第4話 山の中


***


「これで傀儡の術は解けたな」


リベラの斬撃でエンヴィラの左腕が切り落とされていた。

エンヴィラはのたうち回りながら叫んでいる。


「ックソ!ぐっぅぅ」


人を操る魔法なんてものは相当の集中力が必要になる。一撃でも入れられたら、かけられた魔法は解けるとリベラは予想していた。


「リベラ、ガキの剣はわざと受けたな!」

「勝利を確信し気が緩んだな。相変わらず自惚れが強い。油断や慢心、お前の弱さだ」


トレンの攻撃を躱して、直接向かうこともできたが、服従の呪いをかけている間はいつでも殺せると言われ、手が出せなかった(かけられた対象は術者の命令だけが聞こえる)。

そこで刺された一瞬の隙に、エンヴィラへ斬撃を飛ばした。


「それではわしは殺せん」

「傷は浅くなさそうだが?」


エンヴィラは笑った。腕からの出血が止まった。何らかの治癒魔法が使われたのだろう。

魔術師は魔力ぎれが最大の弱点。どこまで持ち堪えられるか。リビアの傷はたしかに深く、すでに右手に感覚がなかった。

もう若くはないのだ、とリビアは思った。十年前なら首を斬り落とせたはず。

ここで死ぬのか?別に悔いはない。十分生きたと思う。しかしトレンは守らねばならない。何としても。

リビアも笑った。殺されるかもしれないないのに。

これが己の剣。己の道。

心を静め。

息を吸う。

魔力を剣に流す。しかし身体は脱力。

気を漲らせ、しかし殺気は殺す。この矛盾を体現した剣こそ、リビアの剣。


「……素晴らしい」エンヴィラも思わずこぼす。


生き残る確率はごくわずか。それでも戦う。剣を抜く限り、相手を殺す。

でも今だけは守ることができれば。それがこの剣の意味となる。


***



何かが割れるような音がして目が覚めた。辺りには瓦礫がいくつもあった。鉱山が少し崩れたらしい。

俺は跳ね起きた。すぐ側に師匠が倒れている。


「師匠!」


離れた場所にエンヴィラと呼ばれていた男が立っていた。左腕がない。顔にも深い切り傷がある。

冷たい目で睨まれたが、無視して師匠に駆け寄る。

服は焦げて身体も傷だらけ。右の腹に大きな傷がある。俺のつけたものだ。操られていたんだ。

呼びかけても動かない。首に手を当てて脈を測る。

ない。いつまでも指には何の感触もなかった。

遠くで声がした。


「終わったんですか?」

「あぁ」

「まったく、俺らにも楽しませてくださいよ」

「……調子に乗るな。俺だから奴をやれた」


もう一度首を触る。何度も何度も。

肩を叩いて「師匠!」と呼びかける。

反応はない。まだこんなにも温かいのに、もう動かない。


「後は好きにしろ。俺はもう行く」

「って腕なくなってるじゃねぇか!……消えちまった」

「とっとと片付けましょうや。俺は腹が減りましたよ」


こんなにあっけないのか。最後の言葉とか勇姿とか、俺に何も残してくれないのか。

人が死ぬというのは、もうその声が聞けないということなんだ。

もう美しい剣の姿を見れない。

もう笑いかけてはくれない。

涙は出ない。ただ力が抜けてしょうがない。それなのに身体が小刻みに震えていた。

俺が刺したから死んだ?何で弱い俺が生きてる?

誰かが右前方から近寄ってくる。


「ガキは生きてるのか」

「コイツ、震えてますぜ。へへ、俺やっていいでしょ?生きたまま齧り付くのが好きなんで」


あぁ殺されるんだな。喰われるんだ。麻痺してるのか怖くないような。

師匠のそばで死ぬならそれでいいか。せっかく剣を教えてもらったのに役立てることができなかった。

近くに落ちていた刀を掴む。


それは手によく馴染んで、震えが止まった。俺の内面で湧き上がるものがあった。

俺は死ぬ?いや死にたくはない。

恐怖も違和感もない。むしろ心地良い。

どうすればいいのか、わかった。

ずっとこれを求めていた気がした。この美しい刀を振るうことを。


「おい、顔をあげろ。その表情を見せてくれよぉ。それを見ながら」


そいつの肘が伸びきったところで、跳び上がりながら刀を振り抜いた。

遅れて血が噴き出す。足元に頭が転がってきた。

もう一人を見た。半身になり、刀を身体に寄せて水平に構えた。

相手が顔を歪め、叫んだ。

頭を相手に向けて蹴ってやる。

それを左腕で払った。

俺は払った腕の方に沈み込むように進み、腕を斬った。浅い。

右手を斜めへ振り下ろすのが予測できた。

俺は右脚で地面を蹴って、右手を躱しながら、相手の肩に向かって刀を返す。相手の腕のわずか上を刀が走る。

これも浅い。

爪で脇を斬られた。傷を確認する暇はない。

相手は左脚を振り上げる。

身体を捻りながら太ももを斬った。脚がボトッと落ちた。


「は?」


すかさず、戸惑う相手の首を斬り裂いた。ゆっくり後ろへ倒れる。

血を浴びながら、膝をつき激しく呼吸した。


「はぁはぁはぁっ」


外にまだ何人かいるのがわかる。なぜわかるのだろう?考えてる暇はない。

倒れた身体からマントを剥ぎ取った。それを持って出口に向かって走る。

マントを纏って明るい外に飛び出す。一番近い奴に飛び込んで、マント越しに胸を突き刺す。

周囲を確認。あと2人いる。

女が来た。マントに装備してあったナイフを脚に投げた。

躱される。その隙に刀を引き抜く。

もう一人の男が背後に回り込む。疾い。これが亜人の速度か。

短剣を抜いた。それを右から振り上げるのがわかったが、疾すぎて躱せそうにない。

刃が俺の顔に届く。左目が見えなくなった。

顔の左半分が焼けるように熱くなる。

しかし躱さなかったぶん、重心が残った俺の刀が先に動く。

柔らかな喉を突き刺す。

すぐに引き抜き、振り返って刀を突き出す。

しかし牽制の必要はなかった。残る女は呆然と立っていた。

「お前……人間か?」

それには答えないで呼吸を整える。

女が表情を歪める。顔や首に葉脈のような筋が走る。爪が伸びた。さらに牙が出てきて音を鳴らす。

とても人間には見えなかった。


「ぶっ殺すぅ!」


言い終わらないうちに俺は前に出た。女が息を吐ききる前に。

右手を振り下ろしてきた。

それを左へ躱し、下から刀を振り上げる。斬った。

蹴りがくる。後ろに躱す。

前に出て腹を刺した。

女は腹を押さえ叫ぶ。叫んでも呼吸を乱すだけなのに。

深く息を吸う。

女の膝が下がり、重心が移るその前に。

俺は飛び出す。刀を振る。

首を斬った。

血を流し崩れ落ちる姿からは目を逸らした。もう誰も立ってはいなかった。

残った右目で刀を見た。刃には血がついてない。手や服は血だらけだった。

そうか、刀の速度では血は振り払われるのか、とそんなことを考えた。

音がしたので振り返ると、ユニがいた。鉱山の岩陰のそばで立ち尽くしていた。なぜここにいるのかと思いながら近づいて行く。


「だ、大丈夫ですか!?顔が……」

「ユニこそ大丈夫か?」


近くで見ると涙を流して震えていた。


「何が起こって……?もう私、死ぬんだと思ったのに……」


祈りのように両手を握りしめ、目を見開き死体を見ている。

何とか励ましてやりたくて、服で血を拭ってから頭を撫でた。赤い髪はふわふわと柔らかかった。

そこで意識が途切れた。

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