第7話 村

林をぬけるとひらけた土地が出てきた。右手には畑がずっと続いている。左手には建物がいくつか見えた。町のようだ。


「やっと着きました!遠かったぁ、もう日が暮れますよ」


ユニが家の方に向かって走り出す。


「スゴい!家です!人の住む町ですよ!」

「何が凄いんだ?」


町というか村に近いなと俺は思った。なんとなく村の方が人が少なく寂れている感じがする。進んでいくといくつも家があるのがわかったが、まばらだ。

ユニははしゃいで走り回っていた。井戸の中や馬小屋を覗き込んでいた。初めてものに触れる子供のようにはしゃいでいた。

畑で作業する人や馬に荷車を引かせている人もいた。

山から来た俺たちが珍しいのかジロジロ見られている。俺は会釈をしておいた。


「これからどうしましょう」


叫び声がした。ドンっと何かがぶつかるような音が続く。


「何かあったんでしょうか?」

「行ってみるか」


緩やかな坂のずっと上の方から聞こえてきた。そちらに向かう。


「なんでしょう。祭りかなぁ、ね?どう思います?」


眉間がズキズキしてきて、俺は指でつまむようにしてほぐしてみる。

坂の上から何人も駆け降りてきた。


「なんか慌ててますね」


進むごとに眉間の刺激が強まる。


「何かいるな」

「え、何かって、なんです?」

「わからんけど、強そうだ」

「はぁ」ユニは首を傾げる。


うまく説明できないが、俺はそう感じた。

「よし、引き返そう」

踵を返した俺に、ユニが後ろから言った。


「いやいや、なんでですか!?」

「危険そうだし」

「なら確認してからでもいいじゃないですか、行ってみましょうよ。逃げ遅れた人もいるかもしれません」

「偉い人も言ってたぞ。危うきには近寄らずって」

「誰ですかそれ?」

「誰だったかなぁ」


ユニが俺の袖を掴んで引っ張る。


「旅人はこういう時、人助けをするものです!」

「知らん!宿を探すぞ俺は」


目の前の家が爆発した。木片や土が吹き飛ばされた。壊れた家から、大きな猪のようなものが出てくる。しかし体毛は銀色で、頭にはツノが一本生えていた。


「ユ、ユニコーン!」ユニが叫んだ。


喋っている間に接近していたのか。もう眉間はビリビリと痛いほどだった。

魔獣が俺たちを見た。こっちに向かってくる気だ。俺は逃げれてもユニは無理か。

荷物を下ろしてユニの前に出た。

あの角。あれは危険だ。

おそらく刀でも受け切れないだろう。折られてしまう。それをなぜか感じる。


左の指で鍔を押し上げ刀を抜く。

静かに息を吸う。

力を抜こう。強張っていては疾くは動けない。

右脚を引き、刀を身体の右側に、刃を後方に向け構える。

魔獣の後脚が曲がる。出てくるのがわかった。

俺は一瞬で筋肉を収縮、左前方に飛び出す。走り抜けながら刀を振り抜く。

魔獣の右側面、首の辺りを斬った。

振り返り中段で構え直す。

魔獣は突進をやめて、また俺に目を向けてきた。

さっきの目とは違う。おそらく斬られた痛みで冷静になったのだ。

しばらく睨み合っていたが、やがて魔獣は反転して山の方へ走っていった。ズキズキが和らいでいく。

ユニが俺の荷物を拾って体当たりしてきた。嬉しそうに笑っている。


「ありがとうございます」

「殺気はなかったからな。すぐに帰ってくれると思った」


あの魔獣は人里に下りてしまって、混乱していただけだろう。殺気があれば俺は多分逃げてた。しかしそれは黙っておこう。

わぁっっっと歓声があがった。遠くで見物していた村の人達が駆け寄ってくる。俺は慌てて刀を仕舞う。


「見ない顔だ。剣士か」

「まだ子供じゃないか」

「王国の騎士様ですか?」


色々声をかけられて混乱する。ユニが代わりに答えていた。


「私達、旅の者です」


知らない男が俺の手をとって、何度も頭を下げてた。

しかし俺は自分の脚の痛みに意識を向けていた。高揚していた。

あの疾さ。今までの俺とは全く別の動き、亜人を殺せたときの動きだった。

そうだ、脱力。そこから全膂力で地面を蹴った。その落差。それがあの速度を生んだ。

これこそが師匠の言っていた矛盾ではないだろうか。

この脱力、筋肉を弛緩させる感覚は、あの男に操られた時に体得した、あるいはさせられたものだと思う。

まだ身体がついてきていない。もう筋肉が悲鳴を上げている。しかし耐えられる筋肉を得られれば。


また眉間に刺激が走る。俺は辺りを見渡す。空に何かいた。

周囲の人達も空を見上げ、散りじりに逃げ始めた。

空の鳥のようなものは高度を下げて近づいてくる。

みんなは遠くへは行かずに道の端に移動したようだ。スペースを開けた、という感じだ。俺達ももそれに習った。

巨大なそれは地面に脚をつけ、ガリガリガリと削りながら砂煙を撒き散らし、徐々に速度を落とす。

頭は鷲で身体は馬の怪物だ。

俺も含めみんなが咳き込む中、その鳥のようなものから人が飛び降りた。


「魔獣が出たと聞いたが、何があった?」男の声だ。


ざわざわと村の人達は喋りながら、その男と俺をチラチラ見る。


「山から降りてきたユニコーンが暴れていたのですが、そこの旅のものが追っ払ってくれました」何人かが俺を指差した。

「ほう」


男が近づいてきた。まだ若い。といっても二十代半ばぐらいか、俺よりは歳上なのは確か。

輝く鎧を身につけ剣を下げている。

鷹揚に手を差し出してきた。


「タンディールと申します。ユニコーンを追い払うとは、さぞ名の通った冒険者でしょう、お名前は?」

「トレンです。旅してるだけです」

「助かった。そこのお嬢さんは友達かな?」

「まぁそうです」

「お礼がしたので、私のいる宿舎に来ていただきたい。少しはおもてなしできますよ」

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