要よね!」


 ギルバートとレイナが、同行を申し出てきた。


「はあ? な、なんで……」


「そうです。ダメですよ! わたくしとご主人様の愛の新婚旅行なんですから!」


 コレットが頬を膨らませて喚く。


「リルも一緒に行く!」


 リルが俺の腰にしがみついた。

 新婚旅行? いや、まあ。そういうことになるのか。て、照れ臭いな……


「ご主人様、わたくしは今、とても幸せです。これからもずっと一緒ですよ」


「そ、そうだな。これからも俺たちは、ずっと一緒だな」


 俺とコレットは、お互いを見つめて合って微笑んだ。

 いきなり結婚してしまったが、これからゆっくりとお互いを知っていければ良いと思う。

 それまでは、手を繋ぐ程度の距離感で……


「という訳で、ご主人様! 今夜からさっそく子作りを!」


「だぁああああ! バカ! それは、まだ早いっての!?」


 俺の絶叫が王宮に響き渡った。


「おおっ! めでたい! これでアルフヘイムは安泰ですな!」


 エルフ王が喝采を上げる。


「アッシュ様にさっそくお子が……これはこのギルバートが養育係となって、戦技をお伝えせねば」


「ハーフエルフの先輩として、私も教育に加わるわよ!」


「お前ら、気が早すぎ!? まだ、しばらくそんなつもりはねぇから! リル、一足先にユースティルアに帰るぞ!」


「うん! あるじ様、リルに乗って!」


「ああっ、お待ちください、ご主人様!」


 慌てて逃げ出す俺を、コレットが追いかけてきた。

 俺の人生はまだまだ前途多難だ。

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最強ギルドを追放された《植物王》、実は世界樹に選ばれていたので植物の力で無双します こはるんるん @yosihamu

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