最高の彼女
「本当にごめんなさいっ!」
「いやいや、こっちこそ」
俺が謝っている相手とはアゲハさんに近付こうとした男の人。
「めっちゃいい蹴りだったよ、ねーちゃん!」
「いやその……あれは咄嗟に出たというかなんというか」
俺とは対照的にアゲハさんと女の人は和やかな雰囲気。
「顔を上げてください。ウチの彼女がどうもすみません」
「いえ、いい蹴りでした」
とりあえずアゲハさんに
「はぅっ」
俺の言葉を聞いた彼女さんは両手で顔を覆った。
「とりあえずお互いわからない事だらけだからさ。あっちにベンチがあるから行こうよ」
こういう時アゲハさんのテンションに助けられる。どんな人にも物怖じしないその明るい性格に何度救われたか。
「君の彼女さんもそう言ってるみたいだし、ね?」
「そうですね」
目の前の長身の男の人は同じ目線で語りかけてくれる。
「テキトーにジュース買ってきたよ」
「ごめんなさい! お金出します」
先に行っていたアゲハさんが自販機で人数分の飲み物を買ってきた。彼女さんはバックから財布を取り出すけど。
「いいっていいって! ふたりは観光で来たんでしょ?」
見慣れない顔とはつまりそういう事。
「まずは自己紹介しようよ」
アゲハさんがバンバンと机を叩いて促す。
「そ、そうね。話はそれからよね」
彼女さんが申し訳なさそうに俺をチラチラ見ていたけど俺は気にしてないアピールで両手を広げる。
「それじゃあ私からね。私は
ふんすっと鼻息荒く自己紹介をして満足そうだ。
「俺は
無難な挨拶。
これでいいんだよ。
アゲハさんの方をチラっと見ると不満そうな顔。
あっ、これやらかすヤツだ。
「ちなみにコイツは私の彼氏ね! 本当は下ネタ大好きだけど硬派を気取ってる変なヤツ。あともっと変なのは30歳まで――もがっ」
やっぱりやらかした!
俺は即座に動いたつもりだったけど、初対面の人に何言ってんのさ。
「アゲハさんが言った事は嘘だからっ」
「もがっごもっ」
「いいからもう喋らないで」
そんなやり取りを見て目の前のふたりは。
「「あははっ」」
ほら笑われたじゃん。
「ふ、ふたりは面白いね」
「ふふふっ」
さっきよりも砕けた言い方に俺は少し安心した。
「僕の名前は
東京……その響きは俺とアゲハさんの興味を惹く。
「私は
おぉ! 都会の人がふたりも!
アゲハさんの口を塞ぐ事も忘れてふたりをマジマジと見てしまう。
「ちなみに僕達も恋人です」
そう言う彼氏さんは隣の彼女さんを抱き寄せる。
「は、白斗っいきなり何を?」
「だってちょっと悔しいかなって。ほら」
「えっ? あっ確かに」
言われて自分達の状況を確認すると恋人繋ぎで机に身を乗り出していた。
「アゲハさん手離してよ」
「嫌よ」
そういう事です。
とどのつまり俺はやはり勘違いをしていた。
「どこに行っていいか分からなかったから現地の人に聞こうって事になって……」
俺が悪いです。
「私が御手洗から戻ったらイノシシみたいな顔した怖い人が白斗を襲ってるって思って……」
彼女さんは少し悪意がありませんか?
「イノシシだって! 色憑ちゃんサイコー!」
誰とでも友達になるアゲハさんは早速名前で呼んでいる。
「いい蹴りだったよ色憑ちゃん」
「僕は色憑のあんな姿初めて見たかも」
アゲハさんと彼氏さんからよいしょされる彼女さんは顔を真っ赤にしていた。
「もうやめて〜」
ちょっとは俺も仕返ししようかな。
「いいローリングソバットだったよ」
「ふみぅ〜」
彼女さん机に突っ伏しました。
――――――
「――でね、その時堅志が助けてくれてさぁ」
「へぇ! やっぱり男の子なんだね」
「あの時にビビビッてきたのよ」
「え? 突爪さんアメリカに居たんですか?」
「うん、ついこの間まで。というかさん付けも敬語も要らないよ?」
「でも……」
「お互い様って事で、ね?」
「は……うんっ」
同い年なのが良かったのか、お互いの近況を語り合えるまで場が和んだと思う。突爪さんは穏やかな人だし、文束さんは聞き上手。
「高校生だけで観光って都会は進んでるよね」
アゲハさんの何気ない質問にふたりは顔を見合わせて苦笑い。
「いやぁまぁ仕組まれたというかなんというか」
「あのクソ魔王のせい……いやお陰かしらね」
魔王とな?
それは一体。
「え、何なに?」
「俺もちょっと興味ある」
もう一度顔を見合わせたふたりは「誰も聞いてないし」と教えてくれた。この島に来る事になった経緯……そしてふたりだけの秘密のレターの話を。
――――――――
「素敵なふたりだったね」
「あぁ」
事実は小説より奇なりというけれど突爪さん達はまさしくそれだった。
「顔も知らない相手を好きになって、お互い桜の木の下で出会う……か」
砂浜を歩く彼女は夕陽に照らされて神秘的だ。
「ねぇ堅志」
「ん?」
サンダルを後ろ手に持って俺の方を向く。
「助けようとしてくれてありがとね」
「お、おう」
結局勘違いだったけどな。
それに女の子に負けるし。
聞けば文束さんの学校には武の達人がいるらしい。
「今日だけじゃないよ。今までもずっと守ってくれてたって知ってるから」
「それは……」
いつの間にか目の前に迫った彼女の瞳は真珠のように輝いていた。
「私達もあんな風になれるかな」
ふたりにあてたれたのかは分からないけど俺の口から自然と言葉が出ていた。
「俺達だったらなれるさ」
「……堅志」
他人と比べる事なかれ。
「俺とアゲハさんの道を進んでいこう」
「うんっ」
この道程はゆっくりかもしれない。
けれどそれでいいと思う。
「ねぇ、堅志」
「ん?」
「あっち見て、夕陽が綺麗だよ」
「おぉ! ほん……」
チュッ
「……え?」
頬に生温かく柔らかな感触がした。
「えへへっ。魔法使いになる前に私が魔女になっちゃうかもね?」
まったく。
「それはちょっと見てみたいかも」
アゲハさんは本当に。
「んふふっ。じゃあ今夜――」
最高の彼女だ。
fin
魔法使いになりたい俺とさせたくない彼女 トン之助 @Tonnosuke
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