第5話 山の中
目を覚ますと、いつもの家の中だった。もう夜なのか、外は薄暗い。
扉が開いてユニが入ってきた。俺を見て目を丸くする。
「大丈夫ですか!?生きてますか?」
「え、死んでるように見える?」なんだか頭がボーとする。
「傷もきれいに治りましたね」
言われてみれば左目も機能していた。俺はまぶたを触ってみた。痛みもない。
「最高級の治癒薬を使いましたから」
「ふうん」
あれ、どうして怪我したんだっけ。
てかコイツ何でこんなに喋ってるんだ?さっきまで泣いてたような。
そこでやっと思い出す。そうだ師匠が。
「師匠は?」
「……あの人は……」
ユニの顔を見ると涙が流れていた。目の周りが真っ赤になって腫れていた。ずいぶん前から泣いていたのだろう。
「死んでました……まだ鉱山に……」
俺は立ち上がって玄関から外に出た。後ろからユニの声がした。
「待ってください!傷は治っても安静にしないと」
「師匠を運ぶ。魔獣もいるし」
放っては置けない。
足音がするのでユニがついてきていることがわかった。後ろから光の魔道具で足元を照らしてくれた。
少し歩く速度を落とす。
「何があったんですか?」
「よくわからない。鉱山の中に道化師みたいな男が現れて、エンヴィラって師匠が呼んでた。そいつと師匠が戦って……」
俺は魔法で操られ、師匠を刺したんだ。自分がまるで作り変えられたみたいな、操られている間の奇妙な感覚を覚えている。その間に起きたことも。
「まだお礼を言ってませんでした。あなたが亜人を倒してくれなかったら、きっと私見つかって死んでました。ありがとうございます」
そうだ、五人殺した。斬った感触が蘇る。真っ赤で温かい血も。
俺も無事ではなかったが、どうして自分にそんなことができたのか不思議だ。なぜあんなに動けたのか。
ただ夢中だった、生きるために。
最後の一人を斬ってから、それからどうしたんだっけ。
そうか、ユニが治療して運んでくれたのか。そこまで頭が回らなかった。
首だけ後ろにめぐらす。
「こっちこそ助けてくれてありがとう」
「どういたしまして」
しかし一人で俺を運べるとは、ユニは見かけによらず力持ちなのかもしれない。
空には星が無数にあって、細い月も見えた。
今、亜人や魔獣が襲ってきたらどうしようとは思うが、恐怖はなかった。不思議だ。麻痺したままなのか、もうどうでもいいと投げやりになっているのか。
そのまま喋らず何時間も歩いて、ようやく鉱山に着いた。入り口には亜人の死体と俺の刀が落ちていた。
刀をユニに持ってもらい、師匠は俺が背負った。冷たかった。
人が死んでも肉体は残る。それも生物の働きで分解され消えてゆくだろう。しかしそれまではこんなにも重い。消えたのは体温と意識か。
もうこの身体には何もない。動きもしないし話もしない。いずれ朽ちるとわかっていても、師匠の姿をこれ以上壊したくなかった。
もう褒めてはくれない。
笑いかけてもくれない。
それが信じられない。
俺は師匠が好きだったんだ、と思った。それは恋愛でもあり、母親としてでもあり、そういう分類ができないものだ。
でも俺が殺したようなものじゃないのか。操られていたが、この手に刺した感触がまだある。その手で師匠を背負っている。師匠は俺になんて触れられたくないんじゃないのか。
操られる俺に何か叫んでいた。なんと言っていたんだろう。
歩いていることとは無関係に鼓動が早くなっていく。
俺が殺した五人はどうだったのか。まだしたいことや人と話したいことがあったのだろうか。
家族と食事している様子、友達と何か話し大声で笑う様子を思い浮かべた。いやそれは俺の意思ではなかったかもしれない。何度も執拗に、脳内に擦り付けるように、それらの画が繰り返された。
それを奪ったんだ。
必死で刀を振るった。生きるために、首を斬り落とし足を斬り落とし突き刺し斬り裂いた。
視界が狭まっていく。
人を殺してまで生きようとする、俺はそんな人間だったのか。自分にそんな価値があるとでも?
どこかで叫び声がした。首を振っても方角がわからない。まるで耳元で、俺に聞かせるために。
そうか、それが剣というものなんだ。剣は人を殺す、そのためにある。剣を持つ者はその屍の上を歩く。その道を進む覚悟が俺にあるのか。
何を叫んでいるのかわからない。だけど俺に死んで欲しそうに聞こえた。
「大丈夫ですか?」
突然聞こえたユニの声に息が詰まった。
「……ああ」
「リベラさんの最後は、その、どんなふうに……?」
「俺もわからない。気を失ってた」
「リベラさんが死んで、私悲しいです。自分にそんな感情があったんだって驚きました」
ふと湧いてきた疑問が口をついた。
「いいのか?その、俺と口を聞いても」
不思議そうに「へ?」と言った。
「ずっと喋ろうとしてなかったから」
「ごめんなさい、喋り過ぎですよね、ウザいですよね。黙ります」
「落ち着け、別になんとも思わない」
「……逆に私、喋ってもいいんですか?」不安そうな声でユニは言った。
「こんなに喋ってもいいんでしょうか」
「むしろもっと喋れよ」
何言ってんだコイツ?こんなに、と言えるほど声を聞いてない。
「もっとですか?が、がんばります!?」
「頑張らなくていいけど。なんで喋らなかったの?」
いくら待ってもそれには答えなかった。いきなり無視か。
俺は気になっていたことを訊いてみた。
「なぁ、例えば人を生き返らせる魔術なんてものは」
「私が知る限りではありません。死者は治せない」
*
家に着いたときにはヘトヘトになっていた。全身がだるくて、筋肉は悲鳴をあげた。
しかしそこから畑の鍬を持って穴を掘る。ユニも手伝ってくれた。
できるだけ深くしたくて、一心不乱に掘り続けた。
師匠に褒められたくて毎日剣を振った。
師匠がいないと、記憶のない俺には何もない。
師匠が全てだった。それを失った。
本当は俺がここに埋まるべきじゃないのか?人殺しこそが。
自分のせいで死んだとは思いたくない。しかし確かに俺が師匠を刺した。
今日の記憶こそ、消えてほしい。
頭の中に俺が斬った亜人の顔が浮かぶ。その口が開いて何かを叫びそうな気がした。閉じた目が開きそうな気がした。
俺は振り払いたくて鍬を振り下ろす。もっと作業にのめり込もうと。
手を止めることなく掘り続ける俺を、ユニは戸惑ったように眺めていた。 俺の様子を窺うようでもあり、どこか不安そうだった。
毛布にくるんだ師匠を入れて土を被せる。ユニはぼたぼた泣いている。
やはり涙は出なかった。悲しくはない。でも寂しいと感じた。
ユニがそばに来て、俺の手を握った。
「な、なんだよ」
「あなたもこうして触れてくれたじゃないですか」
「え、俺が?」
「覚えてないんですか?」
記憶にない。いつの話なのか。
「俺がそんなことするとは思えないけど」
ユニは何も言わなかった。柔らかくて小さな手。
目が熱くて涙がこぼれそうで。泣くまいと歯を食いしばった。
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