第19話 そして始まる前に

 

 教室に着くと鞠猫の席の周りには昨日程生徒達が集まっている様子はなかった。というのもすっかり男子が減り、女子が五人ほどいるだけだ。三日目ということもあり、次第に鞠猫の気の合う者だけが集まるようになったのだろう。



 鞠猫の側にいる五人はクラス内の女子カースト内で上位の者ばかり、所謂イケてる女子グループの者達だった。現役で読モなどをしている彼女達の集まり。俺は女子は苦手なのであまり人気とかカーストは知らないけれど、初芽はじめがそう言っていたのを覚えている。どうやら鞠猫はそこのメンバーとして気に入られたようだ。



 俺は佐藤や初芽と一緒に教室に入ってきたのだが、隣の席に着くなり初芽は鞠猫に挨拶を交わす。



 「おっは〜鞠猫ちゃん!」

 「ど、どうも……おはようございます」



 初芽の朝からのテンションの高さに気圧されながら返事をする鞠猫。周りの女子達は初芽をジッとみた。その目付きはさながら、娘に見ず知らずの男が挨拶する瞬間を目撃した母親のような怪訝としたものだった。



 「おい森桃、鞠猫っち困惑してんじゃん。気安く挨拶するなよ」

 「するにしてももう少し優しくしてよ」

 「そーそー」



 本当にまるで我が子を守る親だ。新メンバーとしての鞠猫を過保護にしている彼女達をみると、その本性を知らぬとは言え、その小さく、庇護欲を掻き立てる姿形の鞠猫に惑わされ過ぎだと俺は心の中で少し笑った。



 「わ、わりぃ……で、でも鞠猫ちゃんも返してくれたし……」

 「鞠猫っちは優しいんだよ! ……それにアンタ勝手に名前で呼んでんじゃないっての! 馴れ馴れしい! あ、奏っちオハヨー」

 「まじそれな。 奏おっはー」

 「距離感掴め。 奏君元気?」



 タジタジの初芽。怒涛の女子からの責めに閉口する様子が可笑しくて堪らない。いつも飄々としている彼が困っている姿は中々に見られるものではないので俺は好きだ。あ、俺に向けられた挨拶は手を振って答えた。



 口論する初芽と女子達。俺には関係はないので黙って前を向いて座るが、この展開に鞠猫はどうしているのか気になり、チラリと横を向き、横目で様子を見る。彼女は勢いにどうすれば分からないとあわあわしていた。



 初芽と同じように面白い反応をしている彼女に思わず吹き出しそうになるが俺は耐えた。



 ……なんだよ、そういう普通な反応も持ち合わせているのな。



 すっかり俺の中に彼女のイメージが超常殺しとしての姿がハマってしまっていたが、そういう姿を見ると、鴉皮からすがわ鞠猫まりねも少しくらいは普通の女の子の一面も持っているのだなと意外に思いながらもちょっと安心した。



 俺はスマホを取り出しREINを開く。未読のメッセージが計67件、13人程から送られてきていた。全て女子からのメッセージだったから返す理由は無い。どうせデートの誘いだの昼を一緒に取りたいという類のものであろうから。



 画面をスクロールして鴉皮鞠猫のアイコンを見つけると開く。そこには昨日のプールの更衣室へ来るように伝えたのが最後に止まっていた。否応無しに脳内に昨日の命のやりとりを思い出した。そうして今日から彼女の犯人探しに協力することになったことも。



 俺はメッセージを打ち込み送信した。



 『今日から犯人探しすんの?』と。



 チラリと二つ隣の彼女を再び見る。初芽と女子達が、やいのやいのやっている奥で、鞠猫がスマホを取り出し確認するのが見えた。そうして両手でしっかり入力するのも。今度は既読無視しないのだなと少し安心した。すぐに返事は返ってきた。



 『します』

 『どーすればいいの?』

 『とりあえず放課後渋谷駅のハチ公前で』

 『わかった』

 『制服だと何かあった際面倒なので私服でお願いします』

 『はいよ』



 待ち合わせか……その方が俺にも都合が良かった為、そのままに受け入れる。俺の『はいよ』のメッセージに既読が付いてそのまま何も返事は返ってこない。用件が終わったのだから当たり前なのだが、俺が女子とメッセージのやりとりをした場合、俺が終わらせたくても向こうから一方的にメッセージを送り続けてくるのが常だったからなんだか新鮮だった。



 なるほどな……俺の魅了チャーム能力がなければこの様になるのか……



 こりゃいいなと俺は思った。







 放課後16時38分────



 喧騒に塗れた渋谷駅前。ハチ公前には待ち合わせの人間が多く訪れていた。一度自宅に帰った俺も制服から私服に着替え、名犬の像の付近に立っていた。履き慣れたジーンズにインナーには白いTシャツを着て、アウターにはチャックの無いグレーのパーカーを。普段着としては味気ないかもしれないがこのぐらい地味な方が俺は好きな格好だ。持ち物は貴重品以外は鞄などは持ってないが、『理由わけ』あってひとつだけ黒い上着を持ってきていた。



 鞠猫まだかなーと思い始めた16時45分。そういや待ち合わせに関して、時間は指定されてなかったと気が付いた時だった。



 駅の方から黒いワンピースの大きなコントラバスケース背負った黒髪女がやってきた。俺には見覚えのある格好。二日前に俺を殺した時と同じ姿の鴉皮鞠猫だった。



 「どうもお待たせしました」



 私服の俺に迷うことなく真っ直ぐに向かってきた彼女を周りの人達がチラチラと見てすぐに視線を逸らす。そのファッションのせいもあったが、しかしそのファッションが奇抜に思えないほどに鞠猫の体や顔付きが相応しく華麗だったというのもあるだろう。先日は動揺や夜闇の所為もあり、観察することもできなかったが、その姿の彼女のレベルは高かった。このまま雑誌の表紙撮影に赴けそうな程だ。



 そして気が付く。この前の服と変わらんと思っていたが、よく見れば同じ形のワンピースだが、色は黒の中に赤を含んでいたのだ。色違いかよと俺は心の中で突っ込んだ。



 「待ちました?」



 彼女の大きな黒い瞳が俺を見つめていた。



 「ま、10分くらいかな」

 「そうですか、じゃあ行きましょう」



 おい、てっきり謝るのかと思ったら何も言わないのかよ! なんで待ったか聞いたんだよと聞きたかったが、勝手に歩き出す彼女にそれは止めた。それより先に伝え頼みたいことがあったのだ。



 「ちょっと待ってくれ鞠猫、犯人探しする前に頼みがある」

 「はい?」

 「これを上に羽織ってフードを被ってくれ」



 俺はそう言って手に持っていた黒のパーカーを差し出した。これは俺の着ているパーカーとは違い、前をチャックで閉めたり開けたり出来るタイプのやつだった。



 「……何故?」



 俺から受け取り服を広げた鞠猫がそう問いを投げてくる。それは当然のことだった。俺は自分の考えを口にした。



 「ぶっちゃけ俺は渋谷と言えど髪色のせいで目立つ。そんでもって渋谷と言えばウチの学校の生徒も大勢遊びに来ている街だ。もしも俺がお前と一緒に渋谷にいたと学校中にバレてみろ」

 「……貴方に好意を持つ方々……特に女性からつめられることになると」

 「ああ、俺もお前も面倒に巻き込まれるぞ。お前は学校に来たばかり、ようやく馴染めてきただろ? なのに他の女子から反感を買ったとなれば暮らしにくくなるぞ」

 「別に私は今回の事件の犯人さえどうにかできたらこの街を去るつもりですからいいですけど……」

 「それだっていつまでかかるか分からないだろが。世間を偽る為とはいえ、いらないストレスは抱えるもんじゃないだろ」

 「…………」



 鞠猫は手に持ったパーカーをジッと見つめていた。罠か何か疑っているのだろうか。つくづく疑り深いなと思った。



 「それに俺だって他の女子に根掘り葉掘り聞かれんのはめんどくせーのよ」



 そうなのだ、これはお互いにメリットのある持ち掛けなのだ。俺は自分が能力のせいで女子達から注目されているのを自覚している。鞠猫は転校生ってことと愛らしくも美しいってことで注目されている。本人は無自覚だがな。



 しかしどちらも関心を向けられている点では共通している。ならば二人一緒にいる姿を目撃でもされてみろ、こちらにそんな気持ちは微塵もなくても、勝手に外野は盛り上がりはやし立て、運が悪ければ反感を買い虐めの対象にもなりかねないのだ。



 だったら身を出来るだけ隠すのはやっておいて損ではないだろう。鞠猫に至ってはその武器を隠したコントラバスケースなんて持っている為に目立つのだから。



 「そういうことでしたらまあいいでしょう」



 少しだけ迷った様子の鞠猫だったが俺が自分の為だと言ったことで警戒心を薄めたのか、ケースを一旦置き、そのパーカーに袖を通してくれた。



 「それにしてもパーカーとは……こんな不良の着る服を私が着ることになるとは」

 「どういうことだよ」

 「私知ってますよ、こういう物はヒップホッパーに憧れた半グレ人間が着るものだと」

 「完全に偏見だな」



 どんな感性をしているんだと思う俺。そんな事を口にしながらも鞠猫は表情を変えずそれを着てケースを背負った。



 「では行きましょう」

 「行くってどこへ?」

 「とりあえず付いてきてください」



 そう言って歩き出す彼女。俺の意見を飲んでくれたのは素直に嬉しかったが、REINのメッセージでもそうだったが、彼女は彼女で伝えることが足りないような気がした。



 どうしたもんかねと思いながらも俺はその後をついて行った。

 

 

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