第6話 三日

 ある師走の日に僕は遠く離れた家族と電話口で一か月振りの再開を果たした。進学のために上京した僕はお茶の水にある格安の物件に越してきて半年近くがたとうとしていた。受話器の先では母の不安そうな湿っぽい声色に混じってやや強い口調がうかがえた。月に一度、安否確認を取るように実家から着信がある。

 僕の母は何かと過保護な一面があり、幼少の頃から手を焼いているのだ。最近の交友関係はどうだとか、食事はしっかり出来ているかなど、話すたびに何かと心配をかけている。だが、僕の方は特段何を返すわけでも無く、間髪入れずに聞かれるので、ただ相槌を打っては母の心配事を聞いているだけだった。

 そんな生活を送る毎日は先日まで平穏そのもので、変わったことと言えば、ゴミ出しをさぼり気味で、大きなビニール袋がなかなか片付かないことくらいだった。今の僕はというと毎日吐き気に耐えて少しの睡眠を繰り返す日々を送っていた。結局母にはそのことを話せず電話を切ってしまった。


 今日は昼過ぎから診察の予約を入れた。かかりつけの医者が精神科へ紹介状を書いてくれたのだ。最寄りから二駅ほど離れた大きな病院で、それなりに有名だという。


 僕は友人からの電話を後ろめたさから無視し続けて、ついにはメールで謝罪の意を込めた簡単な文章を送ることで友人との関係を切らずにいた。友人は気にするな、俺も無理に誘って悪かった、とメールで返した。

 僕はそれを見たとき顔の側面に流れる冷や汗を抑えられずにいた。

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欠食 剣山ザラメ @kenzan

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