第7章 運命を切り拓く剣 ⑥

 会心の一撃で手傷を負わせたこと、そしてシャルロットが死に瀕したことで回復魔法に目覚めたこと――この二つが魔人の焦りを生み、そしてジェイクを大胆にさせていた。ジェイクはより速く、より深く魔人へと迫る。


 それでもなお戦況はジェイクに傾かない。


「はあぁっ!」


 ジェイクの攻撃――剣閃を走らせる! しかし魔人はそれを受け、切り返し、反撃の一手を放つ!


「くっ――!」


 かろうじて受けるジェイクだが、間合いを離され仕切り直しを強いられる。


 そこに――


「ファイアボルト!」


 シャルロットの攻撃魔法!


「――そんなもの、打ち消すまでもないわ!」


 魔人は叫び、シャルロットの放つ火炎を斬り伏せる――しかし、それは囮だ。魔人が魔法に気をとられた隙を狙い、ジェイクが再び躍りかかる。


 必中の機――そう思えたが、魔人は身を捩ってジェイクの一撃を躱した。ジェイクの剣はその切っ先で魔人の肌を浅く切るに留まる。


 煙る血風――怒気を孕んだ視線をジェイクに送る魔人が反撃に移ろうとしたその瞬間、その視線を受け止めたジェイクが叫ぶ。


「ロッテ!」


「――サンダーバースト!」


 息の合った連係攻撃! 反撃に移っていた魔人は躱せない! 迸る雷が魔人を捉える!


「ぐおおおおおおっ!」


 電熱に灼かれ、魔人が苦悶の声を上げる。


「あ、当たった……?」


「――まだだ!」


 初めて魔法が命中したことにシャルロットは驚くが、ジェイクに油断はない。今なら射抜ける――ジェイクは剣を石畳に突き立て、弓を構える。


 ――ジェイクの早射ち! 必殺の矢が魔人を襲う!


 しかし魔人は魔法のダメージに苦しみながらも、負傷した左手で矢を掴んで止めて見せた!


「ちぃっ――」


 弓をしまい、突き立てた剣を抜く。魔人を睨んで身構えるとその魔人が矢を放り捨てながら口を開いた。


「――……認めよう、勇者よ……最早お前――お前たちは愉しんで狩れる相手ではない。魔王軍幹部のこの俺に迫る力を持つ強者だ」


 全身に傷を負った魔人――しかしそれでもその身が放つ圧倒的な力に衰えは見えない。むしろジェイクとシャルロットを強敵と認めたことで奢りからくる隙がなくなり、二人の目には無傷の時と変わらず強敵として映っている。


「ここで殺さなければいずれその剣、魔王様に届くかも知れぬ」


「……簡単に殺されてやるつもりはない」


 ジェイクがそう告げると、魔人から放たれる剣気が薄れる。


「――そうまでしてどうして俺に――魔王軍に抗う?」


「……は?」


「理解できん。いかにお前らとて本気を出した俺には敵わん。己の命を散らして俺に刃向かう理由はなんだ?」


「そんなこと――あんたたち魔王軍が人間を殺したから!」


 たまらずシャルロットが叫ぶ。すると魔人は声を荒げることもなく、


「それが戦争というものだろう。つまり魔王軍が人間の住む世界を侵略しようとするから人間として魔王軍に抗う――そういうわけか」


「――当たり前でしょ!」


「そうか。ならば話は早い――勇者よ、魔王軍に下れ」


「「!?」」


 魔人の降伏勧告! ジェイクとシャルロットは混乱している!


「それほどの力、殺すには惜しい――魔王軍としてその力を振るえば人間たちなど容易く蹴散らし、人間界を支配できるだろう。それに魔王軍に与するのなら敵対する理由もなくなる。それだけの力、我らが軍門に下るのならば魔王様もお喜びになるはずだ」


「……俺の抹殺を命じられてるんじゃなかったのか?」


「刃向かうのであれば厄介な存在だが、味方ならば頼もしい。お前たちならすぐに魔王軍の幹部になれるだろう」


「――ふざけないで! 勇者が魔王軍に与して人間を滅ぼす手伝いをするなんて、そんなこと――」


 シャルロットの反論! しかし魔人はそれを聞き入れない!


「娘、お前には聞いていない。勇者よ、どうだ――共に魔王様のためにその力を振るうというのは。我ら魔将軍は人間界を支配した後、それぞれ侵略した大陸を賜ることを約束されている――お前たちが俺たちの仲間になるというのなら、この大陸の半分はお前たちにやろう」


 魔人の甘言!


「なに、人間たちを一人残らず滅ぼしたりはせん。掠奪も蹂躙もできなくなるからな――この国の半分をお前が好きにできるようになるのだぞ? 悪い話ではないだろう」


「……一つ聞くが」


「――ジェイク!?」


 まるで応じるつもりのようなジェイクの態度に、シャルロットが困惑の声を上げる。ジェイクはそれを視線で宥めて魔人に尋ねた。


「……魔王はどうして人間界を支配したいんだ?」


「魔王様はこの地に神界を堕とすつもりでいらっしゃる。人間界の支配はその準備に過ぎん」


「神界を……?」


「ああ。そして神々を滅ぼしこの世の全てを我ら魔王軍のものにしようとお考えだ――勇者よ、ともにその覇業を成し遂げようではないか。富も女も――魔族、人間、神族――どれも思いのままだ」


 魔人のその誘いを――


「断る」


 ――ジェイクはノータイムでNOと答えた!


「ジェイク――」


 信じていた――そう言わんばかりのシャルロット。そして、


「……お前ならそう言うのではないかと思っていた」


 どこか悟ったような魔人。


「じゃあなんで誘ったんだ」


「――言っただろう、殺すには惜しい力だと」


「だから、簡単に殺されるつもりは――」


 ない。そうジェイクが言いかけた時、辺りに異変が起こった。立ちこめていた瘴気が晴れていく――いや、魔人に吸収されていく!


「俺の真の姿を見ても同じことを言ってくれよ、勇者」


 そう告げる魔人――その姿が瘴気を吸収し、変質していく。人型だった体が大きく膨れ上がり、腕や足が太く、頭部は歪に――


「――、そんな」


 シャルロットが震え声で呟く。ジェイクは呆然と変身する魔人を眺めていた。その姿は、ルチアに見せられた未来の運命――その中で見た異形の怪物と一致する。


 ――魔人は異形の怪物に変身した!


「……お前、その姿は――」


「生半な傷を負わせても回復されてしまうからな――一撃で殺せるよう神殿の封印に回していた力を回収したまで――さあ勇者よ、己の選択を後悔しろ」


 魔将軍・魔人ゲイルが本性を現わした!



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