第9話 超常殺し


 耳に覚えのないその単語に自ずと眉がひそむ。



 ルナティックハンター……バックミラーに写る千火ちかさんの大真面目な表情にその言葉がふざけているソレではないのが分かった。



 「千火さん……『超常殺ルナティックハンターし』って?」



 意識したわけではないけれど、その問いは恐る恐るとしたものになった。



 「この世界にいる超常の存在を、狩ることを生業とする者達の総称です」

 「ちょ、超常の存在……? 何を言っているの?」



 突飛な事を言っているのが千火さんは分かっているのだろうか。その顔はクスリとも笑みを浮かべやしない。その気配さえ無い。



 「人間、一般的に動物や植物と明確に分類されている有象無象とはわけが違う。人知を超えた者達。異常なる存在意義を宿した森羅万象に近しき、人間の上に立つ明確な上位者。分かりやすく言えばそういうのが相応しいかと」

 「余計わけわかんないよ」

 「かなで様……残念ながら受け入れて下さい。私は戯れや享楽でこんな事を言っているのではありません。貴方に今降りかかっている災厄に対すべく、わたくしが知り得る事柄をお伝えしているのです。受け入れなさい。私が今までに師として『教えた』事はそんな者共から抗う為なのですから」



 使用人としての千火さん。師としての千火さん。メイドであり仙人である彼女と出会い、この7年で多くの事を教わってきた。



 メイドとしてはマナーやら、生活する上でのだらしなさの改善など。母親がいない俺に厳しくも優しく躾けてくれた。



 そして師としては、大半が言葉の通り、俺を害する者達を返り討ちにする戦闘術の教授である。



 彼女の言葉に俺はハッとする。超常などと云う存在にピンと来なかったが、その言い方にまるで接続した様に察しがついた。



 「……まさか、俺も?」

 「如何にも。貴方の体に半分流れる淫魔の血、それは正しく超常の物です」



 千火さんの即答に動揺した。しないわけがなかった。



 「いつかはこんな時が来るのではと思っていました。だからこそ貴方には戦い方を教えたのです」

 「で、でも超常殺しなんて初めて聞いたよ! 千火さんだって初めて教えてくれただろう?」

 「知らないならば知らないままでいいと考えていました。彼らは依頼を受けて初めて対象を討伐します。貴方には『魅了』の力がありますが、それを貴方は生命力や精力の吸収の手法として悪用した事はなかった。討伐対象にされる謂れはありませんでしたから、『超常殺ルナティックハンターし』が来る可能性はあれど、杞憂程度のものと考えていました。それでも備えとして戦い方を教えたのですが……」

 「…………」

 「来てしまったのならば仕方がないですね」



 千火さんはため息をついた。恐らく俺も同じ気持ちだった事だろう。突然超常殺しなどと言われても上手く飲み込めないのが素直な意見だったからだ。



 そんな意味の分からない連中に対抗する為に彼女から戦い方を教わっていたのかと思えば、確かに日々の苛烈な訓練にも納得はいったが、それでも現実味の無さは払拭出来なかった。



 「奏様、相手はどのような輩でありましたか?」

 「え?」

 「相手はプロです。殺したはずの貴方が生きていることはすぐに嗅ぎつけるでしょう。ならば先手を打ち、こちらから接触しましょう」

 「そんな事すればまた殺されちまうよ!」

 「殺されない為に……ですよ。こちらから接触しどのような事情があるか聞き出すのです。本当に貴方に討伐依頼が出ているのか真偽を確かめる必要があります。本当に出ているならば、私がなんとかします」

 「なんとかするって?」

 「はい。超常殺しには組合があります。そこからハンター達は依頼を斡旋してもらっているのです。何かの手違いならば事情を説明し、依頼を引き下げてもらうように頼み込んでみましょう」

 「頼み込んでみましょうって……なんだか関わりが深いみたいだなぁ」

 「まあ、過去に色々とありましたから。 ……それで人物の特徴などを聞いてもよろしいですか? まずは人探しから始めなくてはなりません」



 そう千火さんは言うが、その必要はないだろう。なんせウチのクラスの転校生なのだから。



 「いや、大丈夫。驚いた事にそいつは今日来たばかりのクラスの転校生だから」

 「あら、それはなんとも幸運な事で」



 何が幸運だ! こっちは二回死んでんだ!



 そんなツッコミを心で入れながらも俺は言葉を続けた。



 「鴉皮 鞠猫……とても物騒な事が出来る子には見えない女の子だよ」

 「あら、女性ですか?」

 「ああ」

 「貴方の魅了の対象ではないですか」

 「いや……効かなかった。どういうことか分からないけれど、かからなかったんだ彼女には」

 「ほぅ……それはそれは」

 「千火さんみたいに仙人なのかな」



 俺の問いに千火さんはフムと唸る。



 「可能性はゼロではありませんが、元から淫魔を狙って来たとするならば事前に魅了対策をしていただけと考えるのが妥当でしょう」

 「ふーん……」



 と俺は侮蔑したように笑い顔をわざとらしく作った。そんな事が出来る奴がいるなら俺のこの悩みの種はなんなんだと思ったのだ。その対策法を世に知らしめてくれたら俺ももっと静かに生きられるのにと。



 話を戻すが、一般人と思っていた鞠猫から殺されたのは事実だ。ここは素直にもたらされた情報をスポンジの如く吸収し、彼女と再び接触することにした方が良さそうだ。



 「明日……そいつが来るかは分からないけれど、来たんなら話しかけてみるよ。どのくらい出来るかは分からないけれど引き出せる限り引き出してみる」

 「ええ、お願い致しますわ」

 「……また殺されるかもな」

 「復活できるのだから怖くはないでしょう……と言うのは失礼ですね」

 「別に事実だからいいよ」



 この命に終わりは無い。そう思ってしまうほど俺の再生力は極まっている。脳を潰されようがバラバラにされようが体は復元される。脳が無くなれば体から生える。体が無くなれば首から生える。全身を均一量にバラバラにされたとしたらランダムで選ばれた肉片から全身が復元される。そうして古くなった体だった物は数十分で灰になって消える。



 俺の体はそういう構造だ。命がある限り怖い物はないとするなら俺には怖い物は無いだろう。



 けれどたまに俺は怖くなるのも事実だった。次に死ぬ時にはもう蘇れないのではと考えてしまう時があった。そして現に今も。



 「奏様─────」

 「うん?」

 「もし蘇れなくなったとしても安心して下さい。 私もすぐに後を追いますから。一人ではありません」



 そんな事を考えているとそんな風に千火さんは言った。まるで俺の不安を見透かした様に。



 心を読まれた様な事に特段驚きはしなかった。彼女はそんな不思議な女性なのは承知の上だからだ。けれど千火さんが俺の後を追って死ぬというのは納得出来なかった。でも俺が死ねばそれを止める者はいない。普段から彼女は嘘をあまり言わないから、そうすると言ったならきっと本当にそうするのだろう。



 「勝手に殺すなっての……」



 彼女の為にも蘇れない時の事など考えない様にしよう。そう思ってそんな台詞を吐いた。



 住み慣れた自宅が既に車窓から見えていた。

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