第4話 飴と鞭
「
「148センチです……」
「きゃ〜小っちゃい〜 どこ住んでるの?」
「学校の近くです」
「趣味は〜?」
「お菓子作りですかね」
「いや〜ん女子力の塊〜」
初芽の隣の席は質疑応答大会を絶賛開催中だ。ホームルームが終わり1限目の授業が終わった途端、多くの人間が彼女の席の周りに集まった。そして
まるでお人形さんみたいな可愛さ。女子の誰かがそう喩えたが、それこそ彼女の人気の要因だった。きっとお昼を越える頃には噂は学校中を回り、クラス外の輩が彼女を見に来るようになるのは想像に容易かった。
「すげー人気」
隣がそんな大混雑を極めた状況に、こりゃ敵わんと初芽がそう言って俺の席に椅子ごと逃げてきた。人の群れは彼の机までその域を余裕で広めていた。
「これだけ女子にまで人気が出たなら、明日にはもっと人が押し寄せてきそうだな」
「
まるで俺が人を取捨選択しているような人聞きの悪い事を聞いてくる初芽。聞き方は悪いが俺が彼女の事を少しでも好きになれそうか心配して聞いてくれているのを俺は理解している。空気の読めない人間であるが、初芽はこういう優しさを秘めた人間でもあるのだと俺は知っている。
俺は咄嗟に彼女……
けれど先程あった確信は決して間違いではないのが俺には分かっていた。分かっていたからこそ……俺はハッキリと初芽に答えた。
「うん……好きになれるかも」
「え」
俺の答えにまるでカエルが潰れるような声を漏らす初芽。見れば、目を見開いてワナワナと彼は震えていた。
「お、お前からそんな台詞が聞けるなんて……女子は誰彼構わず拒否していた筈のお前が……!」
俺だって好きで女子を忌避しているわけじゃない。この体質のせいで仕方なくそうしているわけであって、もしそれが通用しないならばこちらから距離を取る理由はないのだ。
もしかすると初めての女子の友達が出来るかもしれない。俺が少しだけワクワクしたのは秘密だ。
「よ、よし、奏……俺に任せておけ」
「は?」
「俺が鞠猫ちゃんとお前が上手くいくように手を回してやる」
「どういう事?」
「好きなんだろ? あの子のこと」
早速壮大な勘違いをしてくれた友達に、俺は呆れながら頭を横に振った。
そうすると初芽はつまらないと言いたげな表情を
した。
「そうなの? なんでぇーあんなに可愛いのに。 ま、お前なら俺が手を回さなくたってすぐに物に出来るか。失敬失敬……」
「お前、その言い方嫌味だぞ。 ……勘違いをするのはお前の勝手だけどな、俺はただ友達になれるかもなと思っただけだ。女子の中で初めてのな」
「初めて? 何馬鹿なこと言ってんだよ、連日あんなに女子生徒達から沢山話しかけられて、追っかけられてる人間が女子友がいないなんて台詞通用すると思うなよ。お前がバリア張ってるだけで、その気になれば多くの女子がお前と近付きたいと思っているとどうぞ」
「……俺は…俺に興味がない女子と友達になりたいんだ。俺の事を嫌っている奴でも良い。とにかく俺を好きにならない女子と友達になりたいんだ」
「そりゃとんでもない矛盾した我儘だな」
そんな事を言われるのも仕方がない。俺自身不可能な事を発言しているのは自覚していたから。
兎に角、俺の術の介入する隙の無い、鞠猫という女の子の登場に俺は心を少し踊らせていた。
しかし神様は嫌がらせが御趣味なようで、俺のそんな良い気分を打ち破ろうとしてきやがった。
「────今聞こえたんだけど、
俺達の会話に介入してきた一つの
「よぅ委員長」
気さくに挨拶をする初芽。目の前の女子はニコリと微笑んだ。身長157センチ、髪の色茶色、狭いおでこが望めるように真ん中で分けた前髪と、綺麗に巻いている長い髪が特徴的な我らが学級委員長がそこには立ち、俺達を見下ろしていた。
わざわざ初芽に顔を向けて「おはよう」と言う彼女は真面目で優しい。しかし中々に堅物な人物で、不真面目な生徒にも恐れず厳しく注意したりする等の行動に出ることで有名だ。そんな人間であれば周りから疎外されそうなもんだが、それでも彼女が他人から慕われているのは困っている人間にも優しく手を差し伸べられるからだろう。彼女は飴と鞭の使い方が上手いのだ。
だが彼女もまた例に漏れず俺の術中にハマっている人間の一人であり……毎日100を越すメッセージを一方的に俺に送ってきたりする。真面目な世間に見せてる側面とは異なり、情熱的な顔を兼ね備えている彼女。そこでは俺の良い所をひたすら褒めちぎってくるので、恐らく彼女は惚れた相手にはひたすらに飴をあげてしまうタイプであるのだろう。将来ダメ男に引っかかりそうで心配だ。
因みに処女。
……なんでそんな事を知ってるのかって?
聞いてもいないのに一方的に教えてきたからだ。
俺はそんな内面を隠している委員長に、俺は否定するように手を横に振った。
「違うっての、友達になれるかもって話だから」
「あら、そうなの。なーんだ、残念」
「残念?」
「折角大人気の奏君に好きな人が出来たら学校中大騒ぎになるのに。そうなったら面白そう。あ……でもそれが本当になったら鴉皮さんが壮大な虐めにあいそうで怖いわね。うーん……奏君やっぱり彼女は諦めておきなさい。彼女の平穏の為よ」
彼女はそう言って優しく微笑んだ。
こえ〜……明らかに彼女が念を押してきているのがその気迫で分かった。俺が本当に鞠猫を恋愛的な意味で好きになったら彼女も全力で妨害するつもりなのだろう。
普段真面目ぶっているぶん、何をしてくるか分からない予測不能感が恐ろしかった。
「だからそういう恋愛的なもんじゃねーって」
「……そう、ならいいけれど」
俺が少し強めに反論すると彼女は満足気にして自分の席に戻っていった。
肩の力を抜いた俺にジトーっとした視線が向けられているのが分かった。初芽だった。
「……モテる男は大変だな」
「こんな気分になるならモテたくない」
「よく言うぜ。挨拶したあと委員長お前の方しか見てなかったんだぞ? ずっと蚊帳の外にされた俺の気持ちにもなれよ」
「ごめん」
「へっ、冗談だっての」
意地悪く笑う初芽。委員長と話していた時より何倍も気が楽だった。
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