第7章 運命を切り拓く剣 ⑦
ジェイクはその魔人の姿にシャルロットの未来を連想してしまい、咄嗟に動けない。その隙をカバーするようにシャルロットが魔法を唱える。
「――ファイアランス!」
彼女が突き出した杖の先で巨大な火炎が渦を巻いた。その火炎の強大さに、術者であるシャルロット自身が驚く。
「え――なに、この威力――」
それは大魔法に匹敵するものに思えた。ジェイクとシャルロットは知る由もないが、これは魔人が聖殿の封印を解除したことによって、聖殿に宿るルチアの加護が機能したことによるもの――
封印の解除にはジェイクたちにも恩恵が――つまり魔人にとってデメリットがあった。
――しかし。
「グォオウッ!」
魔人の咆哮! シャルロットの魔法が放たれる前にかき消える!
「そんな――魔法が!」
「今の俺に中魔法など問題にならん――こい、勇者よ」
手にしていた剣を捨てて魔人が言う。巨大化したことで、魔人の剣はその体躯に見合わないものになっていた。
「――、うぉぉおおっ!」
ジェイクの斬りかかり! 大上段から魔人を斬りつける! しかし剣は魔人が掲げた腕に難なく阻まれた!
「なに!?」
「――効かんな」
魔人の反撃! 巨大な鉤爪がジェイクを襲う! 咄嗟に掲げた《
――しかし、魔人の体を押し戻せない!
「――! そんな……!」
「ほう、この姿での攻撃も防ぐのか。さすが音に聞く精霊の盾よ。だが――」
魔人の連続攻撃! 逆の手でジェイクの首を狙う!
「ぐああっ!」
身を捩るジェイク! しかし躱しきれずに肩口に攻撃を受け、吹っ飛ばされてしまう!
「ちぃ、浅いか――この姿も十年ぶりだ、体が慣れん……しかし勇者よ、次はないぞ」
地面を転がり、倒れ――そしてセイクリッド・ヒールを唱えながら立ち上がるジェイクに魔人が言う。
「くっ……」
ジェイクは唇を噛んだ。魔人の姿から嫌な記憶がよぎったことでジェイクは恐れを感じていた。魔人にではなく、未来の運命を辿ってしまうかもしれないシャルロットの運命に。喉が渇き、足は震え、気を抜くと魔人から目を逸らしてしまいそうだった。
そんなジェイクを支えるようにシャルロットがジェイクに駆け寄り、囁く。
「――ジェイク、逃げよう」
「……は?」
「……あれは、無理だよ。ここは逃げて強くなってから出直そう?」
シャルロットのその言葉に、ルチアの言葉が思い返される。あなたが立ち向かわなければどんな未来が待っているか……――
ジェイクは先のシャルロット同様、切れるほどに強く唇を噛み――彼女の言葉に吠えるようにNOと答える!
「――俺は逃げない。あいつを斬って運命を切り拓く!」
「よく言った、勇者――その決意に免じて苦しまないよう一撃で殺してやろう!」
魔人がその巨体を揺らして疾駆する。ジェイクはシャルロットを後方に突き飛ばし、それを迎え撃った!
「死ね、勇者!」
「うおおおおっ!」
魔人の一撃! しかしジェイクはその軌道を読んでいた! 半ば叩きつけるように魔人が振り下ろす鉤爪の軌跡に盾を割り込ませる!
――《
そして、振り上げた剣を振り下ろす――会心の一撃!
「喰らえっ!」
「まだだ、勇者っ!」
魔人の反撃――必滅の一撃! ジェイクの剣と魔人の鉤爪が交錯する!
――……そして!
「な……――」
聖堂に甲高い音が響く! 振り下ろしたジェイクの剣――その刀身が砕け散った!
「――よくぞ振り切った。勇者よ。最期の一撃――これぞ勇者――見事な一撃だったぞ。だが、剣が折れてはもう戦えまい」
魔人がジェイクを見下ろして告げる。魔人もまたただでは済んでいなかった。ジェイクの剣を折った左の鉤爪は砕け、左腕は痺れている。
しかし――魔人にはまだ右の鉤爪が残っていた。
「惜しかったな。それが魔人との戦いに耐えうる剣だったなら違う結果になっていただろう」
柄だけになった剣――その剣を見て呆然とするジェイク。そのジェイクに向けて右腕を振り上げる魔人――
その時、聖堂に不思議な気配が満ちた!
(――それは重畳。魔人ゲイル、お前はここで滅ぶ
「――!! なんだ、この声は――」
突如脳内に響く声に、狼狽える魔人――そして、
「ルチア様……!」
シャルロットの彼女に応える声。
「ルチアだと――精霊か! まさか封印を解いたから――」
(否。お前が封じていたのはこの聖域と剣――私の意識はお前程度に封じることができるものではありません)
魔人の言葉に厳しい声音でぴしゃりと言い放つルチア――そしてジェイクに語りかける。
(勇者ジェイク――よくぞ決断しました。そして魔人を追い詰め、この聖殿の封印を解かせた――ようやくあなたにこれを授けられます)
ジェイクとシャルロット、そして魔人――三人の頭に声が響き、そしてジェイクの目の前の空間に激しく瞬く光が生まれる。
ビカビカと明滅するそれは、剣の形になり――そして実体となってジェイクの手に落ちる。折れた剣の柄を手放してそれを手にするジェイク――初めて目にするその剣は不思議と手に馴染んだ。
「精霊の剣――? 馬鹿な、地中深くに埋めたはず! どうしてそれが――」
(その程度で我が剣を封じることなどできません。もっとも、お前が聖堂ごと封印している間はこうして呼び寄せることもできませんでしたが)
「くっ――あくまで人間の味方か、精霊!」
(当然――神界を堕とすために人間界を支配する――そんなことはさせません)
「貴様の希望はこの勇者だろう! この手で葬ってなお同じことが言えるか試してくれる!」
魔人が叫び、鬼気迫る――否、悪鬼そのものの形相でジェイクを見下ろし改めて右腕を振り上げる!
(さあ、ジェイク。その剣――《
ルチアの神託が下る――ジェイクは《
「――勇者ぁあああああっ!」
「――うぉおおおおおおっ!」
剣撃と爪撃が交錯する。剣が砕ける音はなかった。肉を裂く鈍い音。そしてどさりと骸が倒れる重い音。
精霊の剣――《
――魔将軍・魔人ゲイルを倒した! ジェイクは絶望の未来を断ち切った!
決戦を見守っていたシャルロットがジェイクに駆け寄る。それを待たずにジェイクはその場にへたり込んだ。
「ジェイク……」
シャルロットはジェイクに抱きつこうとして――そして、今の彼に自分を受け止める力はないと察した。抱きつくのを止め、寄り添うように隣に座る。
「……見てたか」
「うん」
「勝ったぞ」
「うん」
精も根も尽きたという声で呟くジェイクに、涙声でシャルロットが応える。
「やったね」
「……ああ」
「少し休んだら帰ろ? おばさまが待ってるよ」
「ああ、そうだな……」
限界だと言わんばかりにジェイクはその場で大の字になった。その投げ出した手をシャルロットが握る。
「……放せ」
「いやなら振りほどいてもいいよ?」
「そんな体力残ってねえよ……」
「……回復魔法は?」
「……実はもう魔法力が残ってない」
「ふふ」
「ふふじゃねぇよ。魔女の香水はまだ使ってないだろ。寄越せ」
「や、あれは女の子用のアイテムだから」
「そんなわけねえだろ!」
二人がそんな話をしていると、にわかに聖堂の外が騒がしくなる。何事かと二人が警戒すると、見覚えのある兵士が隊を率いて聖堂に駆け込んできた。
「――勇者様、王女殿下!! 対魔王軍防衛隊、微力ながら助力に参じました!」
「遅えよ……」
小さくごちるジェイク。苦笑いのシャルロット。二人の様子と倒れた魔人の骸から、兵たちに状況が伝わっていく。
ジェイクとシャルロットを称える声が聖堂に響くのに数秒もかからなかった。
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