第一話 ―NOを選べる新米勇者と幼馴染みのぽんこつ王女― エピローグ

「「「勇者様万歳!! 王女殿下万歳!!」」」


 二人の凱旋を一目見ようと、王都は人で溢れていた。人混みを掻き分けるように二人は王城へと向かう。


「何の騒ぎだ、これは」


「そりゃあ十年も大陸を苦しめていた魔王軍――魔将軍を倒したんだから、これくらいの騒ぎにはなるよ。キースさんが早馬で王城に報せるって言っていたし」


「もう腹一杯だよ」


「……それは私もそうだけど」


 魔将軍・魔人ゲイルを討ち破った二人は、助っ人をするつもりで現れた防衛隊隊長・キースの厚意で馬と物資をもらい受け、王都へと帰還していた。


 補給の為に立ち寄ったレミナンド跡、フォレドにも当然魔将軍討伐は知らされており、二人はそこで散々歓待を受けた後。人付き合いが得意でないジェイクは勿論、公女の顔を持つシャルロットも食傷気味であった。


「「「勇者様万歳!! 王女殿下万歳!!」」」


「やかましい……」


「しっ、聞こえるよ。勇者がそんなこと言っちゃ駄目!」


 愚痴るジェイク、窘めるシャルロット――二人は愛想笑いで王城への道を行く。




 王城・謁見の間――ドラムロールが二人を迎える!


「勇者ジェイク、我が娘魔法使いシャルロット――よくぞ魔将軍を討ち破って無事に戻った!」


「「「勇者様万歳!! 王女殿下万歳!!」」」


 国王の賛辞! 高らかに鳴り響く鼓笛隊のファンファーレ! ジェイクは顔をしかめた!


「アストラ大陸から魔王軍を排したその功績は誉れ高く、その勇名は後世に――」


「や、そういうのはいいです」


「!?」


「マジで褒めてくれるならこういうのはもう一般民だけでお腹いっぱいなんで、ささっと終わらせてゆっくり休ませてください」


 ジェイクの歯に衣着せぬ上申! 王様は悲しそうだ!


「……魔王が復活して十年、この国を脅かし続けた魔王軍を討伐したその偉業は」


「や、ホントにいいんで。というか勘弁してくれると助かります」


「!?」


 ジェイクの上申! 本気の拒否だ! 王様は困惑している!


「ちょっと! お父様が可哀想でしょ! もうちょっと聞いてあげてよ!」


 相変わらずのジェイクを、隣に立つシャルロットが小声で窘め肘で小突く。


「……ロッテだってもうだいぶキツいだろ?」


「……それはそうだけど」


 そんな二人を見て国王は溜息をついた!


「……国民感情とかあるから、凱旋パーティはしたいのだが。それには出席してくれるか?」


「や、家帰って寝たいんで――」


「出るって、お父様! ジェイクもパーティ出るって!」


 国王の申し出をNOと断るジェイク! しかしシャルロットがそれを阻んだ!


「お前、勝手なことを――」


「私やお父様の立場も考えてよ、馬鹿! おばさまだって凱旋パーティ断ってあんたが帰ってきたとか聞いたら卒倒するわよ!」


「……わかったよ」


 母を出されると弱い――ジェイクは渋々頷いた!





 その日の夜――ジェイクとシャルロットの凱旋パーティが王城のホールで執り行なわれた。正門は開け放たれ、ジェイクやシャルロットを一目見ようと集まった国民たちにも王城が用意したワインが振る舞われた。城が、街が、アストラ全体がジェイクとシャルロットを称えた!


 駆けつけた武器屋の息子ビリーが二人に声をかけた!


「シャルロット様、この度は魔将軍の討伐おめでとうございます――ジェイク、よくやったな」


「なんでお前王様より上から目線なの……? いや、いいや。むしろお前らしくて安心した」


「ありがとうビリー」


 ジェイクは呆れた様子で応える。シャルロットは苦笑いだ!


 駆けつけた元少年盗賊テッドが二人に声をかけた!


「兄貴! 王女様! おめでとう! 俺、信じてたよ!」


 嬉しそうにそう言うテッドに、ジェイクは面倒くさそうな顔を、シャルロットは微笑ましい笑顔を見せる!


「誰が兄貴だ――ビリーとは上手くやれてるか?」


「うん、ちょっとえばりんぼなとこあるけど、なんだかんだで結構いい奴だよ」


「そう。良かった――地道に頑張ればそのうちきっと大きな仕事をまかせてもらえるようになるわ。頑張ってね、テッド」


「はい、王女様!」


 駆けつけた漁師リドルが二人に声をかけた!


「勇者様、王女様、おめでとうございます。オラ、勇者様たちはきっとやってくれるって信じてただよ」


 恩人の登場に、ジェイクは喜んで迎えた!


「――リドルさん! 来てくれたんですか!」


「ジェイクの懐き方がすごい」


「当たり前だぞ。この旅で一番世話になった人だぞ。リドルさんにねぎらってもらうのが一番嬉しいまである」


「どこまでリドルさんをリスペクトしてるの……? でも感謝してるのは私も一緒だよ。リドルさん、来てくれてありがとうございます。もしかしてパーティの料理の魚って――」


「ああ。オラたちの村にも二人が魔王軍に勝ったって早馬がきただよ。だからオラ、そろそろ二人が戻ってくる頃かと思って――」


「――よし、ロッテはもう魚は食うな。リドルさんの魚は俺が全部食べる」


「そこまで!?」


 絶世の美女、イールギットは女中として働いている! 忙しくて二人に声をかけられずにいたが、顔をかくして――それでも楽しそうに働く彼女の姿に二人は喜んだ!




 そして、しばらく――




 ジェイクは魔王軍に勝利し、大陸を取り戻した悦びと興奮が冷めないパーティ会場を抜けだし、王城の外――自分の農地が見える所で夜風に当たっていた!


 月明かりの下、地面に腰を下ろしてぼうっと畑を眺めていると、不意に声をかけられる!


「こんなところにいた」


「――、ロッテ」


「主役が抜け出しちゃ駄目じゃん――姿が見えないから探したよ」


 そう言うとシャルロットはスカートをさばいてジェイクの隣に腰を下ろす。


「汚れるぞ、スカート」


「少しくらい平気だよ」


「王女の言葉とは思えないな」


「今は魔法使いだから。ジェイクはどうしたの? 疲れちゃった?」


「それもあるけどな。ちょっと考えごとを――ロッテ、ルチアが俺に《運命を切り拓く剣イアクリス》を与えたあと、魔人と話していたことを憶えてるか?」


 ジェイクが尋ねると、シャルロットは伸ばした人差し指を顎に添えて、


「えっと――『神界を堕とすために人間界を支配する――そんなことはさせません』?」


「それ。あと魔人は魔王が神々を倒すためにーとも言っていたよな」


「言ってたね」


 シャルロットが頷くと、ジェイクは改めて疑問を投げる。


「……なあ、ロッテ。ルチアって何者なんだろう」


「え、今それ? ルチア様はほら、魔王に立ち向かう勇者を導いた精霊で――」


「それはわかってる。魔王が最初に現れた時も目的が同じだったとしたら、ルチアは魔王が人間を――人界を支配しないように勇者に力を貸したんだよな?」


「まあ、そうだろうね」


「人界が支配されたら、魔王の次の標的だろう? それでもいにしえの勇者の前に現れたのは神々じゃなくて精霊のルチア……余所の大陸じゃルチアじゃなくて神々が信仰されてるってのは俺も噂で聞いたことがあるよ。大地の神様だとか、太陽の神様だとか――でも、神界が危機に瀕するかもって時に現れたのは神々じゃなくて精霊のルチアだ。精霊ってなんなんだ?」


「え? え?」


 シャルロットはジェイクが口にした言葉に目を白黒させ――


「……わかんないよ」


「あいつの口ぶりじゃあ神々に手を出させない為に人間の味方をするみたいな感じだったし、俺たちの敵ではないんだろうけど。神々の僕みたいな感じなのかな」


「敵だなんて――滅多なこと言わないでよ! 私たちを助けてくれたのに!」


「元々あいつのせいで危険な旅に出ることになったわけだけど?」


「…………それは否めないね」


「だろう?」


 ジェイクはそう言ってそのままごろんと仰向けになった。満月と満天の星がきらきらと輝く夜空を眺める。


「次に神託が下りたときに聞いてみたら?」


「どうかな、対話になればいいけど。あいつ自分の都合押しつけてくるとこあるからなぁ……」


 ごちるようにそう言うと、地面に仰向けになったジェイクにシャルロットが優しい眼差しを向ける。


「ねえ、ジェイク」


「ああ?」


「旅の間、私のことずっと守ってくれてたよね。ありがとうね」


「……妹の面倒を見るのは兄の仕事だからな」


「私がお姉ちゃんだし!」


「勘弁してください」


「私には久しぶりの敬語だ!?」


 ぎゃあぎゃあと言い合う二人――そこに、お付きの兵を伴ってアストラ国王ジェイクリッド・アストラが現れる。


「二人とも――ホールにいないと思ったらこんなところに」


「お父様――」


「や、他の者の目もない。楽にしていなさい」


 咄嗟に立ち上がろうとするシャルロットを国王が止める。


「……せめてあんたも立ち上がる素振りくらい見せなさいよ」


「立とうとする前に待ったがかかったんだ」


「……ジェイクはなんというか、随分逞しくなったな……なんというか、もうちょっと素直な少年だったと思ったが」


「そらいきなり魔王軍と戦ってこいと言われれば逞しくもなりますよ。や、責めてる訳じゃないですよ? 十分な支度金をもらったし、納得して旅立ちました」


「そうか、そう言ってくれると儂も気が楽だが」


 ジェイクの言葉に、王様が頷く。


「で、俺たちに何か御用ですか?」


「うむ――ジェイクよ、お前に尋ねたいことがあってな」


「はい」


「次の旅立ちはいつ頃と考えている?」


「あ、それ私も聞きたかった!」


 国王、そしてシャルロットがジェイクに尋ねる。


「今や我がアストラ国の英雄となったお主にこんなことを頼むのも気が引けるが、少しの間でいいから国に留まって国民に顔を見せてやって欲しい。難民たちや志願者はこれから壊滅状態の大陸北部の復興に向かう――その前にお前の姿を見せてやって彼らを勇気づけてあげて欲しいのだ」


「え? もう旅には出ませんけど?」


「え?」


「え?」


 シャルロット、国王――そしてお付きの兵は凍りついた!


 しばしの沈黙――そして国王は気を取り直し、ジェイクの説得にかかる!


「いや、ジェイクよ――たしかにアストラから魔王軍を排除してこの大陸は平和になったかもしれぬ。だが他の大陸では、国では、未だ魔王軍に多くの民が苦しめられて――」


「や、俺的にはこの国が平和なら別にそれで」


「!?」


「ちょ、ジェイク――あんた五十万も受け取っといてさすがにそれは」


 シャルロットの援護射撃! しかしジェイクはそれを躱す!


「俺は魔将軍討伐の旅に際して五十万を請求したはずだけど? 魔王は知らん」


 ジェイクの言葉にシャルロットは記憶を辿る!


「……そうだったかも!」


「それにあの額は俺が死ぬかも知れないって話だったからの金額だったわけで。生きて帰れたし、返せって言うなら返してもいいけど」


「王家の名にかけてそんなこと言えないわよ!」


「え?」


「え?」


 シャルロットの宣言! 国王は戸惑った! その姿にシャルロットもまた戸惑った!


「ごほん――ええ、では改めて勇者ジェイクよ!」


「はあ」


 王様が仕切り直す! ジェイクは生返事だ!


「魔将軍討伐、よくぞ成し遂げた! いまはゆるりと休むがよい――そして体を休めたあとは魔王を滅するため、再びこのアストラから旅立つのだ!」


「嫌です」


「!?」


 王様の下命! 勇者ジェイクはそれをNOと断った!



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勇者はNOと断った!! ―NOを選べる新米勇者と幼馴染みのぽんこつ王女― 枢ノレ @nore_kururu

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