第21話 群れない

 

 別の犯行現場も見ておこうと鞠猫は言い、俺達は二度目の犯行が行われた千駄ヶ谷の新宿御苑付近へと向かった。鞠猫はその間に超常殺しルナティックハンターの増員を望めない理由を話してくれた。



 「昨日千火さんが言っていた事を覚えていますか?」

 「なんのこと?」

 「超常殺しは群れることのない個人プレーの多い人種だってことです」

 「ああ……たしかにそんな事を言っていたね」

 「あの話には追加しなくてはいけないお話があります。超常の事案には元々達成することで受けられる評価や報酬額が決まっています。人数が増えようと報酬は増えませんし、特に評価に関しては受注主にしか評価点は入らないようになっているんです。依頼内容が元々二人や三人で行う物と決まっているのであれば、それもまた違いますが……今回のこの『カップル失踪事件』に関しては一人での解決となっている為、私以外の超常殺しの増員は見込めません。持ち掛けても誰もやりたがりません」

 


 淡々と言う鞠猫に俺は困惑した。全然知らなかった俺が言える身分ではないのかも知らないけれど、知った今、こんな大事件が起きているのに解決出来る人員が損得だけで関与するかしないかを考えているかと思うと怒りにも似た感情が生まれそうだった。



 俺がこのカップル失踪事件を知った昨晩、少し事件を調べてみたけれど、一ヶ月以上世間を賑わせている怪事件である。その死亡者は18人、行方不明者18人、はっきりしているだけで36人もの被害者が出ているのだ。知らない俺が非常識過ぎると反省するほどの大事件だった。



 「やりたがりませんって……人が沢山死んでいるのに」

 「超常殺しは慈善事業ではありません、命をかけた仕事です。そしてやる人間は全てフリーランス、傭兵のようなもの、各々に都合があります。組合に登録はしておけば仕事の斡旋や持ち掛けはしていただけますけれど、それだけです。保険やら個人を保証するものは何もありませんが当然強制力もありません」

 「……だから?」

 「超常殺しが一人死のうと組合自体に一切の痛手は無く、超常事件で誰かが死ねば他の誰かが呼ばれるだけです。ならば賢く損得を考え生きていかなければ自分が馬鹿をみるだけです」

 「……じゃあどうすりゃいいんだ、こんな事件とっとと解決した方が良いのは俺にだって分かるぞ」

 「戦力増強の手取り早い方法があります」

 「ほ、本当かよ!」

 「私が死ねば新たな超常殺しが呼ばれます。 ……死んだ方が良いですか?」



 前を歩いていた鞠猫はいきなりそう言って俺を見た。咄嗟の事に俺は何も答えられなかった。



 流石にそれは短絡的と言うかあまりにも極端だと思った。でもそれぐらいしか方法がないのだと言っているのがよく分かった。



 「次に呼ばれるのは私よりも優秀な人材が選ばれるかもしれませんから。それに超常殺しが一人死んでいるとなれば危険指数の査定が行われ、星も3に格上げされる可能性もありますしね」

 「死ぬだなんて……本気かよ?」



 ジーっと俺を見る彼女に何かブレない意思の様な物を感じて俺はそう聞いてしまった。俺の問いを受けた後も少しだけ間を彼女は開けたが、鼻で笑うとその口の端がクイッと上がった。



 「冗談ですよ。まさか……私だって死にたくないですから」



 その答えに力が抜けた。なんなんだこいつまじで考えている事が読めない。鞠猫は再び歩を進めて歩き出した。



 「笑えない冗談は冗談とは言わねーぞ!」

 「別に良いじゃないですか、私が死のうと奏君の生活が変わるわけではないですから」

 「それは……そーかもしれないけど……」



 いや、それは極端ではないかと思った。死んで良い人間なんてそういないはずだから。でも確かに彼女が今日死んだとして俺の生活の何か変わる気はしなかった。それほどまでに彼女と一緒に生きてきたわけでもないし、親交が深いわけでもなかったから。目の前で殺されたのならトラウマとして記憶に残り続ける可能性もあるかもしれない。でも……見てない所で死んでしまったのなら10年やら20年先も覚えているのは想像がつかなかった。断片的に覚えていて、ああそんなこともあったなと思い返すだけのレベルに留まる気しかしなかった。



 それは俺の中の彼女との距離がそれほどまでに空いているからだ。結局彼女が超常殺しなどという特別な人種であろうと、今の俺にとっては極端に言えばただの他人でしかないのだから。



 嘘でも、そんなことはない!っと咄嗟に否定しない自分の性格に少し悲観的になった。それが何かを変えたわけではないけど。



 「しかし査定の件は本当です」



 俺の思いなど当然知らず、彼女はそう言った。



 「超常事案の危険指数のリセットがかかるのは超常殺しが死ぬか、事案として確立した後、多くの被害者が出た時です。もし今回の事案が2から3に上がったとしたら100人ほどの被害が出た時でしょう」

 「ひゃ、100人!?」

 「驚くのも無理はないですが、そういうものなんです。そうなるとシルバークラスの案件に変わりますから、明らかに私よりも強い人が送られてきますね」

 「シルバークラスの案件って……星によって受けられるクラスが変わんのか?」

 「ええ、そうです。0から2までがブロンズ、3から6がシルバー、7から8がゴールド、9から10までがダイヤモンドクラスになります。旨味は薄いですが上位のクラスであれば下位の数値の依頼も受けられますよ」

 「ふーん……じゃあもし鞠猫が死ねば確かにシルバークラスの人材が送られて来るのか」

 「そうなりますが、そうならないように私が必ず犯人を倒します」



 言葉強くそう言う、前を歩く彼女が歩を止めた。



 そこは新宿御苑近くの公衆トイレであった。二回目の犯行が行われた現場であった。

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