第8話 村


案内され、着いたところは簡素な木造の建物だった。

ここに駐在する騎士の宿舎らしい。


「質素なところでお恥ずかしい。この地の財政がこれでうかがえますね。私は王都の騎士団に所属してますが、一時的に僻地へ派遣されているのです」

「立派な建物ですよ」


とタンディールの説明にユニが返す。

でもタンディールの派手に着飾った感じからもっと豪華絢爛を想像してしまったのは確かだ。


「今日はお疲れでしょう。もうお休みになって、明日お話を聞かせてください」


そう言い残しどこかへいった。

もてなすのではなく、俺達から話を聞き出すのが目的なのか。そんなことに何の意味があるのかわからないが、久しぶりに屋根の下で眠れることは嬉しい。

十人座ればいっぱいになる食堂に連れられユニと2人で夕食を食べた。

それからそれぞれの部屋に案内された。案内してくれた女性にすぐに風呂にするかと訊かれて「はい」と返事した。

脱衣所は照明が点いていたが、浴室は真っ暗だった。照明の魔道具が壁に設置されているのが見えたので、俺は人を呼んだ。さっきの女性が来てくれた。


「浴室の明かりをつけてもらえませんか?」

「あ、申し訳ありません。壊れていましたか?」

「いや、俺は自分で点けれないんで」

「は?」目を丸くしていた。

「えと……お願いしても、いいですか?」


かなり戸惑った様子で照明を点けてくれた。どうやら魔道具が使えないことは、相当恥ずかしいことのようだ。

俺は魔力をコントロールできない。修行しても駄目だった。魔法を使ってみたかったからかなりショックだった。もはや魔力がないのではないかと思っているが、師匠いわくそんな人間はいないらしい。

しかしそんな俺が今は魔力を感じることができるらしい。眉間に走る刺激は魔力量(あるいは強さ)に応じて強さが変わるようだ。

ユニの近くにいすぎて気づかなかったが、普通の人間の魔力も集中すれば感じとれる。タンディールの魔力は村の人々よりも強く感じた。戦ったら強そうだ。

しかしそれよりも、あの鷲頭の魔獣の気配が強すぎる。あんなものが近くにいては気が休まらない。つまり他の人は俺ほど敏感ではないらしい。


きっかけは心当たりがある。これまたあの道化師に操られた時だ。身体に何かが流れ込む感触があった。あれが魔力だろう。操られている間、眉間のズキズキがあった。

一度魔力を体感したことにより、敏感になってしまったのではないか、と予想している。先日の亜人との戦闘も、この力が役に立っていたのだ。

くじに当たったみたいな幸運によるものだが、強くなった。その実感はある。もっと強くなりたい。強くなれば、それだけ生き残れるはず。

どうしようもなく死ぬのが怖い。今死んだら、生まれてこなかった場合と何が違う?

俺はあまりにも空っぽなんだ。


   ***


翌朝、ユニと一緒に昨日の食堂に案内され朝食を食べることになった。

ここに勤める兵士たちだろうか、すでに二人が席につき食事している。パンにベーコンエッグにスープが用意されていた。

お尻が痛くなりそうな木の椅子に座り、正面のユニを見ると疲れて見えた。


「大丈夫か?」


ジトッとした目を向けてきた。


「夜中まであのおっさんに付き合わされたんです」

「タンディールさん?」

「はい。おっさんの部屋に強引に誘われてしまって……」


しなっと身体を腰から捻って横目でこちらを窺う。


「酒でも飲んだのか?」

「口説かれてました」そう言ってチラッと俺を盗み見た。

「そうか」

「え、それだけですか?」

「まぁ目玉焼きにはこんくらいの塩でいい」


俺は振りかけていた塩の容器をテーブルの上に戻す。


「いや違う!反応ですよ、薄すぎます!」

「あぁうん」

「……口説かれたんですよ私。気になるでしょ?もっとかける言葉があるでしょ?」


どうやらもっと私を気にかけろ、という自己顕示欲からくるアピールらしい。

しかし何と声をかければいいか。見たところ疲れてはいるが、いたって健康そうだ。身を乗り出して話しかけてきてるし、意外と元気もある。

それでも心配している、というのを俺は発信すべきなのだろう。真剣な顔をつくり俺は言う。


「無事か!?」

「はい。いやもう遅すぎますけどね。それにそれも微妙に的外れなんですよね〜、なんなんですか?私のこと嫌いですか?」


面倒になって適当な言葉を言い募った。


「ユニのことはいつも見てる。だからちょっとした仕草で何かあったかぐらいはわかる」

「そ、そうですか」


ユニは頬を赤くしてパンで顔を隠した。

俺は何となく罪悪感を覚えた。

扉が開いてタンディールが入ってきた。食事中の二人が立ち上がり敬礼した。それを無視して俺のそばにまっすぐ来た。俺をジロジロ見ながら大袈裟な手振りでため息をついた。


「いやいや、女中が妙なことを言うのですよ。あなたが魔道具が使えないと。まさか、そんなことはありませんよね?」

「その通りです。使えません」


タンディールの顔がみるみる赤くなっていく。それから睨み付けながら鼻で笑った。首にかけたロザリオを触りながら言う。


「魔外だったとは」

「マガイ?」

「今すぐ出ていってもらおうか。まったく、こんな奴をもてなしたとあっては恥晒しもいいところだ!」


頭を掻きむしりながら部屋の中をうろうろする。

タンディールの急変ぶりに俺は呆気に取られた。そんな俺にまた目を向け、不愉快そうに顔を歪める。


「ほら、さっさと出て行け」

「あ、はい……お世話になりました」


状況をうまく飲め込めないものの、とにかくこの男の前から立ち去った方がいいのは間違いない。できだけ音を立てないように立ち上がり扉に向かう。ユニもついて来た。

タンディールがユニの手を掴んで止めた。


「ユニさん!もちろんあなたは残ってくれていい。まだ食事の途中でしょう。残されては女中が悲しむ。私が気に入らないのは当然その男だけですよ」

「いや、私もそろそろお暇しようと思いますし」

「そうですか、それは残念だ。とにかくこれは食べていってくださいよ。私もここで朝食をとりますから」


俺は扉を開けながら考える。ユニを助けるべきか。タンディールは強引なところはあるが、ユニに危害を加えるとは思えない。他の人の目もあるし。

別に俺達は共に旅をしなければいけないわけではない。そう、ユニの自由だ。ここで別れても問題はない。

ユニの視線を振り切り、俺はやけに重く感じる扉を閉めた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

目覚めたら異世界で、引きこもりたい ひとりごはん @hitorigohan

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ