第3話 山の中

二ヶ月ほど経ったある日、朝早くから師匠と出かけた。一時間ほど走り続け、鉱山についた。

かなり広い穴に入りながら師匠が言う。


「レサカ鉱山と言ってな、大昔に取り尽くされてから放置され、今ではすっかり魔獣の住処になった場所だ」


声が反響していた。俺たち以外の生物を感じないほど静かだ。

岩壁が淡く発光していて月夜ぐらいには明るい。

つるはしが落ちているし、木製の箱のようなものがいくつも積み上げられ朽ちていた。地面にはレールが敷かれている場所もあった。どれもこれも土を被っている。廃墟のようだ。


「今日はここで魔獣を狩る。いよいよ実戦編というわけだ。心しろ」

「こっちの都合で狩るって……それって可哀想じゃないですか?」

「お前は……」ため息が聞こえてきた。

「筋は悪くないが、剣を握るにはお前は優し過ぎる」


と困ったように微笑んだ。

戦いたくないから適当に言っただけだが。

褒められてないとわかりながらも思わず俺は照れた。師匠に笑みを向けられるとこうなってしまう。


「しかしだ、剣とは相手の命を奪うためにある。そういう覚悟を持って抜かなければならない。脅しの道具ではない。その覚悟がお前を救う」


俺は左手で刀に触れた。俺に覚悟はあるのか?


「わかった、殺意を向けてくる奴だけ斬れ。お前なら感じ取れるだろう。魔獣はそこらの獣とは違う。一瞬の迷いで殺される。それならばお前も剣を振れるだろう」

「いやそもそもそんな事態になる前に逃げ出したいんですが」

「それでは修行にならん。気をつけろ。魔力が使えないお前は、急所をつかない限り魔獣は倒せんと思った方がいい。奴らは魔力によって非常にタフで力も強い」

「それならまずは魔力のない動物と戦うべきでは?」

「そういう獣は人を避けから戦うことが難しい。魔獣は好戦的で人を恐れないものも多い。つべこべ言うな。行け」




俺はゆっくりと奥へ進む。後ろで待機してくれている師匠がいなかったら、一歩も進めなかった自信があるな。

何かが蠢いているのがわかる。でもはっきりと姿を見せるものはまだいない。

足跡が反響。鼓動がうるさい。

奥で何かが光った。

俺は柄を握る。

突然唸り声が響き、耳に激痛が走った。

なんて声量だ。思わず後ずさる。

赤い大蛇がそこにはいた。よく見ると足が何本もあってトカゲに近いか。とにかくでかい。俺を丸呑みできそうだ。


「え、これと戦うんすか……」


目が合った。俺は後ろに飛び退いて刀を抜く。

無理だ。殺される。


「さがれ!」


師匠が飛び出した。剣を抜き、化け物に向かって走る。

トカゲは口を開けて牙を剥き出す。師匠は剣を下に構える。

化け物の身体が一瞬しなる。まずい、来る!

しかしそのまま身体を強張らせた体勢で崩れ落ちた。

師匠はその左へと駆け抜けていた。

化け物の首のあたりから血が噴き出す。

あまりの疾さによく見えなかった。

師匠はあの化け物の跳躍の前に、致命的な一撃を斬り込んでいたのだ。

いつ見ても美しい。疾すぎて血も浴びてない。

静かでいて何物も寄せ付けない。

剣を握る姿に俺は恐怖しながら、その美しさをまた見たいと思ってしまう。


「これはレッドサーペントだな。流石にお前では手に負えない。なぜこんな珍しい魔獣が」


剣を鞘へ仕舞いながら呟く。

助かった。刀を手にしていても、俺は一歩も動けなかった。確信した、俺に剣士は無理だ!

死んだはずの魔獣の身体が動き出す。


「し、師匠!」

「さがっていろよ」


もう帰りたい。

背中のあたりがボコボコと蠢き、中から張り裂けた。血と共に何かが噴き出した。

アハハハッと笑い声が響く。人間か。


「驚いたか、リベラ!久しぶりだなぁ!」


血まみれの男が這い出てきた。

俺は怖く過ぎて吐き気がしてきた。


「演出に凝りすぎたな。一張羅が台無しだ」

「エンヴィラ……」


男の顔には刺青なのか鼻や口、目が強調されるように黒く縁取りされていた。ピエロとか道化師ようだ。手には木製の布団たたきみたいなものを持っている。あれが魔法の杖だろうか。以前師匠がそれらしいものについて話していた。

師匠は剣の柄に手をかける。その動きだけで今までにない圧力を感じた。


「気が早い奴だ。雑談とかする気はないのか。知人に再会したというのに」

「黙れ。次会ったら殺すと決めていた」


男がトカゲの上で嬉しそうに笑う。


「そうか、奇遇だな。俺も今日そのつもりで来た。終わらそう、リベラ。これまでの全てを。鉱山の外には亜人を配置してある。逃げても無駄だぞ」

「何を言う?逃げる理由がないな」


そう言いながら師匠は俺をチラッと見た。どう考えても俺が足手まといだ。

師匠が剣を抜く。


「まぁ待てよ、戦うのは俺じゃない。そこのガキだ」

男は杖を俺に向け、閃光が走った。



トクトクと何かが流れ込んでくる。

ふわふわと身体が軽かった。眉間だけが痛んだが、頭はボーとして楽しい感じがして、俺は自然と笑みを浮かべる。

頭に言葉が流れ込む。


「アイツを斬り殺せ」


刀を握り、ふっと脱力した。それから目の前の女に向かって斬りかかる。

躱された。

しかしこれほど自分の身体が軽く素早く動くことを知らなかった。嬉しくなる。踊りたいぐらいだ。

もう一度斬り込む。女の頭上を刀が通る。

何度振ってもギリギリで躱される。女は手にした剣を使わない。

何か叫んでいるがなぜか聞こえない。まぁどうでもいい。

壁を蹴って反転、脚をめがけ水平に斬る。

掠ったか?体勢が崩れた。

さらに斬って突く。

手応えがあった。見ると刀が腹に刺さっている。ようやく殺せたか?

嬉しい。女はどんな表情だろう?


衝撃に打たれ、吹き飛ばされた。地面を転がる。

身体から気持ち悪いものが流れ出していく感覚がある。

音がした。岩が砕けるような音。誰かの悲鳴。

俺は目が開けられず身動きもとれず……

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