九十九の緑と一点の赤

きょうじゅ

本文

「今日で九十九日連続ですよ」


 は? と思った。突然、会計中にコンビニの店員に話しかけられてびっくりした。ちなみに、他に客の姿はない。他の店員の姿も見えない。俺とその店員だけ。


「お客さんは今日で、九十九日連続で、『緑のたぬき』を買ってらっしゃいます」


 まあ、好きなんで。毎食ではないが、毎日は食ってる。


「ちなみにその前は一日だけ別のカップ麺を挟んだ日があって、九十八日連続で『緑のたぬき』でした。その日がなければ、二百連勝すら夢ではなかったんです。というか、そのときもあたし、ずっと緑のたぬきカウンターをつけていたのに。九十九を目前に、カウンターが急に止まってしまったときのあたしの無念さ、お分かりですか?」


 知るかそんなこと、と思ったが、それより、コンビニの店員がそんな、いくら夜中で店がヒマそうだからって客とダベってていいのだろうか。


「あ、それは大丈夫です。うち、フランチャイズなわけですけど、店長があたしの父で、あたしはその一人娘で、何かよっぽどのことでもしでかさない限りは首になったりとかそういう現象起こりませんから」


 あ、そう。


「売っている側が言うのもなんですけど、毎日毎日そんな、もうちょっとちゃんとした食事を摂った方がいいとは思いませんか? 東洋水産は赤いきつねと緑のたぬきばっかり圧倒的に有名ですけど、熟成鮭のちゃんちゃん焼きとか、赤魚の煮付けとか、魚介と野菜のアヒージョとか、さばのレモン焼とか、明太ポテト焼とか、赤魚のアクアパッツァとか、そんなものもラインナップに並べてるんですよ?」


 ふーん。じゃあたまにはアクアパッツァとか食べてみようかな。


「あ、いえ。うちの店に置いてあるわけではないんですけど」


 なんだそりゃ。俺はずっこけた。


「でも、緑のたぬきばっかりじゃ身体によくないのは確かだと思うので、これを差し上げます」


 と言って、店員女は勝手に俺のレジ袋に別の何かを放り込んだ。なんだろう。


 と思って、うちに帰って見てみたら、『赤いきつね』だった。何の問題解決にもならないだろう、と俺は思い、その日は緑のたぬきを食べたが、次の日も食べると百日連続になるらしいのでさすがに翌日はその、貰い物の『赤いきつね』にした。


 で、そのあとレジ袋をゴミに捨てようと思って、逆さに振ったら、レシートが落ちて来た。ふと、何の気なしに、その裏側を見てみる。


 女の名前と、電話番号と、LINEのIDが書いてあった。


 LINEを送ってみた。


「お・そ・い・ですー! 今日は店にも来ないし、ガチで振られたかと心配したじゃないですかー!」


 知るかそんなこと、と思ったが、彼女が俺の家に出入りするようになり、俺の食卓にアクアパッツァなどが並ぶようになるのは、そう遠い未来の事ではなかったのであった。

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九十九の緑と一点の赤 きょうじゅ @Fake_Proffesor

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