第四話②
“それ”は、突然やってきた。
まあ、予兆はしていたのだから、覚悟はしておくべきだった。けれど、転校してからしばらく”それ“はやってこなかったし、バタバタしていたものだから、すっかり忘れていたのだ。なんなら、もうやって来ないとさえ思っていた。
“それ”は、よく雨の日にやってきた。
そして、前の家にいた時に、ママとあの人がしょっちゅう喧嘩して家のものが飛び交っていた夜にやってきた。「ヒカリは先に寝ていなさい」と言われて、本人たちはあたしに隠していたようだけど、あたしが自分の部屋に入った後のリビングがいつもケンアクになることは知っていた。知ってる?ひそひそ声ってとなりの部屋にいても結構聞こえるの。思わず聞き耳を立てちゃったあの夜から"それ"はやってきた。
……息苦しい。吐き気がひどい。
さっき食べたものが逆流して、喉がチリチリする。口の中に酸が広がって思わず口を抑えた。
ガマンだ、ガマン。前みたいに我慢しろ。すぐにおさまる。
だってほら、こんなところで盛大に胃の内容物をまき散らすわけにはいかないでしょ? とりあえず、こっそり体育館から抜け出して…と考えていると「大丈夫か?」と、声をかけられた。「顔色悪いぞ?」
巡回していた委員会担当の男の先生だった。前で説明している保健室の先生とはまた別の先生だ。
「…あーはい。大丈夫です。あ、あのトイレ、行ってもいいですか」
「お、おおう。行ってこい」
何かを察して、「トイレの場所は…」と説明しようとする先生を振り払って、あたしは体育館を足早に出た。
何かを察して対応に困っていたあの先生には申し訳ないけれど、別に今日は女の子の日じゃない。
***
めまいと吐き気で頭がぐるぐるするのと戦いつつ、やっぱり聞いておけば良かったと後悔しながら、トイレの場所を探す。体育館は校舎とは少し離れたところにあるので、校舎に戻るとしたら一度屋外に出ることになる。
その瞬間にやられた。
そりゃそうだ。体調良くない時に、いきなり屋外の眩しいところに出たら、めまいも酷くなるよね、普通。わかっていたよ、わかっていたけどさあ。バカだよね、あたし。そんなこと知ってたのに。でも、どうにもできないんだもん、仕方ない。今までもそうやって諦めてきたんでしょ?色々さ。
体がパニックになっているにもかかわらず、セルフツッコミを忘れないあたしの脳みそを恨むと、ささやかな疑問を残してあたしの目の前は真っ黒になった。
え?あれ?
眩しいところに出たって……さっきまで、外は土砂降りじゃなかった?
思い出のおもちゃ箱 森内 環月 @kan_mori13
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