うたかたの時間

きつねは退屈でした。


時折、稲作について手紙を書くものの、村人たちが自ら創意工夫するようになり、どんどん農業は栄えていきました。それとともに、きつねのすることは少しずつなくなっていったからです。


ご主人に呼び出され、お勤めを終えたら祠に戻る。そんな生活でした。


村人たちはそれでも信心深く、農作の技術が発展しても、いつもお供え物を誰かが持ってきてくれました。そして、納められるものも筆だけだったのが、硯や墨、文鎮など、きつねの手紙を写すのに使われた道具がたちが、だんだんと増えてきました。



―ある月が綺麗な夜のこと。

虫を食べなくなってすっかり白くなった毛皮が、青く染まって見えました。

お勤めから戻ったきつねはお腹がぺこぺこでしたが、祠に戻ると、油揚げとお米がお供えされていました。


「これはありがたい!」


 きつねは思わぬごちそうに嬉しくなり、思わず燐火がほとばしってしまいました。


「ひぃっ!!?」


 声の方を見ると、筆を握りしめた村人が怯えきった顔できつねを見ています。


「しまった!」


と思ったきつねは、油揚げだけを咥え、一目散に山へ逃げ込みました。単なるきつねであればいたって普通の光景。ですが燐火を纏う狐は、あやかしの類とされています。この狐は善狐でしたが、知恵をつけ、長く生き、燐火を纏うようになった姿は、すっかり白くなった毛皮と相まって人間には恐ろしく映ったのでした。


「ご主人のように人の心臓食べたり、玉藻の前様みたいなことも何もできないんだけどな」


そうぼやきながらも、人を怯えさせてしまうことを心苦しく思った狐は、人から姿がみえないように過ごすこととなりました。このとき、白い尾は2本になっていました。



■■■■


どうやら村を守っているのは狐様らしい。


きつねが姿を見られた次の日には、そんな噂がまことしやかに囁かれるようになっていました。けれども村人たちは、その恐ろしさよりもこれまでに伝えてくれた稲作の方法について、感謝の気持ちが大きくなっていたのでした。


「狐さまが見守ってくれるのならば、みんなで祀ろうじゃないか!」


そんな声が起き、狐の像を携えたお社が建てられました。お米で経済にも強くなった村が、惜しみなくそんなお社をこさえてくれるのを、きつねは黙ってみていました。とても嬉しい気持ちでいっぱいだったのです。けれど、もなんだか気恥ずかしくもありました。


「僕はあくまで遣いに過ぎないから祀られるのもな…せめて、この村を見守りながらお社を僕が守っていこう」


そう心に決めたのでした。


以来、きつねはお社に住み着き、村を見守りながら豊穣をもたらしました。


一見充実している日々にも見えますが、実は。きつねはとてもさみしかったのです。


姿隠しをしているため、人間には自分の姿は見えません。同族の狐には見えるようでしたが、どの狐も尾が1本。なかなか意志の疎通も図れません。


感謝されながらも、誰とも話すことすらできない日々。ただただ流れていく時間。

身にまとわりつく孤独。


村を豊かにし、感謝されることは悪くない。人を化かすでもないし、もちろん食べもしない。そうすると、僕は何のためにここのいて、何のために生きてるんだろう。



考えても考えてもわかりません。ただただ、孤独な時間が過ぎていくばかりです。

そうしていると、さみしさだけが募っていくのでした。


きつねは思いました。


「いつか、あるんだろうか。こんな無味乾燥な日々でも、あってよかった。―そう、思うことが」


秋の風が一陣、境内を抜けていきました。

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