第6話 発つ

師匠が死んだ二日後、ユニと近くの湖に来ていた。


「うわぁ釣れた!釣れましたよ、魚めっちゃ動くし気持ち悪ぅ!」


アハハッとはしゃぐユニに代わって、釣り針から魚をはずしてやる。

早くしないとグリンデローという、人の子サイズの悪魔みたいな魔獣が水中から飛び出してくる。どうやらそうやって弱った魚を捕食しているらしい。陸に上がると弱いらしいが、見た目が怖すぎる。師匠と釣りに来た時に一度見て、その醜さと恐ろしさから吐きそうになった。できればお目にかかりたくない。


「っっ!」

俺は全身が筋肉痛で常に激痛との戦いだった。


「痛そうですねー」


あの日以来ユニはよく喋った。俺が閉口するほどに。

師匠が死んだ途端、喋り出したユニに疑問を感じずにはいられない。はっきり言って怪しい。一緒に生活していて大丈夫だろうか。臆病な俺が警告を出している。

俺は釣り糸を投げながら切り出した。


「ここを出ていこうと思う」


ユニは魚をポトリと落とした。

「な、なんですか、藪から棒に。いやここは湖からグリンデローと言うべきですか」

「は?」

「出ていって、それからどうするんです?」

「わからないけど。旅をするよ」


引きこもりになろうとしていた俺が旅なんて、おかしなことになったものだ。しかし止むを得ない。


「ここにはいられない。俺が生きてることがあの男に知れたら狙われるかもしれない」

「私も行きます」

「え、なんで?」


返答の早さに驚いてしまった。


「ユニは姿を見られてないだろ。ここなら畑もあるし魚も獲れる。ユニひとりでも十分生きていける。ここを離れたらそういう保証はなくなるぞ」

「それでも行きます」


絶対に譲らない、という意志がまっすぐな眼差しから見てとれた。

コイツのことは本当に理解できない。俺は頭を振った。


「なんでだよ。簡単に決めない方が」

「簡単じゃないですよ」

「……」

「い、一緒にいたいんです!あなたと!」急に頬を赤くして顔を背けた。


慌てて立ち去ろうとするユニに俺は変わらないトーンで訊いた。


「だからなんで?」

「……え?」


   ***


いつ来るともしれない恐怖から、次の日には発つことにした。

鍋や魔道具など、師匠の家にあるものを持っていかせてもらう。青い治癒薬(ユニによると高級らしい)と透き通った水色の治癒薬(これは一般的らしい)もユニが持っていくことになった。

ユニは武器としては、“魔丸砲”という魔道具を持っていくことにしたようだ。見た目はショットガンぽい。白い銃身に金の装飾がある。


「魔力で鉄の塊を発射するものです」

「へぇ火薬じゃないんだな」

「カヤク??」

「いやなんでもない」

「かなり高価なものですよコレ。リビアさんて凄いです」


“魔丸砲”を肩にかけ、その場でクルッと回転してみせた。


「どうですか?可愛い旅人に見えます?」

「あぁうん」

「ほんっと、私に興味がないようですね。一応、私告白したんですけど気付いてます?」


目を細め、睨みながら呟いていた。

俺は無視して準備を進める。

スラックスにカッターシャツにネクタイを結ぶ。ここにきた時の格好からジャケットを脱いだだけだ。そこにマントを羽織り荷物を担ぎ、腰に刀をさした。


出発してまず、家から少し離れた湖に行き、そこから流れ出る川に沿って進む。砂利でできた道のようなものが続いている。道はゆっくりと下っていて、慎重に進まないと砂利に足をとられる。


「本当にこっちで良かったんですか?南に行けば夜までには集落まで行けるんですよ。こっちは三日はかかります」

「この山を降りないと大きな町にはいけないんだろ?いつかは降りるんだから別にいいだろ」

「野宿するのが嫌なんですよぉ」

「別について来いとは言ってない」

「そんなに私が嫌いですか」

「……そうではないけど」


正直、コイツにはついて来てほしくない。あの家を出る理由の一つはユニから離れるためだった。

突然友好的になったのは何か裏があるのでは、と信用していいものか判断できないでいる。

それにユニは俺が人を斬るとこを見ていた唯一の人だ。俺のことをどう思っているのか感じているのか、それを考えてしまうと憂鬱になる。恐怖に近い。

道が川の方へ崩れて、まっすぐ進むことは難しそうだった。右手の岩壁の斜面を登り、崩れた箇所を迂回することにした。岩の凹凸を掴み足をかけて登る。


「あの家で私ひとりでは、亜人や魔獣が襲ってきたらどうするですか」


確かにそうだ。俺は自分が逃げることしか頭になかった。


「ごめん、そこまで考えてなかった」

「あなたが歩きがながら綺麗な石を見つけて、繁々と眺めている間に、私は喰い殺されるんです。それを知ったらあなたもちょっぴり目覚めが悪くなりますよ。だからあなたのためにも私はついていかざるを得ないです」


荷物を揺らしながら斜面を登るユニは、息を切らしながらも喋り続けた。


「そ、そうか。ありがとな」意味不明な理屈だが一応そう言っておいた。


俺は上から手を伸ばした。ユニの手を掴んで引き上げる。

彼女はニッコリと笑う。俺はユニの瞳が大きくてまつ毛が長いことに気付いたが、何も言わなかった。


「とりあえず王都を目指すんですよね?」

「途中で目的が変わればそっちに行くこともある」

「もしかして、リビアさんの復讐のための旅ですか?」

「え?」


あの道化師に復讐?確かにあの顔を思い出すたびに怒りが湧く。でも師匠を殺した相手に俺が勝てるとは思えない。


「俺は安心して暮らしたいんだ。そのための場所を見つける。この世界は危険すぎる!」


師匠も言っていた。「逃げていい。生きる活路を開くのが剣だ。だから生き残れる道がそちらにあれば、逃げろ」

俺は優秀な弟子だから、師匠の言葉に従う!それに復讐したからといってどうなる?生き返るわけでもないのだ。あの二人に何があったのか、俺は何も知らない。


「あなたほど強ければ、襲われても大丈夫だと思いますが」

「勝負に絶対はない」


それにもう人は斬りたくない。

人の多い王都ならば、それだけ安全性も優れているのではないだろうか。なら俺はとりあえず、そこを目指す。



せり出した大岩の下に空間があったので、そこで野宿することにした。暗くなるとたちまち気温が下がる。

暖をとるのと動物よけのために、焚き火をしながらマントにくるまって横になった。空には無数の星が見えた。

眠れるか不安だ。でも師匠がいなければ、家の中も外も安全度は大して変わらないはずだ。

何か動く気配がした。咄嗟に手が刀に向かう。


「起きてますか?」


極力ユニから離れて寝ていたが、すぐそばまで近づいてきたらしい。起き上がると、体育座りしたユニはマントを体に巻きつけ首だけ出し、ロザリオを握りしめていた。


「これから私達、どうなるんでしょう」

「ごめんな」


不安そうな声に謝ってしまった。来いと言ってはないが、俺のわがままに付き合わせているような気がしてきたのだ。


「謝る必要はありません。あなたについて行くというのは私の意思なんです。あなたは私の恩人です。いや、なんか、神様みたいでした」


そう言って笑った。


「結果的に助かっただけだ。俺は自分勝手に亜人を殺した」

「そうだとしても、救われました。それに結構楽しみです、この旅。ワクワクしてます」

「……ユニはどこへ行こうとか、あるのか?」

「ないですよ。帰る場所もありません。だからついて行きます」


ユニがどこの出身か、今までどう暮らしていたのか、何も知らないことに気付いた。

でも今はいいか。


「もう寝ろよ」

「はい」


彼女は俺に触れるほど近くで横になった。そうされて、何故か少しだけ安心した。

周りの物も人も知らない、自分すらも。それはどこにも居場所がないということだ。

師匠だけが俺を見てくれた、存在を認めてくれた。だから好きだったのかな。

しかしこれは危険なことだったのだろう。なぜなら俺は今、不安で仕方ない。怖くて仕方ない。たった一つの支えしかなかったからだ。

空虚だ。どうすればこの渇きは癒せる?

ユニと同じで帰る場所なんてない俺は、どこに行けばいいのか。

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