第9話 白蛇のオバケの噂と妖怪ぺらぺら

 私が目を覚ますと、横に知らない女の人の顔があった。

 キャーッ! と声を上げて叫びたいのに、声が出ない。

 体を起こしてここから逃げ出したいけど、手も足も動かない。

 私の体の自由は奪われ、目と鼻の先にフフフと笑う女の人の顔が見える。

 私は妖怪やあやかしにオバケの類が視えてしまう体質だけど、怖がりなんだよ?

 部屋は真っ暗にしては寝られずに、いつもオレンジ色の豆電球を点けて寝る。

 それで、はっきりと――。

 顔の表情まで視えてしまった。

 この女の人は人間じゃない。

 光る赤い目、額からは一筋血が流れてる。

 やだ、いやだ。

 この人はオバケ?

 それとも妖怪?


 金縛りのせいでガタガタ震えることも出来ずに、ただじっとこの人が早く居なくなりますようにと祈る。

 いつまでこんな怖ろしさに耐えなくてはならないんだろう。






「サクラさん、サクラさん。大丈夫ですか?」

「あっ……。シグレくん? あ……れ? ここは?」


 私はぼんやりとはっきりしない頭で理解しようとする。

 心配そうなシグレくんの顔が覗き込む。すぐ目の前にある。


 そっかあ、夢だったんだ。

 良かった。

 生々しかったけれど、女の人のオバケはただの悪い夢。


「ご、ごめんね。シグレくんの肩に寄りかかって寝ちゃってたかな」

「全然、良いんです。俺なんかの肩で良ければ、むしろいつでもサクラさんにお貸しします!」


 顔を左右に見渡すと、ああ、バスの中だとちゃんとしっかり分かった。

 ハア〜っと深く息を吐く。

 忙しくドキドキドキと打っていた心臓が落ち着いてくる。

 頭のぼんやりがすっと消えて。


 大丈夫。大丈夫だよ。

 ――私が今いるのは、怪奇現象が襲って来てたあのアパートの住んでた部屋ではないよ。

 危険じゃない、安全だとしっかり認識するとホッとした。



 宿題をひと通り終えた後、シグレくんと出掛けることにしたんだった。

 今日はシグレくんは中学校が夏休み前の短縮午前中授業で、お昼御飯を食べてから、甚五郎さんのお店にやって来ていた。

 私とシグレくんが甚五郎さんのおにぎり定食屋さんを出たのが、二時ぐらいだったかな〜。

 窓に打ちつけていた雨は、小雨に変わっている。黒い雲も去ったのか、空に明るさが戻って来てる。


「サクラさん、大丈夫ですか? うなされてましたね。悪い夢を見たんですか?」

「うん。ちょっと。アパートに住んでた頃に会ったオバケの夢見ちゃった。それにしても、シグレくんとお出掛けでいきなり寝ちゃうとは、私も緊張感ないよね〜。えへへ」


 笑って、さっきまでの夢の中での恐怖とシグレくんへの恥ずかしさを同時に吹き飛ぶよう誤魔化して。

 

「……嬉しいです」

「えぇっ?」

「だってそれって、サクラさんが俺の横でリラックスしてるってことでしょ? 無防備ってことはちょっとは俺に気を許してくれてるのかな〜って」


 横に座るシグレくんの瞳の色が優しくて柔らかい光が灯ってる。

 私を見つめるシグレくんの視線が恥ずかしくて、慌てて目を逸らす。

 な、なに?

 ちょっとドキドキしちゃうよ。

 自分の『戸惑い』に焦ってしまう。


 しかしなあ。もうあのアパートに住んでいないのに。アパートに住んでいた頃のことを夢に見るなんて。

 強烈な日々だったもんね。

 トラウマになってるから、すぐには私の中から、内側に染み付いた感覚は消えてくれない。

 思い出す。

 涙と絶叫とじわりとかいた嫌な汗。――怖かった出来事や辛かったこと、早く記憶が時と共に薄れてしまえば良いのに。




 シグレくんが言ってた奇妙なお祓い依頼とは、相談者さんの家に出る白蛇のオバケの噂の真相究明と妖怪ぺらぺらというあやかしを退治して欲しいという依頼だった。

 白蛇オバケは付喪神達も噂にしていたよね。

 シグレくんはいずれ継ぐかもしれない予定の満願寺の修行の一環で、まずは和尚さんであるおじいさんが出向く前の下見だそうだ。


「白蛇オバケと言っても付箋くらいの大きさらしいです。だから怖くないですよ。それに白蛇って、敵意を向けて攻撃したり邪険にしなければ、見た人や住まう家に幸運とか富を運ぶって言われてますからね」


 バスに乗って、着いた場所は海岸沿いに建つ一軒のお洒落な古民家カフェ。

 テラス席もあったり、メニュー黒板にはふかふかスフレパンケーキとかき氷のイラストが描かれている。

 甚五郎さんのおにぎり定食屋さんからバスで50分ほどでやって来たよ。

 山をひと越えしてから海辺に向かった所にあった。

 バス停からすぐそばに建つ、古民家カフェは貸し出し本屋さんも兼ねてるそう。とっても素敵。

 私、本を読むのって大好きなの。

 あんなに好きだったのに、最近はそういや読めていなかったな。

 家に居場所のない私は、よく図書館に通ったっけ。町一番広くて。

 図書館では小説も漫画も詩集なんかも読んだし、絵本もたくさん読んだんだよ。

 目の前の物語に没頭して。

 夢中で本を読んでいる間は何もかも忘れてた。現実の自分は頭も心も空っぽになる。本に描かれた物語の中になりきり、どっぷり浸かった。

 私は本を読んでいる時間は、物語の世界の住人でどこまでも自由でいられた。

 辛いことをひと時でも忘れさせてくれる面白い本は、私にはなくてはならないもので。

 読書の楽しい時間は、ある意味現実逃避だったかも知れないけれど、精神を保つためには必要なことだった。

 本のおかげで、私は子供の力ではどうしようもない事実から少しでも逃れられた。

 そう、思うんだ。


「甚五郎さんのお店も趣があるけど、このお店も違った趣と佇まいがあるね。私、こういう雰囲気のお店って、うん、好きだなあ」

「でしょう? ここ、うちの満願寺てらの檀家さんの一つなんです。良かった。サクラさんが気に入ると思ったんですよ。だから一緒に来てもらいたかったんだ」


 出来たら、その白蛇のオバケと妖怪ぺらぺらとかいうあやかしをどうにかしてくれた後に来たかったな。ははは。

 それにしても、妖怪ぺらぺらってどんなあやかしなんだろう?

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