第6話 殺されました

 

 「じゃあな〜」



 初芽がそう言って軽く手を振った。



 バーガーショップに行き、その後ゲームセンターやら古本屋などで放課後を満喫した俺達が別れたのは午後7時に差し掛かる時間だった。



 初芽とは駅で別れ、俺も自宅の最寄りの駅に降りると自宅に向けてだらだらと歩き始めていた。



 静かな夜だった。歩いていてもあまり人影は無く、駅周辺を抜けるとその数は更に人気が減少。遂には俺一人となり、線路横の住宅街の道を静かに歩いていた。



 ふと後ろを振り向いてみても俺の視界には何者もおらず、それどころか車や自転車の音や気配さえも感じ取れなくなる。異様に不気味な雰囲気が俺を包んでいた。



 気味の悪さに早く帰ろうと思い、自ずと足取りは早くなる。そして線路脇から抜け、更に住宅地の内部へと入り込んだ時だった。



 誰もいない雰囲気が辺りを支配していたからだろう。



 等間隔に街灯が並ぶ一直線の道。車が通るなら一台ずつしか通るのを許されない程の狭さの道の一つの街灯下に人影が見え、俺の心臓が跳ね上がった。



 その人影は真上から降り注ぐ街灯の光をスポットライトの様に受け、そして道のど真ん中で、立ち塞がる様に棒立ちしていた。



 ────ただ立っているだけだ。



 俺は自分にそう言い聞かせてもう一度歩を進め始めた。そして近付くことで漸くその人物の全体像が分かった。



 腰まである長い黒髪に、小さな背丈、その身に合わないほど大きく見える背中のコントラバスケース。顔は俯き気味で影が差してよく分からないが、それはまるで……いや、大部分が俺の知っている人物の特徴に近かった。



 「鞠猫さん……?」



 俯いていた顔が上げられ、俺を見た。間違えようもない。漆黒の少女、鴉皮からすがわ鞠猫まりねであった。俺が最後に見た姿は制服姿だったはずだが、今彼女が着ている服は飾りっ気の薄い簡素なゴシックでクラシカルなワンピースであり、他人の様にも感じてしまうが確実に彼女だった。



 「どうも……かなでくん



 彼女の服の胸元のリボン飾りが風に少し揺れた。彼女の声が昼間聞いたものよりも、随分と落ち着き澄んでいる感じがして俺の心が異質感に揺れた。



 だが、知人の登場に俺は少なくとも他人と出会うよりかは安堵した。



 なんだ……驚いて損してしまったと思う俺だが、俺達が彼女にした仕打ちを思い出し、ギクリとする。



 もしかして落ち着いた声色なのは、あの女子の大群の中に置いて行ったことを怒っているからなのかもしれないと察し、俺は口を開いた。



 「よ、よぉ……鞠猫さん。無事そうでなにより……」

 「無事?」

 「うん……ほら、さっきの学校での……」

 「ああ……」

 「ついてこれなければ置いていくとは事前に言ったけど、君の悲鳴は後ろから聞こえていたから……大丈夫かなって」



 俺の様子窺いに鞠猫の表情は微塵も変化はなく、真顔のままだ。



 「ええ、この通り大丈夫ですよ。ま、確かに揉みくちゃにされ大変でしたし、捕まって彼女達から、奏君を独り占めするのは許さない……今回は転校初日ということもあるから大目に見てやると強く念押しされましたが……とりあえず大丈夫です」



 そ、そっか……良かった。怒ってないみたいだ。



 「ですが……一つだけ修正しておくと、貴方が言ったのは『事前』ではなく『直前』です。急にでしたから」



 ……いや…ちょっと怒ってるか?



 真顔だから分からない。いやしかし、彼女が怒ってないと言っているのだから怒ってないと捉えておくことにする!



 「そ、そうだね……ごめん。 ……そそ、初芽が連絡先交換しておけば良かったと言っていたんだ。そうすれば今日みたいにはぐれてもすぐに集まれるからさ。だからアイツと明日にでも連絡先交換あげてよ」



 なにか話を切り替えたくて初芽の話題を出す。しかし彼女の返事はまるで断頭するような言葉だった。



 「その必要はないです」



 カツンと彼女が一歩踏み出す音が道路に響いた。少しヒールの高いパンプスを彼女は履いていた。その音は連続し、彼女は俺に向かってきた。



 「────用が済めば直ぐにでも私は学校を去りますから」

 「え……?」



 言っている意味が分からなかった。転校してきたばかりなのにまた転校すると云う意味なのかと直ぐに推察する。そんな複雑な家庭事情なのかと思った。



 「だから誰とも繋がりは持ちません」

 「…………そ、そう」

 「だって……私────」



 一際大きくヒールが鳴って、鞠猫は俺のすぐ前で止まった。



 「────貴方を……淫魔サキュバスを切りに来ただけですから」



 え………?



 今なんて……



 何か確信めいた事を言われたと理解する。



 けれどすぐにその確信は目の前の『光景』に呑まれてしまった。いつのまにか鞠猫の右手に細身の長剣が握られていたことによって。



 両刃で街灯光を受け、鈍く光るそれ。映画やドラマでしか見ないようなつるぎの存在に呆気に取られる。



 そうして続け様に可笑しな事が起きる。俺の視界がゆっくりとズレていき、俺は決して俯こうなどとは考えていないのにもかかわらず、視界が下へと移行する。



 足元を見て、内側に入り込むように胴を見て、そして遂には急降下。



 は……………? え…………?



 ドシャリと頭を打つ音と、痛みが頭頂部に生まれる。俺の視界が乱雑に回転する。



 そして意味不明な事に、俺は『俺の体』を見上げていた。



 首から上が欠損した俺の体を。



 俺……一体どうなって……




 俺の視界に影が差す。鞠猫が俺を見下ろしていた。



 その表情は逆光で分からない。けれど動揺しているようではなかった。



 俺は消え入る意識の中で徐々に理解していく。



 俺……これ殺されてんな……と。



 唐突過ぎて致命傷さえ、頭を打った痛みに負けるのかと心の中で小さくツッコむ。



 まるで呆気ない人生の終末。悲しむ暇もないと嘆きたくなるが、俺を見下ろしていた鞠猫との視界が、風によってはためいたワンピースの膝下丈まで伸びているスカートに遮られる。そんでもって俺の視界に晒される彼女の白い脚部。そして男のさがか、その付け根に視線は移行しそこにあった物こそが、俺が人生の幕切れに見たものであった。



 脚と同じくらいに白いショーツ。女の子らしく可愛さを引き立てるヒラヒラが少し付いたもの。それが俺が最後に見た物である。

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