第17話 己の力の使い方

 

 天井に埋め込まれた照明が眩しく俺を照らしていた。



 まばゆさに顔を顰めるが、それは下半身からくる痛みも理由としてあったはずだ。



 「────とっとと再生なさい」



 俺の視界の上に白いエプロンに血のマダラ模様を作ったメイドの宝仙千火の姿が映る。俺を見下すその姿にスパルタだなと思いながら、俺は仰向けになった自分の体の『失われた下半身』を素早く再生すると、脚から起き上がり出来たばかりの足で彼女に蹴りをかますのだった。




 朝6時────毎日の日課が今日も始まっていた。



 100㎡は軽く有る地下空間。四方と天地はコンクリートの壁に囲まれて天井に埋め込まれた照明が辺り一面を照らす。



 この地下の寂しい空間は千火さんが俺の師として、そして使用人としてこの家に来た時に俺の父親に作らせた物だった。



 「貴方の淫魔としての力は『魅了』のモノ以外も人並み外れています。その筋力をはじめとする身体能力は今後驚異となるでしょうから、しっかりと抑える訓練をしましょう。でないと不意に他者を傷付けてしまうことにもなりかねませんから。しかしコントロールしつつも、その力を『技術』として体に教え込まなくてはなりません。貴方のように力を持つものはある一定の者達を引き寄せ、場合によっては貴方を狙うこともあります。その時が来た時には自身の身を守る為にその力を振るうのです」



 当初、そう言われたことに意味は分からなかったが、こちらの理解せぬ間に『訓練』と称した日々の日課は始まり7年の歳月が経った。



 俺は必死に彼女の指導を受けながらも、そんな彼女の言葉の様な事が本当にあるのだろうかと疑問をずっと抱えていた。俺にどれだけ力があっても隠してさえいれば千火さんの言う一定の者達はやって来ないのではといつも思っていた。



 きっとそれは訓練に対する苦手意識がそう思わせていたのが理由だったんだろうけど、とにかく必要性に疑問を抱いていたのは確かだった。



 しかし一昨日、昨日とそれは突如として現実となる。超常殺しを名乗る少女────鴉皮からすがわ鞠猫まりねの到来である。千火さんの言ったことはすぐさま現実となり鞠猫は俺を襲い、既に3回以上は殺されていた。



 

 俺の放った蹴りを腕で防御し軽く吹き飛ぶ千火さん。地に着地し腕の防御を解いた後に見せた表情は、何処吹く風という様でまるで効いていないのが見て取れた。



 いつも身に纏っている給仕服一式のエプロンに血がビッシリ染み付いていることと、その手に馬上鞭を持っている事以外は普段と変わらぬ千火さんに比べ、俺は既に全裸の状態だ。仙人を自称する千火さんの体術による度重なる俺の体の破壊により、衣類など最早影も形も残ってはいなかった。当然千火さんのエプロンに付着している血液は全て俺の返り血である。俺が彼女に怪我を負わせられた試しはこの7年間で一度もないのだから。



 本日殺された回数既に2回。日々の死ぬ回数が減っていた俺にとって彼女に二度も殺されたのは久しぶりの事だった。



 多分俺の心中が穏やかではないのが原因だった。



 「坊っちゃん、今日はいつにも増して動きが雑です」



 当然そんなことは見抜いていた千火さんがそう言う。千火さんは訓練の時は当然ながら師匠モードなので決まって坊っちゃんと俺を呼んだ。



 「アンタがこの訓練を始めたキッカケ……俺を狙う奴らがやってくるって話が現実になったからかもな。心中穏やかじゃないんだよ」



 俺は素早く彼女に接近する。



 「それにそんな奴にいきなり協力すると決まれば、更にそれは倍増するってもんだろ!!」



 俺は言葉と共に飛び蹴りを放つ。二発の飛び蹴り、一発目は完全にフェイントであり、二発目を腰を捻り放つ。



 表情をピクリと変えない千火さん。それはまるで鉄仮面だ。



 「今までこの訓練をやってきた甲斐がありましたね」



 鞭が振るわれた。落ち着いた優しい声とは裏腹に、完全に俺のフェイントを読んでいたのか、俺の二発目の蹴りを放った右足は切り落とされ、明後日の方向へ飛んでいった。切断面から噴き出した血が宙を舞うのが俺にはスローモーションに見えた。血液が千火さんの顔面に向かってしぶく。しかし彼女の鞭はそれを全て弾き飛ばし、その白い顔を一雫たりとも汚す事を許さなかった。



 まじでイカレた動きだなと感嘆しながらも、俺は宙から着地する迄に素早く右脚を再生すると、左足を軸に低い位置で回転し右足による足払いの回し蹴りを放つ。



 しかし────



 「────これからも精進していきましょう」



 そう慈しむ様な表情を俺に見せながら俺の蹴りを踏みつけて止める千火さん。



 鞠猫に協力するという不幸に加え、痛くて辛い訓練はまだ続くのだと分かり、心の俺は泣いていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る