私は旦那が大ス・・・きらい!

松原 透

もう少しだけ待っていてください

私は旦那が嫌いだ。


 結婚してまだ三ヵ月。

 それだと言うのに、朝早くから出勤のために、私は朝食と昼のお弁当を作る。

 時間を見計らって、旦那を起こす。

 決まってだらしのない顔で「おはよう」と言っている。

 寝室の床にはパジャマを脱ぎ捨てて、フラフラと、洗面所へと向かう。

 そのパジャマは誰が畳むというのかね?


 何時もと変わらない、それでいて大したものでもない。

 そんな朝ご飯だと言うのに、「美味しいよ」と言ってくれる。

 ネクタイを結び、置かれているかばんを持って私は、旦那の後を追う。

 

 「行ってきます」

 「行ってらっしゃい」


 朝の見送りをして、部屋の片付けから始まり、ゴミ出しや掃除に洗濯と時間を掛けてこなしていく。

 昼になって、朝に作っておいた残り物で、ようやくご飯にありつける。

 少しだけ休憩をしてから、朝と昼の食器から始まり、風呂や洗面所を掃除していく。


 近くのスーパーへと行き今日の献立を考えながら、色々と見て回るだけでそれなりの時間を費やしてしまう。

 明日は……旦那の休みだったことを思い出し、少し多めに買っていく。

 帰りには、ビールの入った重い買い物袋がずっしりとしている。


 大体の帰り時間に合わせて、料理を作っていく。

 だけど……九時になっても、十時になっても、旦那は帰ってこなかった。

 私はただ食卓で、テレビをぼーっと眺めながらチラチラと時計を見ていた。


 玄関の扉が開き、「ただいま」と、少し疲れたような声が聞こえてきた。

 どうやら今は忙しい時期になっているらしい。

 それでも、夜遅くまで私のために頑張り続ける。

 遅く帰ってきたことで、出迎えた私は少しだけ怒っていた。

 それだと言うのに……怒っていた私に対して、旦那は優しく頭を撫でて「ありがとう」っていいやがる。

 だから……私は目をそらすことしか出来なかった。

 



私は旦那が嫌いだ。 


 夕方に帰りは遅くなるからと、夕飯はいらないなんて吐かしやがる。

 もう買い物を済ませてから、そんな事を言われると私は嫌な気持ちにもなる。

 しかも! もしかしたら、日をまたぐかもしれないとまで言っているんだ。

 本当に最低だ。最悪だ。その日は……結局一時になってから寝た。

 帰ってこない……。


 朝になると、二人の寝室で旦那が土下座をしていた。

 なんでも、昨日は、キャバクラというお店で、かなり楽しい思いをしてきたらしいのだ。

 それを、しょうがなかったんだと、言い訳をしてくる。


「何時帰ってきたの?」


 私がそう聞くと、旦那は小さな声で……五時などと吐かしやがる。

 私が何時も起きている時間は、まだ寝ている時間だと言うのに……本当に気に入らない。

 日曜だから……私は、お風呂の準備をして、旦那の着ている服を脱がせる。

 少し嫌な匂いがする背広を、ビニール袋の中に押し込める。そして、口をきつく縛り二重にしてやった。


 お風呂に入っている間に、近くのコンビニへと行き、二日酔いに良さそうな小さなドリンクだけを買って家に戻る。

 パジャマに着替えた旦那は、何度も謝っている。

 食卓にさっき買ったものを置いて「飲んで」そういうと、「ありがとう」って。馬鹿じゃないのかな?


 何とも腹立たしい。

 今日は日曜だから……あの背広はクリーニングに出せない。

 あんな物があるだけで、イライラしてくる。


 給料日には、決まっている金額を旦那にお小遣いとして渡しているのだけど、キャバクラで使ったから半分でいいって?

 そんな事を言われて無性に腹がたった。

 行って欲しいというわけではないけど……会社の付き合いも大切だ。

 だから、私は無駄に使ってしまった一万円を多く入れてやった。ざまぁ。




私は旦那が嫌いだ。


 結婚してもう三年の時間が経っていた。

 私は相変わらず専業主婦として、生活をしていた。

 体の不調を感じて、病院に行くと……あろうことか、私は妊娠をしていた。


 そのことを旦那に言うと、「もっと仕事を頑張るよ。ありがとう」とかほざく。

 妊婦の体が、どれだけ不安定なものかというのを全く理解していない。

 それだけではなく、喜々としてあちこちに電話をかけていた。


 あろうことか義母を召喚しやがった。しかも、同居!

 私の両親は幼い頃に他界をしている。

 施設で育った私を再教育と言って義母がやってきたのだ。

 すみませんね……私には両親が居なくてね。


 本当にこの義母は怖いんだ……。

 私がいつものように朝に起きていれば、怒る。

 旦那のネクタイを締め、かばんを持っていると、それを奪い取り旦那に投げつける。

 それからというもの、見送りと出迎えは禁止され、旦那は肩を落として出勤していた。


 旦那も居なくなり義母と二人になる。

 私は、残っている洗い物とキッチンに立つと、怒る。

 掃除に洗濯と、何かと理由をつけては、「なってない」と、私が手を付けることを許してはくれない。


 座っていた私が立ち上がると、洗濯物を畳んでいた義母はそれを放り出して、私の後ろへと付いてくる。

 それがトイレだとしても変わらない。

 まさに監視状態。ある意味拷問のような時間だった。


 午後三時になって、私はいつものように、買い物の準備をしていた。


「何をしているの?」

「夕食の買い出しを……」


 私が持っていた買い物袋が奪われ、背中を押されて、私を寝室に閉じ込める。

 合鍵を持っているのに家の鍵を奪われ、一人で買い物へと出掛けていった。

 もちろん外から鍵をかけて。


 夜遅くに旦那が帰ってくれば、義母は旦那を連れて奥の部屋に入っていく。

 妊娠がわかったことで、ここへと引っ越しをしてから、子供用に空けている部屋に義母を住まわせている。

 扉を締めているとは言え、薄い扉だ何を言っているかわからないけど、義母の怒鳴り声が聞こえてきた。


「あの……ごめんな」


 あの言葉は一体何に対してだろう?

 それにしても……私のストレスは何処にあるの?




私は旦那が嫌いだ。


 娘が生まれ、仕事人間だった旦那はバリバリと成果を上げていた。

 そんな旦那は、家に帰ってくると私ではなく娘だけに「ただいま」を言うようになった。

 それから半年が経つと、何時もよりも早く帰ってきた旦那は、私に相談もなくカメラを買って帰ってくる。


 嬉しそうにデレデレとした顔をして、娘の写真を撮って撮って撮りまくっていた。

 夕食だと言っても、私のことよりも娘ばかりにかまっていた。

 夜泣きに起こされ、なかなか泣き止まないので焦っていたのだけど、ついに旦那も起こしてしまった。

 ねぼけたまま……置いてあった、カメラを手にして何枚か写真に収めて私の代わりに娘を抱いてくれた。

 ミルクを用意し、少しだけ飲ませるとようやく眠ってくれるのだが……何でまだ撮っている?


 すくすくと育った娘はやがて思春期を迎えた。

 友達の影響なのか、「お父さんの洗濯物を一緒にしないで!」と反抗期を真に受け、自分で洗濯を始めた。

 もちろん私は娘に怒った。だけど旦那は、しょうがないよと言って、私が怒るのを必死でなだめてきた。


 その日からというもの、旦那は仕事が終わって何処かで本を読んでから帰ってくるようになった。


 浮気なんて許さない。絶対に許さない!


 私は娘を叱りつけていた。

 旦那の何が気に入らないのか!

 旦那がどれだけ毎日苦労をしているのか!

 旦那が居てくれるからこそ、私達の生活がある。

 そのために、どれだけ懸命に頑張っているのか考えろと!


 旦那が帰ってきたことで、娘は大泣きをして旦那に謝っていた。

 私はそれが許せなかった。

 娘を引き剥がし、そんなに泣くぐらいなら、最初からするなと、娘の頬を叩いた。


 そして、私達は大喧嘩になった。

 その日初めて旦那に殴られた。凄くショックだった……。

 私が寝室へと行く間も、娘は大泣きをして旦那に謝っていた。

 旦那も、泣いて謝る娘を許していた。「いいんだよ」そう優しく声をかけていた。


 私は、部屋に閉じこもった。

 声をかけられたけど、私は何も言えなかった。

 私を一番に見てくれない旦那はいらない。

 そんな、嫉妬みたいな言い合いから始まった喧嘩だった。

 そして、寝る前に……「あがとうね」そう言って私の隣で寝ている。




私は旦那が嫌いだ。


 娘はあの喧嘩があってからというもの、旦那と仲良くなっている。

 買い物に誘われたり、勉強を教えてと、休みには何処かに行きたいと、それをホイホイついていく旦那。


 そんな娘はもう居ない。

 大学生になり、少し離れた所で暮らしている。

 私のこの頃からパートで数時間ほど仕事に行くようになった。

 久しぶりの仕事ということもあって、慣れるまでにはかなり苦労もしたけど、それなりに楽しかった。


 だけど、事件が起こる。

 たまたま帰ってきた娘は、二人仲良く買い物に行きやがった。

 私がパートに行っている間に!


 しかも、朝は、仕事に行くふりをして旦那はいつものように出勤していた。

 私に嘘をついたのだ。有給を使って、娘と買い物にへと出掛け、私の帰りを待っていたというのだ。

 その理由というのが結婚25年。

 今更という感じだった。

 いつもいるのが当たり前で……。それが何よりの……。


 小生意気な小娘が私を見て笑っている。

 だから私は、旦那の服の大量の鼻水をこすりつけてやった。ざまぁ。




私は旦那が嫌いだ。


 旦那は私よりも早くに起きていた。

 朝の弱い旦那にしては珍しいことだ。

 だけど、朝からリビングでウロウロして鬱陶しい。


 ベランダから、窓の下を見たり、テレビをつけては消す。

 寝室に戻ったと思ったら、何時の間にか着替えをしている。

 寝室には脱ぎ散らかした服の山。仕事が一つ増えていた。


 夕方になりチャイムの音が鳴るとバタバタと足音を立ててみっともない。

 ベランダから慌ててテーブルの前で座っていた。

 その日は娘が久しぶりに帰ってきた。


 そして、娘の隣には婚約者が立っていた。

 誠実そうに見えた。でも、旦那には……旦那よりも良い好青年だと思うようにした。

 二人をソファに座らせ、旦那は背筋を伸ばし、正座をして二人を出迎えていた。


「ああ、よく来たな」


 私はその言葉を聞いてため息しか出てこない。

 いつもなら、笑顔で「おかえりなさい」と言っているのに。


 彼に声をかけられると、「ハイ!」って、大きな声で背筋も伸ばして本当に情けない。

 昔、お義母さんの所へ挨拶の日のことを思い出し、私はキッチンへと隠れるように逃げた。

 深々と頭を下げる旦那。

 どっちが挨拶に来たのかわからない。




私は旦那が嫌いだ。


 ずっと働いていた会社をとうとう定年を迎えることになった。

 最後の出勤は「いままで、ありがとう」そう言って出掛けた。

 その日は、少しだけいつものよりも高めのビールを持って家に帰った。


 旦那はニコニコとした顔で帰ってくる。

 手に花を持って……きっと、女性社員に貰ったであろう花束を大事そうに抱えて帰ってきた。

 いつものように、「ただいま」と笑顔で言いやがった。

 その花をいけることもなく、食卓のテーブルに置く。


 大好きなお寿司をつまみ。

 お酒も入ってか、上機嫌だった。


「いつもありがとう。お疲れさまでした」

「こちらこそ、ありがとう」

 

 それからは、ソファで肩を並べて、日付を過ぎても思い出話に、つい花が咲いてしまった。




私は旦那が嫌いだ。


 第二の宿敵、孫がやってきた。

 二人だけの生活は当然ぶち壊される。

 何もわからない赤ん坊に対して、だらしない顔をして、手を叩いて燥いでいる。


 どうせ、いつものようにすぐ帰ると思っていたが、あろうことか、娘の夫が同居を求めてきた。

 孫可愛さに、旦那は大喜び。

 私はテーブルを叩き、奥へと引っ込んだ。


 せっかくの時間が潰されて、あんな旦那を見て心底腹が立つ。

 ホコリを被っている汚い部屋の掃除を始めた。

 イライラとした気持ちを落ち着かせるために、カメラを旦那に投げつけてやった。

 そして、私に向かって「ありがとう」そういって笑顔を向けてくる。




私は旦那が嫌いだ。旦那が嫌いだ。嫌いだ。


 私の知らない、女と子供が家にやってきた。

 私なんかよりも若々しく、娘よりも若い女だった。

 その女はしきりに何度も頭を下げて、それこそ、額が地面につくほどだった


 そんな女に私は言葉が出てこなかった。

 ただ……泣くことだけしか出来ない。


 ポッカリと空いた穴には、何があっても塞がることはなかった。


 女は帰り、私はただその事実に顔を覆うことしか出来なかった

 毎日毎日。ただ、ぼーっと過ごす。

 私には何も残っていなかった。




私は旦那が嫌いだ。


 旦那が結婚式の時に言った。

 必ず言わせてみせるからと……そういって、誓いのキスをした。

 それなのに……最後の最後で約束を破った。


 私はまだ伝えていない。

 やっと……もう少しだったのに……。

 結婚49年。

 あと二ヶ月もすれば……私は、素直になろうと決めていた。

 今の思いとこれまでの思いを……。


 だけど、旦那はもういない。

 幼い子供を守って、旅立ってしまった。

 もう、旦那は私を守ってくれなくなった。

 私ではなく、あの幼い子供を守った。

 

 結婚式に撮った私達の写真。

 二人共嬉しさと照れくささで、ぎこちない笑顔をしている。

 懐かしさは、少しだけ悲しみを薄れさせてくれた。

 でも、過去を振り返り、後悔が始まると止まらなかった。


 涙が溢れ、どうしてと、なんでと、素直になれなかった自分が嫌になってくる。

 その日の夜。

 懐かして夢を見た気がする。

 心は落ち着いていた。あれから二ヵ月。

 私は一人で、旦那のために準備を進めた。

 本当は二人で、しようと決めていたのに……。

 二人だけの些細な夕食。その日を私は楽しみにしていた。


「結婚、五十年。いつも、ありがとうございます」

「ずっと好きでした」

「毎日が幸せでした」

「貴方と一緒にいられることが、どれほど嬉しかったことか……」


 私の前には、旦那の写真がある。

 この笑顔をもう私に向けてくれることはない。

 私が、旦那の所へと行く。







 私がそっちに行ったら、絶対に旦那が聞きたかった言葉は絶対に言わない。

 だから、違う言葉を言ってあげる。


 あなたを愛しています……と。


 それまでどうか、もう少しだけ待っていてください。

 私は精一杯の笑顔を、旦那に向けた。

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私は旦那が大ス・・・きらい! 松原 透 @erensiawind

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