燐火揺蕩 -きつねの文具浪漫譚-

さるさ

たゆたう光

昔々、あるところに―

なんていうありふれた書き出しですが、そうとしか形容しようがないのでこのまま進めましょう。


一匹のきつねがおりました。

きつねは、虫を食べ、雨乞いで水を与え、ときにたくさんの陽の光が降り注ぐような青天を招き。ねぐらにしていた一帯の田畑は、それはそれは見事な稲が育ち、人々はお腹いっぱいごはんを食べることができました。


そこで取れたお米はおいしいと評判になり、その噂はあっという間にほかの国々へも広がりました。とてもおいしいお米が毎年とれるので、村はどんどん栄えます。



ところが。あるとき、きつねは用事のため半年ほど出かけておりました。

すると、たくさんの虫が稲を食べ、雨は降らず、雲がほとんど空を覆ってしまい、そんな日々が続いてしまいました。稲は全く育ちません。


当時のお米は経済の主軸。他の国々へ売るお米はもちろん、自分たちが食べるお米さえとれません。

村の人々はほとほと困ってしましました。



そんなとき、きつねが用事を済ませて戻ってきました。するとどうでしょう。

稲は枯れ、人々は困り、お腹をすかせていました。



きつねは悲しくなり、「申し訳なかったな」と思いました。けれど、ご主人に言いつけられれば馳せ参じなければなりません。



「どうしたものだろう…」


きつねは頭を抱え、考えました。そこで、いくつかのことを紙に筆で書きつけました。


種籾を塩水に浸けて、沈んだ中身の詰まったものだけを撒くこと。水を田んぼに入れておくだけでなく、収穫が終わったらよく土を乾かすこと。田んぼの土を壁に塗り付け、しっかり水を田んぼに貯めれるようにしておくこと。などを紙に書き、村の小さな祠に置いておきました。




翌朝、祠を通りかかった村人が、見慣れない紙が祠に置いてあることに気付きます。不思議におもって中を見てみると、これまでには考えられなかったような稲作の方法が書いてありました。男はあわてて村長のもとに向かいます。


「村長さま!こんなものが祠に!」



噂をききつけた村人が集まってきました。けれども、種籾を塩水に浸けて選別する、なんていう方法はついぞ聞いたこともありません。みんな半信半疑でしたが、祠に置かれたこの手紙は神様からの贈り物に違いない、と誰もが信じていました。その方法を試してみようではないか。



そこで、村長は言いました。


「みんなでこの方法を試してみようと思う。けれども、神様からの手紙はこの通りだ。試したいものは紙と筆を持ってくるように」



おのおの家に帰り、紙と筆をもってきました。そして紙の内容を各自が書き写していきます。



その様子をそっときつねは見ていました。やがて自分がいなくても、きっとこの村は自分たちでささえていけるようになっていくんだろう。そう思うときつねは嬉しくなりました。



村人たちが、稲を作るための伝えを紙に書き写し終わると、村長はその紙と油揚げを持って祠へ向かいました。


そして祠に紙を収め、油揚げをお供えしました。



「神様ありがとうございます。これからは実ったコメやそれからつくったお酒をお供えしたいと思います。いまはコメはなく、油揚げくらいしかお供えできませんが、お召し上がりください」


 

 誰もいなくなった晩、きつねはひょいと油揚げをつまみ、ぺろりと平らげてしまいました。


 「もう、この村は大丈夫」


 村では一通のきつねの書き置きをもとに、稲が豊富に実るようになりました。それ以来、村人たちは、「どうやったら稲が豊富に実るだろうか」と考え、紙に書き、豊穣祈願をかけるため、祠に書いた筆を納めるようになりました。



 一方、きつねは。見守る役目もほとんどなくなり、村の祠で気ままに過ごせるようになりました。ときおりご主人さまに呼び出されお使いに行くものの、帰ってきても村の田んぼは元気でした。村人たちは信心深く、必ず祠にこめとお酒、油揚げと香の物をお供えしてくれるのです。

 田んぼの稲や虫を食べることもなくなったきつねの毛皮は、すっかり白くなりました。



「さて、これからはのんびり暮らせるな…」


自分からでてたゆたう燐火を眺めながら、そうつぶやき、眠りました。



この物語は、そんなきつねのお話。

 

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