第11話 街を襲う淫魔
「どういうことだ?」
街を襲う悪魔。身に覚えのない容疑が掛かっていると理解し俺は聞いた。
「
したり顔の彼女に俺は混乱する。一体何の話をしているのだと。
都内を賑わせている失踪事件。そんな話をされても俺にはピンと来なかった。普段ニュースや新聞を読まない俺が悪いのかもしれないが、そんなことは知ったこっちゃないと思った。
もしそうだとしても俺はそんな他人を襲うような真似はしていないからだ。
「まてまて、俺は他の人を襲ったりなんかしてない。寧ろひっそりと暮らしたい派の人間だ、俺は」
「何を言っているんですか、淫魔が他人を襲わず生きてなんていけるわけがないじゃないですか。情欲の獣……女は嬲り殺し、男からは精力を絞れるだけ絞り、ゴミカスのように捨てる。それが淫魔って物だと決まっています。まさか男性とは珍しいですが、貴方の場合はその逆なんでしょうね。男は殺し、女は犯す。許せないクズですね」
「決めつけんなよ! 大体その証拠はあるのかよ、証拠は!?」
謂れのない容疑にはそれ相当の証拠があるはずだ。でなければ俺だって納得は出来なかった。
「ですからこの探知器が示しているでしょう? 貴方が淫魔であると」
「は?」
「私は一ヶ月、四六時中都内を隈無く調査しておりました。一向に淫魔の気配は掴めませんでしたが、ある時強い反応が示されたのです。そうするとどうですか、街中を歩く貴方からそれは出ているではないですか! ……確定です。淫魔に群れる性質ありません。餌を取り合ってしまうからだとか。各々の縄張りを貴方達は大切にするのでしょう? であれば貴方以外の淫魔がこの街に存在する可能性は低い。それに一ヶ月の調査で貴方以外の反応は皆無でしたから必然的に貴方で決まりです」
開いた口が塞がらなかった。要するにただの消去法ではないか。一ヶ月他の淫魔が見つからなかったから偶々いた半淫魔の俺に容疑が掛かったという理屈。まじでふざけていると思った。
「馬鹿じゃねーの、そんなの証拠じゃないだろうが。もし法廷にそれで立ったら裁判長から唾をふっかけられるレベルだな」
「ふん、なんとでも言いなさい。逆を言えば貴方は自分が犯人ではないという証拠を提示出来ないのですから」
「そ、それは……」
たしかにそれもそうだが、第一俺はそんな事件が起きていること自体今知ったばかりなのだから、何が罪を払拭出来る証拠になるかも分からない状態だ。反論するにも俺と鞠猫の間には事件に対する認知度さえも差があった。
「……その言葉に詰まるのも怪しいですね。やっぱり貴方で確定です」
「ちょ、ちょっと待てって、確かに俺は淫魔だけど、それは半分だけだ! 親が片方淫魔ってだけでもう半分はしっかり人間だ、他人を襲ったことなんて一度もない! それにそんな事件が起きている事自体今知ったんだぞ!? ……俺は何もしてないって!」
「ではその証拠を出しなさい! 知らなかったという証拠! そして他者を襲ったことがない証拠を!」
「そ、それこそ悪魔の証明だろうが! そんなもん証明出来ねーよ!」
「……『淫魔』だけにですか? な、なに上手いこと言おうとしているんですか……その咄嗟に出る上手い返しも怪しいですね! 脳が冷静な証拠ではないですか! 貴方そんな人畜無害なフリをして腹の底では私を出し抜く事を考えているんでしょう? 舐めないで下さい!」
鞠猫がキッときつく睨む。
思い込みが激しいだけでなく、被害妄想癖まで!だ、駄目だ……俺にはどうしようもできない。
俺がどんな弁論をしようとも証拠がなければ、この女は一向に信用しようとしない。頭が痛くなるほどだった。
どうすれば俺の無実を証明出来るのだろうか、そんな事を考えるが何も思い付かない。 ……ああ千火さんごめんなさい。この人は俺達が思った以上に頑固者でした。接触を図ったのが間違いだったようです。
俺はそう心の中で千火さんを思い浮かべた。思い浮かべた彼女が俺に「情けないですね」と言うのが容易に想像出来た。
ん……千火さん……?
俺は光明がさしたように気が付いた。 ……そうだ、俺に疑いを晴らす事が出来ないのなら俺ではなく、千火さんに鞠猫と話してもらえばいいのではないだろうか?
きっと俺よりも事件については知っているかもしれないし、半淫魔の俺よりも人間の彼女と話すならば鞠猫ももう少し聞き分けの良い対応をしてくれるかもしれない。
そこに俺は希望を見出した。
「なぁ」
「なんですか?」
「お前は俺が犯人だと言う。俺は違うと言う。そしてお互いに証拠を出せと押し付け合っている。……これじゃ一向に話が終息に向かわない。ここは第三者の意見を取り入れるのが賢いやり方だと思わないか」
「……第三者とは?」
「ウチにメイドが一人いる。正直俺はニュースや新聞を読まない派でね、お前の言う事件とやらの詳細も良く知らない。その人とお前が話した方が手っ取り早いのは確実だ」
良い提案であると思った。容疑者とそれを討つ事を目的とした者では、お互いに意見の押し付け合いにしかならない。ここは冷静に他者を取り入れた話し合いを展開した方が良いと思った。その上千火さんならば俺よりも確実に賢いだろうからだ。
しかし鞠猫の表情は険しいものに怪訝さをプラスしたような顔になっていて、それは明らかに同意しかねると言っているのが分かった。
「貴方のメイドですって? そんな既に淫魔の貴方に
「お前なぁ……!」
「第一それって貴方の味方ですよね? 貴方が自分に対して有利な状況に持ち込もうとしている魂胆は見え見えです。絶対その提案には乗れませんね」
だ、駄目だ……こいつ頑固過ぎる。こちとら疑いを晴らしたい一心なのに、こう頑なだとこちらもどうして良いか分からなくなった。
「─────それに終息ならばすぐに訪れますよ」
俺が頭を悩ませていると鞠猫がそう言うのが聞こえた。どういう事だと問おうとした時だった。彼女の鞄に鞠猫が手を突っ込むと素早く銀色に光る何かを取り出したのだ。
そしてその先を俺に向けていた。
「ちょっ───!!」
それは一丁のゴツい拳銃だった。銀色のフレームが光るオートマチックピストル。俺が映画やらドラマで見た事があったものよりも銃砲身が少し長くその異様さは一層恐怖心を煽った。
昨日の経験からそれが偽物であることの疑いは一切抱かず、向けられた銃口に咄嗟に両手を上げた。
「今度は肉塊と言わず、
「じょ、冗談だろ!?」
「まさか、本気です」
だろうな。コイツがこの状況で洒落をいう奴ではないことはもう理解していた。しかし死ぬのはごめんだった。
「そんなヤバイもん打ったらすぐに人が来るぞ!」
「心配いりません。人払いは済んでいますから」
「ッッ!?」
「あれ、気が付きませんでした? ここに来る前に周囲百メートルにわたり、人払いの呪術を行なってきました。ですから誰も助けになんて来ませんし、銃声も聞かれても空耳程度の認識ですよ」
「じゅ、呪術だと?─────」
またそんなオカルト……そう思うが、こいつがこの状況下で洒落を言うような人間ではないのは分かっていた。多分マジだろう。
鞠猫は意地悪に笑んだ。
「貴方が私を呼んだのは此方としても好都合でした。 ……今度は確実に殺します」
「ちょ、ちょっと待てよ、俺はお前が話を分かる奴だと信じて────!!」
「───此方には信じてもらう謂れはありません」
そう言って鞠猫は良い笑顔で引き金を引いた。爆発するかの如く音が聞こえた瞬間、俺は自分の頭が弾けるのを感じた。そうして続け様に手足、体と撃ち込まれる。走馬灯というやつの亜種だったのかもしれない。頭が吹き飛んで耳も目も無いのに、俺の体が高威力の破壊に襲われているのをしっかりと感じられた。
本当にそれって拳銃かよ。まるで大砲のような威力の前に俺の体はなす術なく砕かれていった。
俺はただひたすら思っていた。
クソ痛ぇ……と。
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