第12話 復活の奏

 

 砕けたスイカの様に弾き飛ばされた頭。腕も脚も銃の威力の前に容易く貫かれ、千切れ飛び、上半身もたった二発の銃弾により砕け飛んだ。



 計八発の発砲により昨日の剣による解体よりも、細かく、乱雑に、乱暴に……秦奏の体はバラバラになった。



 抵抗する隙も与えず終わらせた鞠猫は、目の前に荒々しく広げられた肉と血の絨毯に侮蔑したように視線を向けた。



 「懐柔なんてされませんから────私」



 魔族など全て碌な存在ではない。そう思っている彼女に交渉の余地などは無い。それは彼女自身でさえも自覚していた。例え今のように自分の身の潔白を証明しようとするがいたとしても、少しでも隙を見せれば、次の瞬間には此方の首を狙ってくるのが魔族なのだ。向こうの言い分に耳を貸す事自体が愚かしい行為だ。



 「────まさかあんなにバラバラにしたのに蘇ってくるとは驚きましたね……」



 昨日の出来事を思い出す。悪魔の類は頭を刎ねれば基本的に再生出来ないと鞠猫は知っていた。たまにそれでも再生する個体もいるにはいる。しかしとても稀であるし、そういう個体は頭だけでなく心臓にもダメージを与えれば再生は不可能になる。だから昨日は念を入れてそうした。



 しかし秦奏という淫魔はそれでも復活した。信じられなかったが、復活したならしたでしょうがない。今度こそ再生など出来ないように更に分解してやると、彼女は『対超常用マグナム』を使用し今し方、ぐっちゃぐちゃにしてやったという事であった。



 今度こそ今回の依頼は完遂だ────



 そう思い彼女が重く溜め息をついた時だった。












 





 ────俺も我慢の限界だった。



 剣で切られ、その翌日には銃でミンチにされる。訳も分からず、理由も知らず、問答無用で。



 千火さんに言われたからなんとか穏便に接触しようと、此方が話しかけてやっているというのに、当の本人がこんな調子なのだ。正直やってられないってのが

本音だった。



 俺だって一人の人間だ。死ねば痛いし辛い。再生出来るって言ったって、言い方を変えれば何度だって死ぬ体験をする呪いとも言えるのだ。再生能力自体を手放しで喜べるほど俺はお花畑思考ではない。



 「────あんまりちょーしにのるなよ」

 「ッッ!?」



 終わったと確信した鞠猫の握る銃の銃口が下げられた瞬間だった。



 俺は自分に宿る再生能力をフルスピードで活性化。俺の体のミンチの一欠片から一気に再生する。それは相手の意表を突くほど超高速だった事だろう。鞠猫が反応出来ないスピードで体を完璧に再生させた俺に、そして俺の攻撃に鞠猫はなす術なく餌食となった。



 「────ギャッッ!」



 彼女の細い首を掴むとそのままロッカーに叩きつけた。痛みを訴える声が漏れるが流石は人殺し、怯むのもそこそこにすぐさま握る銃を俺に向けてくる。だが俺は空いていた手でその銃を握る手を掴み、それもロッカーに押し付けてやった。



 しかしそれでも彼女には自由な左腕がまだ残っていた。それは俺の顎を狙ったフックパンチを放つ。俺の頭を振らせるその殴打は尋常ではない威力であり、俺の下顎が千切れ飛ぶ感覚があった。



 でも俺はそれでも彼女の首と、手首を握る手から力を抜く事はなかった。



 彼女に向き直る。相当に頭にきていたこともあり、凄い目付きでもしていたのか、俺の目を見た彼女に初めて動揺が窺えた。……いや、違うか、下顎が吹き飛んでいる奴に見つめられたら誰だってビビるわな。



 俺は素早く下顎を再生する。彼女を殺さない程度に押さえ付けたがここからどうしたもんかと思案する。俺は事情を伺いたいだけなのだが、彼女自身がそうではなさそうなのだから仕方がないのだよなぁ……

この拘束を解けば下顎が吹き飛ばされるだけでは済まないだろうし……



 どうすればいい……と俺が脳内で悪戦苦闘していた時だった。俺は気が付いたんだ。



 ロッカーに押し付けられた彼女の目はこの更衣室にきてからずっとしていた反抗的な目をしていたが、今はその奥に怯えの光がある事を。



 ────俺は恐ろしい事をしている。暴力を振るっている。その現実に気が付いた。



 俺の記憶が幼き頃の光景を思い起こさせた。



 嫌だというのに、押さえ付けられ、服を剥がれ、触れられ、まさぐられ………



 俺は自分が今あの頃殺したいぐらいに憎んだ者達と同じ行動をしているような気がした。



 俺はハッとして慌てて鞠猫から手を離した。鞠猫が咳き込みながら地面へと崩れる。



 俺は自分でも気が付かない内に彼女の首を握り持ち上げていたようだった。



 自分でしていることに気付くのが一歩でも遅れていれば殺していたかもしれない────



 そんな現実にゾッとし俺はへたり込んだ鞠猫に寄り添うように屈み込んだ。



 「ご、ごめんっ……! つい反抗しようとして……ごめんっ……!」



 この時俺は自分の魅了が効かない彼女に、うっかりとはいえ、その肩に手を置いてしまった。



 馴れ馴れしかったかもしれない。気持ちが悪かったかもしれない。見つめるだけでは魅了が通じなくても、触れてしまった場合はその限りではないかもしれない。そんな心配を抱く。



 けれどそんな気持ちを案じるよりも、制服越しでも分かる他人の体の体温や、固さ、柔らかさ……それが俺の心を一気に染め上げたのが分かった。



 心臓が、まるで餌を見つけた飢えたけだもののように暴れるのを感じた。鼓動は大きく、まるで耳元にそれがあるようにドッドッと音が鳴った。



 自分から女に触れたのは一体何年振りだったろうか。他人から好き勝手に触られるのは幾度だってあった。アピールを込めたコミュニケーションとし、向こうから触ってくることなら幾度だってあった。



 でも自分から触れた事は久しかった。そしてその久しさは俺の淫魔の側面の顔を覗かせる。



 ノマレル──────



 そんな危険を察知して俺は慌てて手を離した。俺が手を見つめるとそこには何も残ってはいない。当たり前だが、何かあるような気がしてとても恐怖した。



 「────何故……何故殺さなかった」



 俺はハッとした。鴉皮鞠猫がへたり込んだままに銃口を俺に再び向けていた。



 つくづく馬鹿だなと心で自嘲した。今は戦いの最中だ、自分の中の事にかまけている暇は無いはずだった。俺に咄嗟に銃を払い除ける発想が生まれる。……でもそれはしなかった。



 銃口を向ける鞠猫は疲弊した様子だし、元々この戦いに意味は無い。また戦いを初めても俺には益は無いからだ。



 俺は銃口を突きつけられながらも答える。



 「最初から言っているだろ、俺はお前に事情を伺いたいだけだって」

 「……それでどうするつもりですか」

 「どうもこうも……俺はお前に殺されてんだぞ? その上財布は無くすわスマホも鞄も紛失。聞く権利くらいは当然あると思うけど?」



 鞠猫は俺をジッと見つめたままだ。



 「……撃ちますよ」

 「……もう撃てよ、一々面倒くせぇからさ。お前の気が済むまで殺すといいさ」



 話の分からない奴に暴力でコンタクトを取るしかないのは色々な世界であるはずだ。やむを得ない事態、きっとこれはそうなのだ。だとすれば俺か鞠猫が折れるまでこのやりとりは続くのだろう。



 であれば俺は自分が殺される側に着く事を選ぶ。俺に人は殺せないし、再生ならば何度だって出来るはずだから。勿論文字通り死ぬ程痛いけど……人を殺める恐怖よりはマシだ。



 俺は銃身を掴み、自ら額に押し当てた。



 「ッ! さ、再生出来るから余裕だって言いたいんですか!」

 「そうだな……それもある。けど───」



 動揺した彼女に俺は答えた。



 「───俺はお前を傷付けたくない」



 言葉が通用するかはどうでも良かった。自分が思う正しき選択がこれだったから。鞠猫の好きなようにさせようと思った。そうすれば少なくとも彼女自身を傷付ける事はないから。



 鞠猫は何を思ったのだろう……瞬き一つせず俺を見つめるその黒い瞳が、まるで深い井戸の底を覗き込んでいる様な錯覚を生む。ずっと、永遠に、こんな事をしていくのではと、ありえない想像をさせた。



 ふと、俺に突き付けられた銃から脱力の感覚が伝わった。俺が試しに銃身から手を離してみると銃口はゆっくりと俺の額から逸らされた。



 「────終わりですね」

 「え?」



 鞠猫から告げられる終幕に俺は聞き返す。



 「標的に情けをかけられては一介の超常殺ルナティックハンターしとしては一生の恥です……もう死んだも同然」

 「…………」

 「……殺すのは止めにします」



 瞳に宿っていた力が鳴りを潜めるのを目撃した。僅かばかりだが彼女が信頼という感情を俺に向けてくれた瞬間に、俺は彼女が嘘を言ってはいないと確信した。そして漸く去ったピリついた空気に俺は安堵し溜め息をついた。



 「貴方が事件の犯人ではないという弁明。貴方の淫魔としての関係性。色々と聞きたいことはありますが────」



 立ち上がってそう言っていた鞠猫が改めて俺を見て顔を背けた。



 「と、とりあえず何か着てもらわないと困ります……」



 その向けた横顔に少しの赤みが差していて、何かあるのかと俺は自分を見つめ、気が付いた。



 ……まあ銃で撃たれたり、再生したりと、忙しかったので当たり前なのだが……俺は何も身に纏ってはいなかった。命のやりとりに夢中になっていて気が付かなかったが、そりゃもう生まれたままの姿でしゃがみ込んでいるもんだったので、角度によっては隠すモノも隠せるが、どう考えたって鞠猫の角度からそれは容易く確認出来ただろう。



 俺も鞠猫も戦っている最中は気を回すことさえ出来なかったが、こうして事が終わると互いに当然恥ずかしくなった。魅了とか体質とか関係無しに、俺のアレを目撃した反応の彼女に、俺も一気に自分の顔が赤くなるのを感じた。

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