第8話 付喪神の家族団欒

「こんにちは。サクラさん」

「こんにちは。どうぞ上がって」


 シグレくんがやって来て、茶の間で宿題を見てみる。

 私にも問題が解けそうか、確認、確認。

 大丈夫そうで、ホッとする。

 

 家の中がこんなに静かだと、ちょっと緊張しちゃうな。シグレくんと二人っきりだもん。

 いつもは甚五郎さんや豆助、おにぎり定食屋さんに来る人間のお客さんや、妖怪のお客さんで賑やかだと言うのに。


 お店の中は、シーンとしてるの。

 建物の外の世界からはBGMのようにミンミンミン……、ジジジジジと蝉しぐれが聴こえるわ。

 重なるように扇風機の音とブーンという冷蔵庫の機械音もして。


 チリリーン、

 時々、涼しげな風鈴の音色が忘れた頃に耳に心地良く響いた。

 


 甚五郎さんのお家の皆が集まる部屋は、リビングというより、ザ・茶の間という感じです。

 ここは妙に落ち着くの。

 畳の感触が足裏に心地良くって。

 皆で御飯を食べる大きなちゃぶ台は使い込んでいるのに、大事にされピカピカです。

 まだ使える黒いダイヤル式の電話、長く使われているだろう戸棚に踏み台などなど……。

 社会の教科書で見たような、昭和のお家そのもの。

 犬神の豆助は冬にこたつに入るのが醍醐味だって言っていたっけ。


「へえ、付喪神がいるや」

「えっ!」


 私がシグレくんに冷たい氷入りの麦茶を持って来ると、彼は戸棚の裏を覗いていた。


『コショコショ……コショ』

『聞いたか? 聞いたか?』

『コソコソコソ……』


 いくつかのヒソヒソ話をする声が聴こえる。

 ちっちゃなちっちゃな声たち。


「びっくりさせたら逃げちゃいますからね。そおっと静かに静かに……」

「うん、分かった」


 シグレくんに言われて驚かさないように息を潜めて、覗き込んで見る。

 お、驚いた!

 ミニサイズの湯呑や茶碗や薬缶やかんが喋ってる。

 顔も手足もあって、彼らはお菓子を食べお茶をすすりながらお話している。

 付喪神達三人は和気あいあいと、まるで家族団欒をしてる人間のよう。

 とっても楽しそう。


『幽世で新しい妖怪が生まれたらしいよ』

『怖ろしい風貌のバケモノって噂だよ』

『それが白蛇オバケらしいよね』

「白蛇オバケ?」


 しまった。付喪神達の会話に加わっちゃった。


『に、人間だ!』

『あいつサクラだ、サクラに見られた』

『満願寺のとこのシグレにもバレた!』

『『『に、逃げろー!』』』


 キャーキャーギャーギャー言いながら、付喪神達はお茶の間を逃げ回って大騒ぎ。


「ごめんなさい、付喪神さん達驚かせてごめんなさい」

「突然でごめん。ちょっとちょっと落ち着いて」


 私とシグレくんが謝っても、付喪神達は止まらない。

 茶の間を右へ左へ駆け回って壁や家具を走り登る。

 ついには、ボフッと白い煙を立てて姿をくらましてしまった。


「消えちゃった。ごめんね、シグレくん」

「良いんですよ〜。サクラさんが謝らなくても良いんです。付喪神って警戒心が強かったりするんです。その代わり仲良くなったら、人懐っこくなるんですよ。人間の道具から生まれるあやかしですからね。甚五郎さんとこ、他にも付喪神がいそうですね。妖怪も付喪神もいる定食屋さんなんて、すげえや」


 シグレくんはそう慰めてくれるけど、私はシュンとしちゃう。

 急に人間から声を掛けられて、付喪神達は心底びっくりしたんだろうから。

 悪いことしちゃった。


「それよりサクラさん。付喪神達が気になること言ってませんでした?」

「ああ、そういえば。……白蛇オバケとか言ってたような気がしたんだけど」


 シグレくんがニンマリ笑った。

 私がなんとなく思ったのは、いたずらを思いついた子供の顔だ。

 その顔はとても、嬉しそうに笑ってる。


 ――あのお、シグレくん。

 私は、白蛇のオバケなんて嫌なんですけど……。



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