絶対に守る
「海を見に行こう」
アゲハさんはそう言って俺の手を引く。
思えば彼女と手を繋いだのは数えるくらいしかないのかもしれない。
修行の為、修行の為と言い訳をして随分彼女に我慢をさせていた。
「アゲハさんさっきの事は」
「ママの言った事でしょ? 気にしなくていいよ」
冗談だと言ってくれる彼女にホッと胸を撫で下ろす。
「手を繋いで膝枕したから次は子孫繁栄ね!
うん、全然分かってないよね?
膝枕の後が子孫繁栄って一足飛びすぎやしないかい?
「ふふふっ。冗談よ」
「よ、良かった」
「チューから初めないとね」
「良くないよ!」
3月の麗らかな日射しが白のタンクトップの魅力を引き立てる。彼女の日に焼けた健康的な肌が俺の煩悩をノックする。
「どこ見てるのよ」
「
「えっち」
なんでぇ?
「腋って漢字がえっちだから」
「は? 漢字?」
漢字ってどんなだっけ?
「にくづきがいい夜って書くの」
なんだそんなの。
「えっちじゃん」
「でしょ?」
煩悩は退散してくれなかった。なんなら受け入れてしまった。
「その先も見たい?」
くっ、そんなの見たいに決まってるじゃないか。
「歯止めが効かなくなるからダメ。アゲハさんはもうちょっと自分の魅力を理解した方がいいと思うよ」
ささやかな反抗をするけどきっとこれは火に油。
「堅志の為に磨いてきんだもん! 早く私の性技を披露したいわ」
「せ、せいぎ?」
聞いちゃダメなヤツを聞いてしまったかもしれない。
「んふふっ。それはね――」
「――っ!!」
俺の耳元に彼女の吐息がかかる。空気を振動させて伝わってきた言の葉は煩悩を吹っ飛ばす除夜の鐘より効果的だった。
――――――
「海なんていつも見てるじゃん」
なんとか心頭滅却して煩悩に打ち勝った俺はもう何百何千と来た砂浜に立っていた。
「堅志と来る海は特別なの」
何百何千と来た砂浜に彼女がしゃがんでいる。
そんなものかねぇ。
そんなものなんだよ。
無言のアイコンタクトが通じてしまうのはきっと幼馴染だからだろう。
「初チューはこの海って決めてたの」
「うくっ」
彼女はなにも諦めてない。一体彼女の何がそんなに事を急くのだろうか。
「この前占いをしたんだよね」
「占い?」
「……うん」
確か女子達の間で流行ってた気がする。それと何か関係があるのだろうか。
「逃がした魚は大きくなるから早めに捕獲せよ! って書いてあった」
それを信じるなんてアゲハさんは意外と抜けてるというかなんといか。
「どこにも逃げないよ。アゲハさんの隣にいる」
誰が逃げるというのだ。
俺は寧ろ彼女に追い付こうと必死なんだよ。
人の気も知らないで……これは自分に返ってくるブーメラン。
「そういうこと……ゆうな〜」
バッと顔を隠す仕草が愛おしい。変化球を織り交ぜないストレートに彼女は弱い。
「アゲハさん色々言いたい事はあるけど、俺はアゲハさんしか見てないから」
見えないのではなく彼女しか見ない。
これから先どんな魅力的な女性に出逢おうともそれだけは言い切れる。
「ふぐぅ……」
タコさんのように赤くなる彼女から変な声が聞こえる。これは俺の勝ちだね。
「暑っついわ! 堅志ジュース買ってきてよ」
「へいへい」
暑いのは俺も一緒だっての。
言った本人が恥ずかしくないと思うなよっと。
心の中で少し愚痴を吐いて言われるがまま自販機を探す。
「イタズラでおしるこを買ってやろうか」
珍ラインナップが並ぶ自販機を見ながら、アレでもないコレでもないと妄想していると結構時間が経ってしまった。
「やべっ。流石に怒られるか」
手頃なサイダーを2本買い彼女が待つ海岸へと駆け足で進むと襲撃的な光景が広がっていた。
「……えっ?」
アゲハさんの隣に知らない男が居た。
ふたりは何か話しているのかスマホを見ながら笑い合う。
え?
えっ?
えっ!?
誰だアイツは?
俺の知らない男と楽しそうに笑ってる彼女を見ると胸の奥がギュッと痛くなる。
そして男は何を考えたのか彼女の髪に触れようとして……
ブチッ
何かが切れる音がした。
「うぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!」
彼女をとられなくない!
失いたくない!
いやだ!
誰かのものになるくらいならカッコつけなきゃ良かった。
ガムシャラに走る俺は改めて男を見る。背が高くて色白で顔立ちも良い。優男という言い方が正しいかもしれない。
しかし今の俺にとってはエネミーそのもの。
「アゲハから離れろぉぉぉぉ!」
渾身の力で砂浜を駆ける。
脳裏であの夏の日の後悔が蘇る。
敵は獣だけとは限らない。
男という名の獣には変わりないのだ。
「うぉぉぉぉぉぉぉ」
彼女を庇うように間に入るビジョンが見えた。
「ちょっ! 堅志っ」
見ててアゲハさん。
まだ道半ばかもしれないけど今の俺にできる全てで君を守るよ。
アゲハさんと優男が驚愕の顔をしている。
しかし物事はイレギュラーの連続だ。
まさにふたりの間に飛び込もうとした瞬間、別の方向からとんでもない声が聞こえてきた。
「私の彼氏になにしてんのよぉ!」
ゲシッ
知らない女がローリングソバットを俺に放ってきた。
「ぐはぁっ」
見事な技がヒットし俺は砂浜に埋まった。
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