第20話 事件現場
俺は鞠猫の斜め背後を敢えて歩いた。その距離感は3メートルほど開いている。人混みの多い時間帯だったしその間を何人のも人間が通過して行った。
このぐらいの距離が空いていれば街中で知り合いに会ったり、見られたりした場合でも俺も鞠猫もお互いの存在を知らなかったとして偶然を装う事が不自然ではないだろうからだ。
俺も鞠猫もフードを被っちゃいたけれど、バレる時は何をしたって俺達だとバレるものだ。バレた時の言い訳も考えておいた方が得策だと思った末の行動だった。
しかし俺のそれを杞憂だと言うように鞠猫の目的地に俺達は誰にも声を掛けられず辿り着いた。
「ここは?」
問いを投げる俺の周りには転がった空き缶やらちり紙、誰が使ったか知らないけれど避妊具の空袋が散っている。二台並んだ自販機寂しげな機械音を唸らせる袋小路であった。
「カップル失踪連続事件の一番最初の犯行と考えられている事件のあった現場ですよ」
「ここが?」
確かに犯行を起こすにはやりやすい、人目につかない場所だ。鞠猫はその袋小路に足を踏み入れ辺りをジロジロと見始めた。
「一ヶ月以上前、此処で
「なるほどね。 ……で、なんでそんな場所に俺達は来ているわけ?」
「私は一度此処に来て調査をしましたが何も見つかりませんでした。しかし奏君、同じ淫魔の血が流れている貴方であれば何か分かるのでは?」
「そういうことか……」
俺は鞠猫と同じように辺りを見渡す。しかし目につくのはゴミやらカスやらばかりで手掛かりになりそうな物は見つからない。当たり前だ、既に警察が入り込んでたらふく現場検証していった後なのだ。プロが嗅ぎ回っているのに俺達に何か見つけられるとは思えなかった。
だが俺の横でいつのまに取り出したのか、あの淫魔を炙り出す水晶を手に持ち真剣に地面や壁やらを調べる鞠猫を見ると、それを言い出すのも憚られた。
しかしそれにしても何故鞠猫の依頼を受けた『組合』はこの事件を淫魔が関わっていると分かったのだろうか? カップルが襲われているからと云う理由だけでは普通の人間の犯行にも考えられそうだが……
「なあ鞠猫」
「なんです?」
「何故この連続事件の犯人がその……超常の存在の淫魔だって組合は分かったんだ? カップルを狙った人間の可能性だってあるだろう?」
俺の問いに鞠猫は作業を止めることはせずに答えた。
「それは現場に残された男性の遺体が全て一撃で心臓を奪い取られているからです」
「え」
「死体を調べると外部からの攻撃が胸から心臓にかけて一撃で到達し心臓を毟り取られた痕跡があったそうです」
「一撃って……」
「淫魔にとって人間の心臓も精力の足しになります。性行為によって精力を奪えない同性からはそのようにして糧にするんです。 ……話を戻しますが胸には何度も衝撃を与えた痕跡は無く、手足に拘束した痕も無い。体内から薬物の反応も出ていないし、頭に衝撃があったわけでもなかったそうです。堂々と正面から……一回きりの攻撃で犯人は男性の心臓を奪い取っています。そしてそれは全ての事件に於いて共通した犯行です」
「……圧倒的なフィジカルで男性を殺し、女性だけを拐う犯行……確かにそれは普通の人間には出来ないな」
「はい。しかもその最初の事件を含む全ての犯行は夜中に行われている。ですから組合も二件目の事件が起きた時には
悔しげに言う鞠猫。確かに自分が犯人を追っているのに嘲笑うように犯行が繰り返されているとなれば、やっと見つけた同じように淫魔の血が流れる俺を犯人と間違ってしまうのもしょうがないかもしれない。
彼女は焦っているのだろう。早く事件を終結させなければまた新たな犠牲者が出るから。
けれど俺にはこの場で起こった事に対する、新事実に辿り着けそうな何かは発見出来ない。分かりきっていたけれど、別に何か感じ取れるものは無いし、特別
気になる点も見つからなかった。
「そうだな、そんな君には悪いけど……俺には何も感じ取れるもんは無いみたいだ」
「……そうですか」
鞠猫は少しも表情を変えなかった。
こりゃまいったなと思う。
だがそこで気がつく。そういえば俺は犯人像を何も知らないではないかと。確かに警察さえそれは掴めていないとのことだったが、被害者の傾向や犯行跡から分かることぐらいあるはずだ。
「なあ今更だけどよ、鞠猫の予想している犯人像ってのを教えてくれないか?」
「犯人像ですか?」
「なんかあるだろ? こういう奴だろうなっていう予想が。なにも分からないんじゃ協力するにも厳しいわ」
「ああ、確かにそうですね」
鞠猫は俺の方へしっかりと向き合った。
「まず、今回の事件の犯人は恐らく男性でしょう」
「俺と同じく男の淫魔か」
「はい。男は殺し、女が攫われていることから連れ帰った女性から精力を搾取していると思われます。以前もお話ししましたが本来淫魔は女性しかいませんが極稀に1%に満たない確率で男性も生まれることがあるらしいんです」
「そんな確率の低いやつに当たっちまうとは、難儀なもんだな。……しかしそれだけ男の個体数が少ないなら淫魔は繁殖するのも大変だな」
「いえ、それは大丈夫なんです。淫魔とは不思議な生き物で、二つの繁殖方法があるんです」
「二つ?」
「基本的に彼女達は単為生殖なんです」
俺は目が飛び出そうなほど驚いた。単為生殖ってのは生物の授業などで聞いたことがあったからだ。雄や雌を必要とせず一匹の生物で繁殖を完結させる方法、それが単為生殖だ。
「え、淫魔ってもしかしてミジンコみたいな姿形なの?」
「馬鹿言わないでください、だったら私が貴方を疑って殺すはずがないでしょう」
鼻で笑って鞠猫は続けた。
「とは言ってもまるっきり一個体で終わらせられるわけではないんですがね。他のサキュバスの遺体が必要になります」
「い、遺体って……あの?」
「はい、恐らくその遺体です。彼女達は死んだサキュバスの体に自らの体内で作り上げた受精卵を埋め込み、その栄養価を利用し、自らの子供として作り出すんです。生まれるに要する時間は3時間ほどです。人の形になる頃には死体から這い出てきて産声を上げますよ」
上げますよじゃねーっての!
俺はゾッとした。それではまるで───
「…………まるで寄生虫」
「あながち間違いではないですね。生まれるまで女か男かは分かりませんが、けれど彼女達はそのようにして昨今まで個体数を増やしてきたのは事実です」
「え、え、じゃあ俺も……!?」
俺は自分が女体を突き破り産声を上げる赤子になっているイメージをした。うーん……ホラーでしかない!
「それは違いますね、奏君はもう一つの繁殖方法によって生み出された子供だと思います」
「もう一つ……?」
「他種の異性との交配によってハイブリットの配下を生み出す異種交配です」
「……ッ!?」
「
「レオポンとかか?」
「そうです、それと同じように淫魔も、それをしかも自然交配で行えるんです。他種と交わった混血の淫魔を生み出すのが彼女達の淫魔と呼ばれる所以にもなっている能力の一つなんです」
「な、なんでそんなことを? 繁殖だけなら単為の方だけでいいんじゃ?」
「言ったではないですか、配下を生み出すためと」
「それは……つまり」
「ええ、この方法は自分の子孫を残す為ではなく、駒としての兵士を生み出す為の交配なんです。吸血鬼、
「…………」
淡々と述べられた自身の出生の理由に、突き落とされたような衝撃を俺は受けた。今更吸血鬼やらエルフやら言われても驚きはしなかった。けれど自分が用途の存在する理由で……武器を作るような理由で生み出されたと言われてショックを受けない人間などいるものか。
しかもその上でその勝手に作った本人は何処かに失踪ときた。無責任極まりない話じゃないか。
だが、そんな俺の心を逆撫でしたのは悲しみなんかじゃなく明らかな怒りだった。
そんなテキトーな理由で作られ、捨てやがった母親に対する怒り。恐らくそれを知らず、愛を注いだ父親を侮辱した母親への怒り。それが腹の底から煮えくり返ってきそうだった。
しかし今その母親はいない。その怒りの矛先を向けられる相手はいないのだ。
ならばその怒りは活力に変換するしかない。怒りを原動力にするしかない。この街を襲っている、俺と同じく戦力として生み出された半淫魔の自分勝手な殺生を食い止める為の力に。
静かに拳を握る俺をよそに鞠猫は続ける。
「話を戻しますが、犯人の目的は女性だけが連れ去られている事から恐らく繁殖だと考えられます」
「戦力増強するためか?」
「それは分かりません……犯人がハーフの場合、その時点で単為生殖は不可能になるとか話は聞いたことありますが……となると異種交配のみになりますが、その為に多くの女性を拐っているのか……そう考えてしまいがちですが、情報が限られる分断定は出来ません……すみません」
申し訳なさげに言う鞠猫だが謝る必要など一切無かった。
しかし……思い出す。忌々しい記憶だが半淫魔の俺自身の男根が勃起し、その機能性を発揮していたのは幼き頃の恐ろしい記憶だが確かだ。その子種としての機能は明確ではないけれど、理由もなく勃起などするわけもないだろうし、多分俺も異種交配ならば可能なのだろう。
「いいや、大丈夫。犯人を見つけりゃ分かることだろ」
「それはそうですね」
「しかしよぉ……一人二人じゃ飽き足らず多くの女性を必要とするとはな。とんだ絶倫野郎だな」
「サ、
「理解出来ないもんだな、ホント……」
鞠猫は少し顔を赤くしてこちらを見ていたが、それは少し予想外の反応だった。俺は彼女がてっきりこういった話は第三者の目線から冷静に見てくれるタイプの人間だと思っていたから、体験談から引き出した情報だったのだが、そんな
「とりあえず分かったよ。犯人の目的は繁殖と……覚えておく」
「え、ええ……よろしくお願いします」
俺の敢えて平静に語る姿を見た為か、彼女も動揺していないように答えてくれるが、彼女は恥じらう癖なのか、長い髪を少しだけ摘んでクシュクシュと弄っていた。
しかしながらこれほどの被害が既に出ている事件だ。相手のビジョンが少しでも見えている今、今後の事を考え一気に片付けてしまった方が得策のように思えた。
「なあ、鞠猫」
「はい?」
「お前のような
事が急を要するのはよく分かった。であれば人数を増やして捜査した方がいいと俺は思った。誰もがその考えに至るだろうと思ったけど、敢えて俺は聞いてみた。
「多分無理です……」
だが鞠猫は間髪を入れずに答えた。
「なんでだ?」
「それは……この事件が危険ランク『星』2つの事件だからです」
俺はその答えに顔を歪ませた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます