第22話 収穫無し
女子トイレの方へと鞠猫は入っていく。俺もそれについていき中へと入った。周りに人気も無く誰も使用しないだろうと思っての行動だ。
女子トイレの中は個室のトイレが2つあるだけで、至って普通の造りであった。
いつのまに取り出したのか鞠猫の手には俺にも使っていた淫魔探知器の水晶が置かれていた。
その様子を俺は後ろから眺めるが特に何かを見つけた様子はなかった。
「なあ鞠猫」
「なんです?」
「何か見落としがあるかもしれないと思ってお前はもう一度現場を調べているんだろうけど……警察が色々と捜査していった後なんだぞ? 何も見つからないと思うけど?」
俺は思った事を率直にそう告げた。プロが既に片っ端から現場を調べていったなら俺達に出る幕はないんじゃないかと。
けれど俺の言葉を聞いたはずの彼女はその手を止めるつもりは無いようだった。
「……警察の方々は人の犯罪のプロであっても、超常に関しては素人同然。であれば私達にしか見つけることの出来ない手掛かりがあっても可笑しくはないでしょう」
澄まし顔でそういう彼女にそれはそうだけど……と納得するが……どうにも何か別の方法があるのではとも思う。だからといってその別の方法を提示できるわけではなかったけれど。
しかし今更ながら疑問が浮かんだ。超常やらルナティックハンターやら、そんな輩がいたことを俺は今の今まで知らなかったが、こんな事件が世界中で起きているのに警察がその二つの存在を知らないなんて事があるのだろうかという事だった。
事件を追っている内にいずれその存在に辿り着くものだと思うのだが……今までそんな人間がいなかったと考えるには難しかった。
「鞠猫」
「はい」
「今まで超常やらそれを狩るお前達の事を聞いたけど、それを警察が知らないわけがないと思うんだ。でもあくまでお前は個人で犯人を追っているよな? 実際のところどうなんだ?」
「当然警察は超常や私達超常殺しのことは知っているでしょうね。機関内でも周知の事だと思いますよ」
「やっぱりそうなんだ……だったら──」
「────しかしそれは知っているだけのことであり、それ以上ではありません」
「は?」
鞠猫の言っている意味が分からなかった。
「超常の存在が事件に関わっていたとして、警察は現場を調べる事はしたとしても、その真実に辿り着くことはありません。捜査はしますが、犯人像を掴んだ所で逮捕することは絶対にないんです」
「なんで?」
「彼らでは絶対に
「犠牲が尊いから……敢えて追わないってことか」
「第二次大戦前くらいまでは警察の仕事として超常を捕まえることもしていたらしいですが、一つの事件を解決する度、何十もの警官達が殉職したらしいです」
「そういった理由があるから、
「ええ、私達超常殺しは皆、人以上の力を手に入れる為に訓練を積んでいます。しかしなにより何より常人以上の身体能力を開花できる『才能』がある。それは大抵の人間には備わっていないものです。だから警察や特殊部隊が何十、何百の束になっても敵わない
「俺達一般人の知らないところでそんな事が起こってたんだな」
「当然世間には絶対に公表されないことです。そんな事がバレてしまえば警察が批判されてしまいますから、機関内でもトップシークレット扱いでしょうね」
そういうカラクリがあったのか。それなら一般人に知られていなくても納得だ。
きっとネット上などに漏らされたとしてもすぐに削除、隠蔽されるんだろうな。それは恐らく厳重に網を張り巡らしているのだろう。でなければこのネット社会でここまで情報をシャットダウン出来るわけもない。
それだけ超常という存在が警察にとって厄介なものという証拠だ。
「ま、それなんで、なんの嫌がらせか警察も私達超常殺しに情報提供はしてくれないわけで」
「えぇ? 何故だ、事件解決を急ぐなら情報を共有した方が……」
「向こうにもメンツってものがあるんですよ。組合があると言っても、
「なんだよそれ……」
人命よりメンツが優先されるのか。納得のいかなさにモヤモヤする。
鞠猫は少しだけ笑って、話すことは話したと捜査を開始した。
結局トイレの中では何も手掛かりは見つからず、その後初台駅付近のマンション裏、代官山の路地裏など次々と犯行現場を転々としていったが有力な情報になりそうな物は一切見つからなかった。
「では奏君、次は─────」
「た、タイム!」
平然と次の行動を告げようとする鞠猫に俺は静止した。時刻は19時前、ここまで一切の休憩無しに電車を乗り回し、近ければ徒歩で現場を巡り回ってきた俺達。流石にここいらで休憩を俺は挟みたかった。
「ちょっと休もうぜ鞠猫さんよぉ」
そう提案する俺を鞠猫は眉を挟め、まるで何を言っているのだと理解し難いといっているような顔をした。
「休む……? 何を言っているんですか、犯行は夜にかけて行われます。今夜中にでも捕まえなければまた新たな犠牲者が出るかもしれないんですよ?」
「そりゃそうだけどさ……少しは休息も必要ですよ。ほら丁度そこに美味しそうなパンケーキ屋もあるしよ」
次なる現場の表参道に向かっていた俺達の前に丁度よく小洒落たカフェが建っていた。窓から店内を覗くと時間が良かったのか、店内にも複数人しかおらず快適そうだ。
「何を情けない事を言っているんですか、貴方それでも超常の血が流れる者ですか?」
「申し訳ないけど半分だけなんで…… な、な、奢ってやるからよ、少しだけ休もうぜ〜? 腹が減っては戦は出来ぬとも言うだろう?」
俺はそう言って店前のフルーツの沢山乗ったパンケーキの絵がチョークで描かれた立て看板を軽く持つと、まるでパペットを扱うように『美味しいよ?美味しいよ?』とアフレコし、これ見よがしに媚びた。俺は体力的に精神的に疲れていたのだ。ここいらで何かしら腹に入れたかったのだ。
俺の様子を見下したように鞠猫は見てきたが、俺には一切恥などなかった。それほどまでに疲弊していたのだ。
「……お、奢りですか…」
それもあってか、奢りで言葉が余程効いたのか、チラチラと俺の持つ看板を見つめる鞠猫がブレているのはバレバレだった。
「そそ、紅茶もつけるからよ」
「…………し、しかし早く捜査しないと」
「だからといってエネルギー補給しないとパフォーマンスが落ちるのも確かですぜ? お嬢さん」
俺の言葉に思う所はあったのか、考え込む素振りを見せる鞠猫。しかし遂にはため息を一つついて、陥落するのだった。
「仕方ありませんね、少し休憩にしましょう。確かにお腹が空いていてはもしもの事態に対処出来ないのも確かです」
「や、やった〜〜「ただし!」
ピシャリと鞠猫は言った。
「……お、奢りと言ったのはお忘れなく」
恥じたように頬を赤らめる彼女だが、俺にそんな事は些細な事でしっかりとそれに返事をして俺達は店内へと入ったのだった。
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