絶対に売れたい地下芸人とメンヘラストーカー女子高生の問題しかないラブコメ

めろんぱん。

絶対に売れたい地下芸人とメンヘラストーカ女子高生の問題しかないラブコメ

「あー……売れてぇ……」


 六畳一間のヤニだらけの部屋で、コンビニのカップ酒片手に嘆いて、酔って、吐いて――それが俺の日常だった。


 三十二歳、芸歴十年目の地下芸人。主な収入源は牛丼屋のバイト代。


 このまま売れずに、バイトして、終わっていく――そう思っていた。


 あの日、あの子に出会うまでは――。






 元地下芸人『うみぼうず』。半年前にとあるネタ番組で優勝し、彗星の如く現れた今注目の若手芸人。


「十年目で若手ってどうなん?」


「……普通だろ。上の世代が大渋滞してるから」


「はぁー……そういうもんかぁ……」


 自分たちの紹介文に納得がいっていない相方の川口は、台本を閉じて煙草を吸い始める。


「そういうもん。俺達もまだまだ若手、どんな仕事もこなしていこうぜ」


「さっすがやなぁ。先月五回ドッキリにかかった芸人のセリフは違うなぁ」


「五回じゃねぇ、七回だ」


「増えとるやん。……まっ、それだけ俺らが売れたっちゅーことやな」


 ネタ作りを担当する川口はドヤ顔でタバコの煙を吐き出した。


 確かに俺らが注目されるきっかけになったのはネタだ。


 でもそれはお前のお陰ではない――すべて俺のおかげだ。


「あ、せやせや。来週の飲み会行くやろ?」


「行かない」


「なんで? その日オフやん。久しぶりに地下仲間に会えるんやで? 折角なら――」


「行かない」


「はぁ……お前ホンマに付き合い悪くなったな。売れたら人が変わるっちゅーのはホンマやったんやな」


「そう、かな……。別に変っていないと思うけど」


「変わったって! ……あ。さては奢るのが嫌なんか? それは分かるわぁ。アイツら俺が稼いでるから

って――」


 それから収録が始まるまで、川口は一人で喋り続けた。


 川口はいいやつだ。調子に乗ってはいるが、基本はいいやつだ。


 川口琢磨。『うみぼうず』のネタ作り・ボケ担当。パチンコ・タバコが趣味の小汚い関西芸人。


 ネタに対する思いが人一倍強く、面白いネタをし続けていればいつか必ず売れると信じて疑わなかった馬鹿者だ。


 感謝はしている。俺はネタを作る脳がないし、川口の作るネタは面白い。


 しかしそれは所詮、賞レース準決勝止まり。ネタで売れる最低ラインは決勝進出、確定ラインは優勝である。


「じゃ、また明日」


「うん、またなー」


 仕事を全て終え、帰宅。本日行った仕事はテレビの収録が一本、雑誌の取材が一本。上々である。


『うみぼうず』ツッコミ担当、月岡海の家はもう六畳一間のボロアパートではない。


「はぁ……やっぱり慣れねぇ。ここが家とか……」


 都内一等地にある高層マンションのエントランスを誰とも目が合わない様、顔を下げながら通過する。


 ここで暮らし始めて半年。全く慣れない。俺のような小汚い芸人が住んでいるとバレたら、玄関の前に生ごみでも置かれるんじゃないかとひやひやしている。


 給料は増えた、バイトもやめられた。しかしこんな場所に住めるほどは稼いでいない。俺の給料はここの家賃を全て払えば千円しか残らない。


 では何故、俺がこんな場所に住めるのか――。


 それは誰も注目していなかった地下芸人『うみぼうず』が突然テレビの出演権を得たことと繋がっている。


「お帰りなさいっ、月岡さん! ご飯にします? お風呂にします? そっ、それとも――」


「飯」


「はいっ! 今すぐ準備しますねー!」


 黒い艶やかなツインテール。小動物のようなあどけない童顔に、白いフリフリのエプロンを着た少女は

玄関で待機しており、ドアを開けた瞬間に満面の笑みを見せた。


 俺が飯と答えると少女――高坂紅葉は足早に台所へ向かった。


 そう、彼女が『うみぼうず』ブレイクの全ての原因である。


「今日の収録はどうでしたか?」


「どうって、別に普通。難なくこなした」


「さっすが月岡さんです!」


 高坂紅葉は『うみぼうず』の熱狂的ファンだった。


 彼女と知り合ったのは三年前。地下の劇場で俺たちの漫才を見た彼女は『うみぼうず』のファンになり、以降殆どのライブに来て、必ず出待ちをしてくれていた。


 当時、紅葉の存在は有り難かった。


 たった一人だが、俺達を面白いと称して応援してくれる存在は非常に支えとなった。


「今日は何?」


「えっとですね、ポトフとハンバーグを作っていますっ。月岡さんの好物のカレーライスは明後日の予定

です! あ、ご安心くださいっ! おふくろレシピは入手済みで、研究も済んでいますのでっ!」


「あー……うん。ありが、とぉ……」


「いえいえ! 愛する月岡さんの為ならこんなことくらいっ……」


 テレ顔で体をくねくねさせる紅葉。彼女が着ているエプロンの下にあるブレザーがチラチラと目に入る。


 これは俺の性癖ではない。彼女の正装――つまり彼女はれっきとした女子高生なのだ。


 犯罪――ではない。誓って、手は出していない。一緒に住んでいるだけである。


「あ。そうだ。今日の収録って『バラって大作戦!』でしたよね?」


「うん。そうだけ――」


「スマホ」


「え?」


 ドンッ! 紅葉が握っていた包丁がまな板に突き刺さった――故意で。


「見せて下さい、スマホ」


「なっ、なんで?」


「だってあの番組のアシスタント、可愛いじゃないですかー? 二年前、4月8日土曜日、開演時間18

時、場所はルーンデッド劇場で行われたバイトで言ってましたよね? 月岡さんは黒髪で、大人っぽくて、ちょっとエロイ感じの年上が好みだって?」


 口角は上がっているが、彼女の目は笑っていなかった。


 じりじりと俺に詰め寄る紅葉の右手には包丁が握られており、傍から見れば修羅場だ。


「え、いや、マジで連絡先は交換してない!」


「連絡先――は?」


「あ、いや、何もしてないって! ひっ、昼飯一緒にどうですかって誘われはしたけ――」


「はぁ⁉ 紅葉を差し置いてそんな女と――」


「断った! ちゃんと断ったから!」


 紅葉の手の中の包丁の刃が俺に向けられた。


「証拠は!」


「あ、あります! 昼飯はマネージャーと二人で食った! これが写真! で、これがレシート!」


 スマホの中にある写真とポケットの中でくしゃくしゃになったレシートを差し出す。


「…………」


 包丁を台所に置いた紅葉はそれらを奪い取り、凝視した。


 細工はないか、これは本当に今日のものなのか、その目つきは、証拠を物色する探偵のようだ。


「……はい」


 数分後、紅葉は無表情で俺にレシートとスマホを返した。


「ど、どうも……」


 心拍数が速くなる。判決待ちの被告人の気分だ。


「……安心しましたっ! 月岡さんが私を裏切っていなくてっ!」


 紅葉の満面の笑みにホッとする。無罪、セーフのようだ。


「疑うような真似をして、すみません……」


「あー……いやっ! 疑われるようなことをした俺も悪いから、さ……」


 思っていない。本当はこんなこと思っていないが、こう言わないと再び紅葉の機嫌は悪くなる。この半年で学んだことの一つだ。


「そうですよね! 全く! 今後は気を付けて下さいね?」


「う、うん……。き、気を付け、ます……」


「……!」


 紅葉は有無を言わず、俺に抱き着いてきた。


 高校生らしからぬ二つの大きな脂肪の塊が腹のあたりに押し付けられる。


 これだけが俺のメリットだ。――仕事面を除けば。


 本当の意味で紅葉と出会ったのは半年前――元俺の家であるアパートの前だった。








「芸人やめるって、本当ですか⁉」


 半年前、木枯らしがうるさい深夜二時。牛丼屋でのバイトを終え、玄関を開けた直後。どこからともなく現れた高坂紅葉が俺に声をかけた。


「え、あ……もっ、紅葉ちゃん? 何でこんなところに――」


「本当ですか⁉ 芸人やめるって!」


 制服姿の紅葉はマフラーの下で息を乱し、涙目で俺を見つめていた。


「ほっ、本当だけど何処でその話を――」


「辞めないで下さい! 『うみぼうず』がなくなったら、私はただの犯罪者ですっ!」


「……え?」


 この時やっと気づいた。何故彼女はここに居るのか。俺はただのファンに自宅の住所を教えるなど、野暮なことをしていないと。


「ううっ……だって、月岡さん一般人になるんでしょう? そしたら私、ただのストーカーじゃないですかぁ……!」


「ちょ、ちょ、ちょっと待って! 今なんて言った……?」


「月岡さんってほんとーに鈍感ですよね! まさか気づいてなかったんですか⁉ この三年間、私が月岡さんを追い続けているって!」


「は……?」


 腰に手を当て、頬を膨らます紅葉は怒っていた。絶対にその感情は俺のものなのに。


「ここ三年なら、月岡さんより月岡さんのことを詳しく知っている自信がありますっ! 何時に劇場とか、バイトとか、ぜーーんぶ記録して、写真撮って、保管してますもんっ!」


 たわわに揺れる胸元を叩く紅葉はドヤ顔をかました。


 俺はただ唖然と、彼女を見つめることしか出来なかった。


「月岡さん……? つっきおっかさーん?」


「……キリだろ?」


「え?」


「ドッキリかなんかだろ! 出てこいカメラ! スタッフ!」


「しー! こんな夜中に叫んだら迷惑ですよ、月岡さんっ!」


「第一お前――」


「それに『うみぼうず』なんかにドッキリかける訳ないじゃないですか! 一銭にもなりませんよっ! あはははっ」


 その通りだ。『うみぼうず』は売れない地下芸人。だから――。


「……そうだよ。俺らには一円の価値もない。だから辞めるんだよ」


「…………」


「ほら、警察行くぞ。芸人やめて就職して、お前なんかともおさらば――」


「じゃあ、売れればやめないんですか?」


「はぁ? 何言って――」


「売れれば、辞めないんですか?」


 紅葉は真っすぐ俺を見つめた。


 その目があまりにも真剣なので、思わず本音を零してしまった。


「そ、そりゃ……売れれば、辞める理由はない、けど……」


「じゃあ紅葉が何とかします」


「何とかって、ただのストーカーに何が出来――」


「高坂って名字に覚えはないですか?」


「は?」


「高坂孝。東央テレビ局の社長で――私のおじいちゃんです」


「――はっ⁉」


「紅葉が提示する条件を呑んでくれれば、『うみぼうず』をテレビに出させてあげます。おじいちゃんは紅葉を溺愛しているので問題はありません。――どうしますか? このまま一般人になって普通に生きて

いくか? チャンスにすがるか?」


 紅葉は小首を傾げ、可愛らしく笑った。とても取引をしているヤツとは思えない。


 売れたい。何が何でも売れたい。その一心で十年芸人をとして生きてきた。


 ここで彼女の提案に乗らずに死んでいくなんて――馬鹿だ。


「分かった。お願い、しますっ……」


「りょーかいですっ!」


 生まれて初めて女子高生に頭を下げた。しかもただの女子高生ではない。ストーカー女子高生だ。

屈辱。しかしそんなものより売れたいという気持ちがかった。


 俺はとにかく売れたいのだ。どんなことをしても。


 このストーカー女がどんなとち狂った提案をしても。


「で、条件って何?」


「簡単ですよっ! あ、え、えっとぉー……そのぉ……」


 先程までの強気な態度は何処へやら。紅葉は身体をくねらせて、なかなか言葉を吐き出さない。


「何だよ。早く言え。覚悟は出来て――」


「もっ、紅葉と同棲してくだちゃいっ!」


 噛んだ。ストーカーが噛んだ。


 想像通りの提案を、顔を真っ赤に染めながら噛んだ。


「だめ……ですか……?」


 涙目で俺を見上げる紅葉は可愛かった。世間一般のレベルを遥かに凌駕するレベルで可愛かった。


 でも、コイツはストーカーであって、そのことに犯罪意識がない。


 馬鹿でも分かる、コイツはヤバいヤツ。


「ダメも何も――分かった。その代わり、ぜってぇに俺達をテレビに出せよ」


「――っ! もっ、勿論ですっ!」


 そんな奴にしかすがれない俺は、もっとヤバいヤツだ。








「あの、明日のスケジュールってどうなっていますか……?」


 お得意の身体くねくねを披露しながら寝室へ向かう俺を引き留めた紅葉。


 マネージャーから貰うスケジュール表は原本のまま彼女に渡している。


 何か変更があれば必ず、その日のうちに、伝えている。そうしなければ血が見えるから。


「どうって……特に変更なしで、夜までロケだけど」


「ひ、昼はどうですか……?」


「昼もロケだよ」


「あ、えっと。そうじゃ、なくって……」


 身体をくねらすだけでは飽き足らなかったのか、紅葉は人差し指同士を合わせ、つんつんし出した。


「な、なに? 明日早いから寝たいんだけ――」


「ご、ご飯っ!」


「え?」


「そ、その……お昼ご飯は、どうします、か……?」


「どうって、ロケ弁ですけど……」


「あ、そ、そうです、よね……ははは……」


 あからさまにテンションを下げる紅葉。……はぁ。こういう時に察してしまう自分が嫌いだ。


 自論だが、鈍感な人間の方が得をする。だって余計な気遣いをしなくて済むから。


「明後日なら、オフだから昼飯決まってないけど」


「ほっ、ほっ、本当ですか⁉」


 その一言で瞳を輝かせる紅葉。分かりやすいヤツだ。それが仇となる時もあるが、俺の危険を回避することも多いので助かる。


「で、ではでは! お、お、お弁当を、つ、作ってもいい、です……かね……?」


「別にいいけど」


「や、やったぁぁーー! では明後日、楽しみにしていて下さいねっ⁉」


 こうして見ると、両手を上げ、その場でぴょんぴょんと飛び跳ねる紅葉は年相応の女子高生だ。


 黙っていればモテると思う。その難しかない性格を隠し通せれば。


 紅葉はスキップしながら自分の寝室へ戻っていった。



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