第15話 絶望なる闘い 残り1人

 12月28日

 本田技研工業が埼玉県狭山市の工場を閉鎖し、同県寄居町の工場に機能を移転する。これに伴い、狭山で生産されていたミニバン『オデッセイ』、高級セダン『レジェンド』、燃料電池車(後に電気自動車・ハイブリッド仕様車も発売)『クラリティ』の3車種が年内いっぱいで生産終了となった。


 男性アイドルグループ・SMAPの元メンバーで歌手・俳優の香取慎吾が一般女性との結婚を発表。


 藤原雅志ふじわらまさしはイライラしていた。クリスマスで35歳になったが、35年間も恋人がいなかった。街ナカでバカップルを刺し殺したい衝動に駆られた。

 函館駅から徒歩10分のところにある、はこだて自由市場でバッタリ、小山丈史おやまたけふみと再会した。小中学生時代に同級生だった。

「成人式以来だな」

 鮮魚店の前で小山は言った。イカやサケ、干物などが並ぶ。飲食店やカフェも併設されてる。

「タケは何の仕事してるんだ?ゴホッ……」

 血生臭い匂いに噎せながら藤原は言った。

「ブルースって派遣会社で働いてる。今年から年末調整、スマホでやるようになったんだけど面倒くさくて」

 ブルースか奇遇だな?テロを起こそうとしている組織の名前と一緒だ。陣内や高階がいなくなり弱体化した為、藤原は仲間を探してるところだ。

 藤原はロレックスを見た。もうじき18時だ。

「タケ、夕飯食ったか?」

「まだだ」

 鮮魚店に入り藤原はイクラ丼、小山はウニ丼を頼んだ。イクラ丼にはカニ汁がついてる。

「紅白には布袋とかケツメイシが出るよな?」

 座敷で足を崩し、藤原が言った。

「ケツメイシはどうでもいいが、布袋は見たいな」

 小山は映画『新・仁義なき戦い』を見て布袋寅泰ほていともやすのファンになった。『バンビーナ』や『スリル』が好きだ。

 ある夜、愛人の桐谷祐子きりたにゆうこに紅白に米津と緑黄色社会が出なかったら、妻のひかりを殺すように約束された。

 結局、米津も緑黄色社会も出ない。

 祐子はとんでもないサイコパスだ。

 ホテルで交尾してるときに首を絞められたこともある。『イヒヒヒ、イヒヒヒ……』あのときの狂気に歪む笑顔を忘れられない。

「コロナのせいで旅行に行けないことに、奥さんは怒ってるよ」

「結婚って大変だな?」

「ずっと彼女のいないおまえに何が分かるんだ?」

 小山は鼻で笑った。藤原は殺意に駆られた。

 藤原は拷問方法を脳裏に浮かべた。

 梯子吊るしと蝋燭責め。🕯

 まず後ろ手に縛った両手首を梯子の上方に固定する。次いで仰向けに梯子に寝かされた小山の足首を紐で縛り、これを梯子の下部に固定されたハンドルに結びつけ、ハンドルを廻し下に引っ張る。すると人間の体は30 cmほど伸びるという。さらにはこれに40 gの蝋燭8本を束ねたものを2つ用意し、それを両脇腹にあてることによって苦痛を与える。

「ウヒヒヒ……」

「何笑ってんだコエーぞ」

 小山は怪訝そうに顔を引き攣らせた。

 

 12月30日

 前年冬から延期されたコミックマーケット99が開催される。

 また、この日は西日本鉄道が運営し、1956年に「西鉄香椎花園」として開園した福岡市東区の遊園地「かしいかえん」がこの日の営業を最後に閉園し、65年の歴史に幕を下ろした。


 前日に大雪が降り、小山は自宅の駐車場の雪掻きに勤しんだ。ひかりはまだ寝ているようだ。

 小山は化学工業会社に派遣されていたが、最近受注が減り残業が少なくなった。

 18歳以下のガキどもに給付がされたが、働き盛りの年代にも給付してもらいたいものだ。

 年末は小汚いロッカーの掃除をした。

 最近、職場の仲間から面白い話を聞いた。

 突然、見知らぬ男から電話がかかってきて、「結婚してますか?」と尋ねられ、「結婚してます」と答えると不幸な目に遭い、「結婚してません」と答えれば助かるらしい。


 ひかりは永野芽郁ながのめい戸田恵梨香とだえりかが出てる女性警察官が活躍する『ハコヅメ』の再放送を見ながら大掃除してる。

 お風呂やエアコン、換気扇などを念入りに掃除する。高橋英樹たかはしひできか出てる餅のCMを見てきなこ餅が食べたくなった。

 街に出て昼飯の買い物をすることにした。

 除雪車が通り過ぎる。ドブから湯気が立ち上ってる。お湯が噴射され雪を溶かす。

 スーパーに向かってる途中、ひかりはある怖い話を思い出した。

 主に欧米で著名な都市伝説で、祖母の家で結婚式を開いた新郎新婦と参列者たちが式の余興でかくれんぼをしたところ、花嫁がいつになっても見つからず、異変に気付いた式の参列者たちも家中を必死に探し回ったが、結局花嫁は出てこなかった。失踪から数年後、花嫁の妹が結婚することになり屋根裏部屋にある衣装を借りようと大きなトランクを開けたところ、中にあったのは花嫁衣裳を着た姉の遺体だった。花嫁は結婚式のかくれんぼでトランクに隠れた時、鍵が閉まり出られなくなって中で窒息死していたのだった。


 イオン湯川店で餅を探してると、不気味な気配を感じた。恐る恐る振り返ると、フードをかぶった黒いコートの男がこっちを見ていた。顔の上の方は見えなかったが、口元がニヤリと笑った。

「キモい……」

 ストーカーかな?Facebookで知り合った女性を殺す事件とかよく聞く。

 早く家に帰った方がいいな。

 おせちや蜜柑などをカゴに入れ、レジに向かった。最近は感染防止対策の為、セルフレジも増えた。セルフの方が早いな!バーコードをピッ、ピッと読み取る。会計を済ませ店の外に出た。

 飛行機がひっきりなしに飛んでいる。✈

 湯川町は函館空港からバスで6分、市街地からも近く、手軽にいける温泉地、湯の川温泉として親しまれている。

 北海道の三大温泉郷の一つに数えられる古くからの名湯。榎本武揚など歴史上の人物も好んで訪れたとされる。

 

 正午前にひかりは家に帰って来た。丈史の姿はなかった。どこかに出かけてるのだろうか?買ったものを冷蔵庫に入れてると固定電話が鳴った。

「全く……」

 手を止めて電話に出た。

「はい、小山です」

《突然のお電話すみません。奥様は結婚されてますか?》

「してますけど」

 言ってからしまった!と、思った。相手は結婚詐欺師かも知れない。

《そうですか、分かりました》

 キッチンのストゥールに腰を掛け、丈史のスマホにかけた。だが、電話を切ってるようだった。

「先に食べようかな」

 ピンポーン!チャイムが鳴った。「はいはーい」ドアを開けると高校時代の友人が立っていた。

「あれー、クマちゃん。どうしたの?」

 ひかりはふくよかな体型なので、その友人をクマちゃんと呼んでる。

「近くによったからさ〜」

「主人がさ〜昼だってのに帰ってこないんだよね?電話にも出ないし、パチンコでも行ってるのかな?」

「一緒に食事でもしない?」 

「でも、主人が〜」

「そうよね〜」 

「まっ、いっか?子供じゃないんだし」

 ひかりは久々に遊ぶことにした。

 

 12月31日

 太は呆気ない最期を遂げた。

 敬礼刑事は、北海道警察捜査一課の取調室で辺見蛍と向かい合っていた。

「檜垣太さんを殺したのはあなたですよね?」

「全然、記憶がありません」

「あなたの犯行を目撃してる人が多数いるんです。言い逃れは出来ませんよ」

「けど、私じゃありません。確かにデートする為に天狗山には行きました。けど、やってません」

 敬礼に射殺されるんじゃ?と、ビクビクした。

 最近じゃ、警察署内で刑事が犯罪者を射殺することも珍しくない。

 サイレンの音がけたたましかった。

 背の高い刑事が取調室に入って来て、敬礼に耳打ちした。「悪いが仕事が出来てしまいました。先輩、続きをお願いします」敬礼は背の高い刑事とバトンタッチして、取調室を出た。

 

 午後0時10分頃、兜森と鬼火おにび郡を結ぶ国道を自動車で走行中の団体職員の男性が、小用を足すために車から降りたところ、崖下にマネキンのようなものが捨てられているのを発見し通報、駆けつけた敬礼が、道路から約10メートル下の雑木林で、女性の遺体を発見する。同日午後9時頃、兜森署にて被害者女性の夫、小山丈史が遺体を確認した。

「お気の毒ですね?」と、敬礼が言うと小山は「ひかりぃ!ひかりぃ!」と号泣した。

 敬礼はいたたまれない気持ちになった。

「一緒に除夜の鐘を聞きたかった」 

「でしょうね?あっ、こんなときにあれなんですが、ひかりさんのコートのポケットにマジックで『15』と書かれた紙が入っていたんですが、お心当たりございませんか?」

「15?さぁ、何のことか……遺体はどうなるんですか?」

「これから司法解剖が行われます。結果が分かり次第、ご連絡差し上げます」

「分かりました」

 憔悴しきってるのか、目も虚ろだ。

 霊安室に敬礼は1人残された。

 突然、もやが現れた。敬礼は不思議な気分になった。靄の中から1つ目の妖怪が現れた。

 敬礼はイワエトゥンナという、北海道アイヌ民族に伝わる妖怪を思い出した。

 日本語の文献では「イワエツゥンナイ」という表記も見られる。

 山の中に棲んでいる化け物で、空を飛ぶことができる。

 進路が障害物で阻まれている際には、樹木であろうが硬い岩であろうが、どんなものでも突き抜けて飛ぶという。障害物に穴を開けて通り抜けるという説もある。

 平静を装っていたが、敬礼は遺体がメチャクチャ怖かった。その恐怖心がイワエトゥンナを出現させたのかも知れない。

 妖怪は霊安室の壁に穴を開けてどこかに行ってしまった。

 捜査の結果、小山ひかりは、残された血液や胃から青酸化合物が検出された。

 

 敬礼は兜森署の仮眠室で『15』の謎について考えていた。尾崎豊の歌に『15の夜』ってのがあるが、関係ないだろう。

 年齢?ひかりを殺した人間が15歳だった?

 タロットでは15は悪魔だ。正位置の意味では裏切り、拘束、堕落、束縛、誘惑、悪循環、嗜虐的、破天荒、憎悪、嫉妬心、憎しみ、恨み、根に持つ、 憤怒、破滅。

 逆位置の意味では、回復、覚醒、新たな出会い、リセット、生真面目。

 そもそも、ダイイングメッセージじゃないかも知れない。

 そーいや今日は大晦日だ。

 談話室で署員は、炬燵に入りながら紅白歌合戦を見ている。白組のトリは福山雅治、紅組のトリはMISIAだった。『蛍の光』が流れ、紅白が終わる。遠くで鐘の音が聞こえる。去年は自粛モードで除夜の鐘が鳴らなかった。仮眠室に戻り、敬礼は眠りに落ちた。

 

 1月5日

 午前11時半、兜森警察署に桐谷祐子が小山ひかりを殺害したとして出頭してきた。

 青酸の入手ルートに関して桐谷祐子は経営していたTシャツのプリント加工会社に出入りしていた業者から「印刷を失敗したときにこれを使うと色を落とせると貰った」と話していた。

 

 午後2時、北海道警察本部にピーコックの藍浦がやって来た。辺見蛍を釈放せよとのことだ。

 蛍は極悪人、檜垣太を倒した功績が讃えられ表彰された。


 

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FEAR DAYS  鷹山トシキ @1982

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