エボルヴ
河田要
第1話 炎の記憶
「誰か……いないのか……!」
帰ってきた世界は、地獄だった。
「なあ!」
炎の道を走る。
いつも大きかった家々は炎に包まれ、崩れて転がる。
世界が炎で満たされた。
友人、知り合い、家族。誰一人として見つからない。足元に転がる黒墨のナニカから目をそらしながら、足を進めた。
ぱちぱちと音を立てて燃える瓦礫。
「返事……してくれよ……」
最悪な現実。小さな体には支えきれない悪夢。
灼熱に焼かれ、黒い煙の中を進む。
力は次第に奪われ、眩暈がする。
ああ……俺は……。
気力か体力か。どちらが失われたかわかない。ただ、魂が消えて足元から崩れ落ちた。
瞬間——。
「うわああああっ!?」
突風が押し寄せ体ごと吹き飛ばされた。風は煙を切り払い、瓦礫を押しのける。
「くっ……」
地に胸を打ち付けた。目に砂が入り、涙が流れる。生理現象なのか悲しみなのかも分からない。
立ち上がる気力すら、今の俺に残されてはいなかった。次第に、砂に身を預けるのが心地よく感じた。
真っ暗だ。このまま寝るのも、悪くない……。生を諦めかけたそのとき、声が聞こえた。砂塵の中のような、ノイズまみれの声が。
「君が、最後か……」
人間。
人の声がした。
俺の他に、生きてた。生きてたんだ……!
その声は希望。唯一の救いだった。
とっさに砂の大地から顔を上げて——息が止まった。
希望が疑心へ変貌する。
だって、現れたのは人じゃない。
炎に包まれ、黒煙を纏った、大きな黒い鋼鉄の巨人がそこには在った。
冷たい瞳で睨まれる。
とても暑かったのに、寒い。
何かが、何かがこみあげる。
「こんな……」
拳を握る。爪がてのひらに食い込んで赤が流れる。血流は再び熱さを身体に宿らせた。
最後に残された力を振り絞って、軋む体で立ち上がり、目の前の黒に感情を叫ぶ。
「こんな世界————」
◆
第一話 炎の記憶
「はぁ……はぁ……」
晴天の灼熱の中を歩く。
太陽じりじりと無慈悲に体を焼く。
砂の重さは足から力を奪い取る。引き上げるたびに鉛のような重りがまとわりつく。
見渡す限り何もない。真っ青な水平線。青と黄色に挟まれて、ただただ、歩き続けた。
「うおっ!?」
しかし、足を掬われ前に倒れこむ。
進まないと……。自身の命令に従うべく立ち上がろうとするも、ぴくりとも動かない。
水はとうに飲み干した。
食料なんて食いつくした。
「……マズイ」
視界が狭く、暗くなっていく。
瞼はひたすら重くなり、なにも考えられなくなる。白昼夢を見ているようだ。
最期に、行くべき場所を見ようと、水平線の果てに視線を向けると……。
「ひ、と……?」
黒いシルエットがこちらに近づいてきているような気がした。
「いや、あれは、ジジイの……」
最後まで言えずに、真っ暗な世界が訪れた。
◆
「……ここは?」
ぼやけた視界。真っ青な世界。これが海の中? 寒いな。
「ようやくお目覚めか」
気だるげな女の声が頭の上で響いた。
「誰、だ……?」
次第に焦点が定まって、世界がはっきりと映った。そして、息を呑んだ。
「ここは……」
不思議と親近感の湧く室内。
「なんだ、ここは!?」
真っ青な狭い一室。鉄の壁に温度はなく、ひどく居心地が悪かった。
しかし頭上にはそれとは真逆のものが在った。
「お前は……」
少女の顔がそこにはあった。
「レイカ・フリューゲル」
整った顔立ち。水晶の様な蒼い瞳と後ろで結った金色のポニーテール。だぼだぼのパーカー。青の空間も相まって、月のように美しかった。
彼女はのぞき込むように見下ろす。
見下ろしてくる。そう。俺は仰向けになっていた。彼女の膝の上に背中を乗せ、ひじ掛けの上に頭と膝が乗っている。
「『お前』ねぇ。助けてやったのに、随分態度でかいな」
「助けた……?」
全く身の覚えのないことに顔をしかめる。
「砂漠で倒れていたところを拾ってやったんだ。とりあえず、起きろ。正面に立て」
荒っぽい口調で促され、天井すれすれになりながらも、立ち上がる。
正面には椅子に座る少女。頬杖をついて足を組む。値踏みするように全身に視線を送り、口を開いた。
「さあ、教えてくれよ。外の世界のことを」
興味深そうに笑みを浮かべ、言い放った。
「外の……世界?」
楽しそうに訊く少女とは真逆。何を言っているのかさっぱり分からなくて首を傾けた。
「ああ、悪い。お前にとっては違うよな」
笑い飛ばして、問い方を変える。
「お前の故郷のこと教えてくれ」
「故郷……」
…………故郷?
違和感。正体は、すぐに分かった。
絶望に頭を抱える。
「何もない」
たどり着いた先は真っ白。
「記憶が、無い……」
何一つ、頭の中には記憶が存在しなかった。自分が何者かさえ分からない。
「はあ?」
眉を顰め、余裕そうな笑みは困惑に塗り替わる。
「冗談よせよ。記憶喪失とか言うなよ?」
その問いに首を縦に振るしかなかった。
「おいおい、まじかよ……」
頭を抱え、沈黙する少女。顔を歪めて悩んだ末……「うん。」頷き顔を上げ、足を俺の胸に向かって突き出した。
「捨てるか」
「え——?」
瞬間。無重力に包まれた。
後ろに倒れていく。
「うわああああっ!?」
風が背中に吹き付け、空から落ちるみたいに重力のまま落下していく——。
「!?」
突如。首根っこを掴まれて、落下が止まる。何が起こったか分からないまま、重力に反して、体は空へ浮き上がる。
「これは……!?」
ゆっくりと上へ引き上げられた。
下を見ると砂漠の大地。高さ10mはある。落ちたら骨折は待逃れない。
そして正面には黒い塔? が在った。
真っすぐに聳え立つ塔。目の前にある長方形の穴。その中にレイカが居る。
訳が分からず硬直していると、彼女は椅子から立ち上がり、鼻で笑った。
「みじめすぎて同情しちまった……。チャンスをやるよ」
一歩二歩。
暗い穴の中で歩く。日陰の中、金色の髪が左右に揺れた。
「この世界について話してやる。終わるまでに思い出せなかったら、お前はここで捨てていく。そして、おれは元の世界に帰る」
抗議の声を上げようとした瞬間、抑止するように大きな声を上げて話し始めた。
「千年前に、世界は枯れた!」
□
千年前。原因不明の気象変動で海は枯れた。地球は砂に満ち、人類の9割以上が死滅。
残された人類は絶滅の危機を逃れるために、とある生存区を確立させる。
大きな壁に囲われた円形の都市。そこは水で溢れ従来の地球の姿を取り戻し、発展していった。
直径900kmの小さな円でしか生きられない。
壁の中以外で人は死ぬ。それがこの世の常識だった。
しかし、ある男が常識を壊した。
彼は壁を突き破り、外の世界へ旅立った。
本来、人の生きられない灼熱の世界。誰もが思う無謀に挑戦したのだ。
そして十年経った今まで、彼が帰ることはなかった。
行方をくらませた男の所在。考えられる選択枝は二つ。野垂れ死んだか、人が生存できる環境があったか。
その調査の為、レイカは外の世界に旅立ち、男を探した。
探索の末、彼女は後者だったと確定させる証拠を発見した。
「それがお前だ」
□
非現実的な事実。
分かるのは、世界には俺の知らない都があり、研究のため、俺を生き証人として都に連れ帰ろうとしたことだ。
「俺が人の存在を証明できたってことか」
「そーゆーこと」
満足そうに頷いたあと、だがさ。と付け加え睨まれる。
「記憶喪失は要らないんだよ」
生存不可能な区域に人は生きていた。その事実さえ持ち帰れば、調査員としては十分な成果だ。
「…………!」
思って、気づく。
俺は彼女に対して、何一つ有益な情報を持っていない。
「で? 何か思い出した?」
「いいや……」
首を横に振ったとき、
「そ」
襟足を掴かむ力が緩むのを感じて、とっさに声を上げる。
「待ってくれ!」
服がずり落ち、落下しそうになるが、構うものか。出てきた言葉を言い放つ。
「俺はやらなきゃいけないことがあるんだ! お前のためならなんでもする! だから助けてくれ!」
空中の身体が安定したとき、カツン。カツン。と足音が響く。
「いいな、それ」
口元に三日月を浮かべ、金色の少女は胸倉をつかんで、引き寄せる。
「お前はおれのモノだ」
瞳の奥を見つめられ、告げられた。
「構わない。助かるよ」
日の光を浴びて、彼女の青い瞳と金色の髪が輝いた。その色彩は、俺の一瞬を奪い取った。
もし捨てられれば、帰る場所すら分からない砂漠をさまようことになる。
俺はまだ死ねない。なさねばならないことがある。
正体不明の使命が俺を動かしている。それが、感じられたのだ。
◆
塔の中に引きずり込まれ、ドアが上下から閉まる。光は地平線のように細くなって、再びここは密室に変わった。
チャリン――。部屋に飛び乗ったとき、腰から金属音が響いた。
「なんだこれ」
レイカは呟いて、音源へ手を伸ばす。
ぶちりと、ベルトに付けられた何かを引きちぎる。
「ドッグタグ?」
二枚の銀色のプレートを眺めて、
「クロガネナギト」
不意に彼女は呟いた。
「?」
「名前だよ。どうせ忘れてるんだろ?」
「……ああ」
俺の、新しい名前か……。
クロガネ、ナギト。
「クロガネ……」
「かっこいいだろ? タグに書いてあった」
……。
「違う……。その名は俺には早い」
「はあ?」
「俺にも分からないんだ。だが、違うんだ……」
「~~~? じゃあ、何がいいんだよ?」
俺の名前、忘れちゃいけないものを刻みたい。
「炎」
——!
なにかを、思い出しそうな……。
「消えない炎が良い」
「炎、ねぇ」
記憶をたどるが、一文字しか出てこない。くっそ、もどかしい。
「焔……」
呟きで現実に引き戻される。
「焔ナギト。それが、お前の名だ」
椅子に腰かけて、偉そうに言った。
「焔、か……」
響きに自分らしさを覚えて、自然と口端が上がる。
「ああ。俺らしいや」
納得して、頷いた。
「笑顔、似合ってるぜ。さっきの泣きっ面よりな」
「泣いて無いぞ!」
「捨てられて喚いてたじゃんか」
こばかにされた瞬間、ガタン——。と室内が揺れた。
「着いたな」
「着いた……?」
疑問を抱くと、ピコン。音を立てて俺の背後が光る。振り返ると——
「……すげぇ」
風景がモニター一面に映し出されていた。
「これが、人類最後の都。リーベルアルトだ」
一面に映ったのは白く聳える大きな壁。
砂の大地のなかにこんなものが……。
「お、あそこから入れそうだな」
息を呑んでいると、モニターが上下に揺れ、壁がどんどん近くなる。
「これ、乗り物だったのか!?」
「言ってなかったな。ま、どうでもいいさ」
軽く流され、たどり着いたのは亀裂の入った壁の前。
「ここから侵入するか……」
レイカが言った瞬間、ドカン——と轟音が響き、
「うわあっ!?」
壁が内側から破壊され、黒煙と共に瓦礫が飛び散った。
「アイツ……盛大な出迎えだな」
少女はニヒルに笑う。
俺は映像が見えるように椅子の隣に立つ。
部屋はゆっくりと上下に揺れる。煙の中を前進しているのだろう。
黒をかき分けて、煙の晴れた都が顔を出そうとする。
どんな場所なんだろう……。
水に溢れた平和な都。
期待に胸を膨らませ、煙が引くのを今か今か待っている。
そして黒煙が消え去り――心臓が止まった。
「なんだよ、これ……っ!」
現れたのは、地獄だった。
目の前に映るのは
「くっそ、当てが外れたっ!」
壁の先の世界は——地獄だった。
高台の上から世界を見下ろす。燃える街。鳴り響く大きな銃声。無抵抗に人が殺される。街が壊される。殺しているのは……
「巨人……」
無機質な鋼鉄の巨人——ロボットだった。
「くっそディバインかよ! ついてねぇ!」
悪態をついた瞬間。室内が大きく変形する。
「でぃ……? なんだよそれ⁉」
椅子の左右からはレバーが。正面モニターの下には小型モニター(レーダー)。手元にはキーボードが展開された。
「少し黙ってろ。今すぐ回避ルートを……!」
高速で動く指先。キーボードの打鍵音が響く。
もう一度、モニターを見上げる。
「都ではこれが普通なのか……!?」
心臓が引き裂かれそうな惨たらしい光景が続く。
剣を振る巨人は容赦なく家々を分断している。
「こんなのって……!」
「チッ……。ごちゃごちゃうるさい!」
手を止めずに、レイカは続ける。
「街をぶっ壊してるのは『ディバイン』。チープに言えば悪の組織。んで、破壊の道具がエボルヴ!」
俺を黙らせるが如く、全てを吐き捨てるように説明した。
「そして、今おれたちが乗ってるのもエボルヴだ!」
この棟がエボルヴ……!?
「だから安心して黙ってろ。絶対に安全な所まで連れて行く!」
それって……。
「放っておくのか!?」
「……ああ」
冷たく諦め、どこか傍観したように答える。
「そんなのはダメだ……」
眼前の光景を見て歯を食いしばる。
「街が壊されて、人が死んでいくのを黙って見過ごすなんてできない!」
「うるせぇッ!」
レイカは立ち上がり、胸倉を摑まれ壁に背中を叩きつけられる。
「力もないくせに喚くなよ!」
殺気を纏った剣幕で睨みつけられる。その声音は、ほんの少し震えている。
「力なら……ある。俺たちだってエボルヴに乗ってるんだ! 誰かを助けられるかもしれない!」
「たった一機で立ち向かうなんざ自殺行為だ」
彼女の声は低く、冷たく変わっていく。
「力ってのは自分を生かす為に使うんだ。持ってないから死ぬ。それだけだ」
「…………」
悔しい。
見ているだけの自分が悔しい。奥歯を噛んで惨状を横目に見る。
「それでも……力は持ってる奴が持たない人の為に使うべきなんだ!」
「ふざけるなよ……!」
「ぐ……っ」
頭を壁に叩きつけられ、ゴン——。と鈍い鉄の音が虚しく響いた。
くっそ……。
なぜ、俺は何もできないんだ……!
この景色を繰り返えさせない。そう誓ったはずだ……!
誓い……!
————!?
記憶が……。
「があっ!?」
ドクン――心臓が跳ね上がる。
炎の景色をトリガーに頭を締め付ける激痛が奔る。
痛みと共にフラッシュバックする風景。
暗い闇の底。身を焦がす太陽。そして……炎に包まれた故郷。
最後に、忘れてしまった男の声が胸の奥で木霊した。
『進化しろ《変えろ》――』
息が止まる。
「はぁ……っ、はぁ……」
冷や汗が背筋を伝う。荒れた呼吸を整えて、胸倉を掴む少女の瞳を見つめる。
「思い出した……。たった一つだけ」
心臓をむしって、迷いなく言い放つ。
「俺は退けない」
「…………!」
一言に固まって彼女の手をそって握って、下に降ろす。
そして、最後の感情を言葉に乗せ――
「変えるんだ……この世界を!」
貫いた。
瞬間。電力が落ち、暗闇に包まれる。
レイカの横を過ぎ去り、コックピットに座る。
「おいっ!」
瞼を閉じ、左右のレバーを強く握る。
ファンが唸る。
身体《機体》はぎこちなく、無理やり動き出す。
俺の使命。それを果たすために今ここに居る……。
心の奥底の地獄と今の地獄。両方を重ねて抱き――
「悪いが付き合ってもらうぞ。俺の革命に」
告げた。
室内が藍色に染まる。
『認証 パイロット 焔ナギト』
真っ暗な画面に俺が表示され、炎にまみれた世界が再び映し出された。
「主導権が奪われた!?」
機体は俺をパイロットとして許した。
「絶対に変えてみせる」
戦える。誰かを救える機械仕掛けの大きな手足が、俺のものになる。
「在り得ねぇ……!」
頭を掻きむしって舌打ちをする彼女は、ガン――と、歪んだ顔で鉄の壁を殴り
「くっそ、こうなったら自棄だ! 付き合ってやるよ。お前の革命とやらに!」
吹っ切れた。
「死んだらあの世でぶっ殺す!」
「あぁ……」
胸の中で彼女に感謝し、倒すべき敵を睨む。世界を破壊する兵器。エボルヴを。
覚悟を決め、レバーを強く押し出し、
「焔ナギト 出る!」
炎の海に飛び込んだ。
◆
火包まれた戦場を匍匐先進で移動する。
「オレの声は外に聞こえないようにした。助言が筒抜けじゃかなわないだろ?」
「助かる」
レイカはモニターを睨んだ。
「来るぞ」
冷たい声。
建物の影から彼らの目の前に一機の黒いロボット……エボルヴが姿を現した。
「軍の機体じゃない……貴様、何者だ?」
機体から声が届く。
敵は銃口を未知のエボルヴに向けた。
深いため息を吐き、ナギトの瞳から光が消える。
決戦に腹をくくり、レバーを強く握りしめ、小さく口を開く。
「さあ、何者なんだろうな?」
直後、ナギトはレバーを押し込み機体を動かす。
敵に向かって駆ける。
「――っ」
敵は怯んで一歩出遅れる。
「遅い」
冷たい声が響く。
ナギトの操る機体は態勢を低くし、腰に装備されたナイフを取り出しながら一瞬で距離を詰める。
敵が引き金を引く瞬間には懐に潜り込み、バッ、ガキン――。銃声よりも早く金属音が鳴り響く。
ナイフが胸を貫いた。そこは敵の急所。パイロットが乗るコックピット。ナギトは躊躇なくそこを狙い、一撃で仕留めた。
制御不能となった機体は足元から崩れ落ちる。
「なんなんだよ、お前……」
レイカが唖然とする。
当然だ。彼はエボルヴと無縁の世界で生きてきたはず。なのに機体を自在に操り、敵を殺した。
「パイロットは生きてる」
淡々と言う。
「だが、次は殺す。生かすのは一人で十分だ」
敵機の腰に携えられた刀を奪って抑揚のなく言った。
「行くぞ」
「(さっきと雰囲気がまるで違う。なんだこの冷たさは……)」
◆
ナギトが少し眉を顰めると画面に自身のエボルヴの意匠図が現れる。そこには機体の武器も記されていた。
手榴弾二つ。ナイフ一本。銃が一丁。奪った刀が一刀。
「なるほど」
潤沢ではないものの十分戦える装備だ。
黒く燃えるビル群を突き進むと右前方に敵の影を見つける。
物陰に隠れる。敵の死角。腰部から手榴弾を取り出し、空中に放った。
敵の上部に位置した瞬間――銃弾をそれに打ち込んだ。
見事に命中し、花火のような爆発が巻き起こる。
「なんだ⁉」
目論見通り、敵は空へ意識を向けた。その隙に――
「はあっ……!」
刀を敵の背部に突き刺した。
高温を纏ったそれは容易く敵を貫く。
刀を抜くと、爆散し劫火がナギトを包んだ。
彼はエボルヴの武器の高熱を発生させるという特性を理解し、使いこなした。
「次だ……」
感情を出さずに機体を動かす。
市街を駆ける。敵に遭遇する度に奇襲をしかけ一瞬で片を突ける。彼の通った後には無残に機体の骸が転がった。
◇
ピピッ――
敵集団、ディバインのパイロット同士で通信が始まる。
「おい、なんだあの機体! 見たことが無いぞ」
「あの動き、早いなんてモンじゃない!」
「ガルダー、お前なら倒せるだろ!」
「何とかしてくれよ!」
狼狽えたメンバーたちは隊長であるガルダー・ネアに口々に訴える。
「ごちゃごちゃごちゃごちゃうるせぇよ!」
拳をひじ掛けに叩きつけ、声を荒げる。
「お前ら……なんで戦ってんだ!」
「………」
問いに誰一人として口を開かない。
「この世界をぶっ壊したいからだろ? 覚悟決めてここに来た。ならよ、テメーが壊れるまでぶっ壊せ! 願いを勝ち取れ!」
「…………」
彼の訴えに皆、黙ることしかできなかった。覚悟が、できていなかったのだ。
仲間の哀れさに、戦闘狂は深いため息を漏らす。
「……もういい。お前らは用済みだ。撤退するなりなんなり好きにしろ」
ピピピ——
ガルダーの機体に通信が入る。
「ガルダー、大変だ、シロガネが来やがった……!」
その報告に口元が歪む。
「くくくくくっ……最高だ。未知の機体、アンノウン。戦場の死神、シロガネ。こんなに面白いことは久々だ……」
「う、うわあああああ!!?」
叫び声と爆発音を最期に通信が遮断された。
「さあ、来いよ! ぶっ壊してやるからよお……!」
◆
レイカが眉を顰める。
「ん?」
モニター下のレーダーに苦い顔を向ける。
「どうした?」
ナギトは敵を次々と無力化しながら街を突き進む。
「おかしいんだ……」
口元に片手を当てて言う。
「あの一番燃えてる所を目指してるんだろ?」
「ああ」
目的地は今も爆音が絶えず、燃え盛る坂の上の都市。
「レーダー逆側の機体がどんどんロストしていくんだ」
「どういうことだ?」
「お前と同じで、たった一人でディバインに喧嘩売ってるヤツが居る」
「味方、なのか?」
「分からない。軍なら物量で鎮圧するはずだ。けど一機だからヤツらじゃない。なんか嫌な予感がする……」
「どうして?」
「オレの勘は当たるんだよ。特に嫌な予感はな……。とにかく気を抜くな。戦いを終わらせるんだろ」
「……ああ」
◆
「酷いな……」
ナギトは惨状を目にして呟いた。
彼らは敵軍を鎮圧し、坂の上の街までたどり着いた。そこでは一つの機体がただひたすらに街を壊していた。
持つ武器は刀のみ。他はここまでの戦闘で使い切ってしまった。
「ん?」
敵が現れた未知の機体の方を向く。
「おお、アンノウンか。待ってたぜえ……」
黒い敵機はハンマーを担ぎ上る。そのパイロットはにやりと笑った。
「お前がこの街を壊したんだな……」
「ああ。そうだ。実にいい気分だ」
「ここはまるで地獄だな……」
惨状を見回して、ため息混じりに呟いた。
「そうだ。この世界は地獄だ! 生きても死んでも地獄だ! だから俺は地獄を作り、愉しむ。お前も俺を愉しませろ!」
「……分かった」
「ああ?」
「お前を殺して、この地獄を変えてやる」
ナギトはレバーを握りしめ機体を加速させ突進する。
「ハハハッ、早速やろうってか! いいねぇ!」
「はっ!」
ナギトは敵との距離を詰め、上から刀を斜めに振るう。が、
「こんな棒っ切れで倒せると思ってるのか?」
一振りは下から持ち上げられたハンマーの柄で防がれた。
「くっ……」
拮抗し、火花が散る。
「判断が遅せえ!」
敵は肩パーツを変形させ砲台を出現させる。
「なっ……」
ナギトが怯んだ頃にはもう遅く――
「壊れろや!」
砲弾が発射されナギトの胸部に命中する。
「がっ……!」
そのまま後ろに吹き飛ばされる。両足で地面を擦りなんとか推しとどまった。
機体からは煙が噴き出る。大破まで後一歩というところで何とか凌ぎ切った。
「今までのヤツとは違う……」
驚き、目を見開く。
「そうか……ガルダー・ネアか!」
黙って観察していたレイカが気づいてはっとする。
「ガルダー?」
憎しみの混ざった苦い顔をして、レイカはぎこちなく言葉を続ける。
「ナギト……お前の実力は半端じゃない。だが、だからこそ言う。ヤツには敵わない。撤退しろ」
彼女の声は恐怖を押し殺す様に震えていた。
「おいおい、まさかこれで終わりじゃないだろ? もっと愉しませろよ」
動かず立ち尽くすナギトを嘲笑いながら、ゆっくりと寄って来る。
「俺は退かない」
敵を睨む。
「なんでだ! お前はオレのモノだろ、従えよ!」
もっともだ。約束を破ろうとしている。だが、俺は……
「革命を……世界を変えなくちゃならない」
「なんでそこまで拘る!」
「ここで逃げてもヤツ生きる。逃げは問題の先送りだ。いずれ倒す。だから今倒す」
決して意見を曲げない。決まった覚悟を揺るがさない。
「今は敵わないから言ってんだろ!」
迷いと不安が渦巻くレイカに、
「吹っ切れたんじゃなかったのか?」
冷たく言い放った。
「――っ!」
ばつが悪そうに顔を歪める。
「やらせてくれ。お前は絶対に守る。そして、世界を変える」
言いくるめ、刀を構える。
「おお? やる気になったかぁ!」
ガルダーはハンマーを肩に担ぐ。
「ああ。お前を倒す」
「寝言は寝て言え!」
敵はハンマーを振り下ろす。ナギトは素早くそれを躱す。
得物は地面にたたきつけられた。
隙が生まれる。ナギトは敵の横に回り込み、ガルダーの半身を斜めに切りつけようと、振り上げる——
「もらった」
「甘いんだよ……」
敵は脇の下から銃を通し、ナギトを手元に向かって発砲した。
「片手ならくれてやる」
刀から手を放して、左の掌で弾を受ける。
「代わりにお前の腕を貰う」
力まかせに右手を振り下ろした。
「なに⁉」
斬撃はガルダーの右腕に命中し根元から切断した。
「これで砲台は使えない」
斬撃は砲台のパーツを抉った。
ナギトは刀を振り上げ追撃を繰り出そうとするも
「くっそ……」
ガルダーはハンマーを捨て後ろに下がり距離をとる。
「逃したか……」
レイカは思う。
「(ナギトが押してる……?)」
「もう、終わりか?」
片手で刀を構え、挑発的にガルダーへ問いかける。相手の心を乱すため。
「くくく……。俺をここまでコケにしたのはお前で二人目だ……。安心しろ。ぶっ壊してやるからよ!」
ガルダーは背中から剣を抜き突進する。
「オラッ!」
片手で剣を振りかぶる。
「……」
ナギトはそれを刀で弾く。
隻腕の機体同士の攻防は続く。
剣と刀は重い金属音を立て、火花を散らしながら相殺を繰り返す。
「はあっ!」
ガルダーが力いっぱい剣を振り下ろす。
「くっ……」
重たい一撃を受け止めるが、耐え切れずに刀に罅が入る。
「もう終わりか?」
ガルダーの追撃。横一閃の大きな一振りをナギトは躱し、一歩退いて態勢を変える。
ナギトの刀は熱を帯びる。赤く光る剣身を地面と水平に、腰を低く落とす。
横一線に振るった反動。ガルダーは腕を広げ、切先はあさっての方に向いていた。胸部はがら空き。守るものは何もない。
「見えたっ……!」
背部のジェットを噴射。
一瞬で距離を詰め、胸部に向かって水平の刀を突き出す。
あと少し、胸に切先が届き、決着がつく――——はずだった。
「残念だったなあ」
ガルダーはにやりと笑う。瞬間、機体の胸部パーツが展開し、大きな大砲が出現した。
「なっ⁉」
とっさに身を捻り勢いを止め、軌道を変えようとするも遅い。
「あばよっ!」
極太のレーザーがナギトを包む。
「うわああああああああ!!??」
レイカが叫びながら機体ごと吹き飛ばされる。
―――—……。
光が線、点となって収まる。
ナギトの機体を中心に黒い煙が立ち上った。
ガルダーは口元を歪めながらそれを睨む。跡形もなく消え去った機体を見たいが為に。
「ちっ……」
舌打ち。
煙が引くと、そこには歪な機体が佇んでいた。
半身だけの機体。半分は熱で溶けたが片足、片手、半身はあの攻撃から逃れたていた。
「まあいい。残りはこれからじっくり壊すだけだ」
◆
「……」
半分コックピットが抉り取られて、電力が停止した真っ暗な機体。その中でナギトはただガルダーを睨んでいた。
「油断、した……。ヤツに……あんな奥の手が、あったとは……」
息を切らしながらかすれた声で自らを叱咤する。
そんな彼を見てレイカは血の気が引いたように体を震わす。
「おい……嘘だろ」
「……」
ナギトはか細く息をする。
「ナギト!」
「しくじった……」
声を震わせる彼女の目に映ったのは、左腕を失い半身を血に染めたナギトの姿だった。
「早く手当を……!」
「そんな暇は……ないだろ」
「でも……このままだったら死んじまうだろ!」
「その隙に殺される……」
ナギトはガルダーの後ろに目を向ける。
「銀……色……?」
彼の視界にちらりと銀色の影が動く姿が映った。
「何言って……おい! 大丈夫か!?」
衰弱したナギトは目を瞑り右手で頭を抱えた。
「ぐぅッ……」
◇
頭にノイズが奔る。一番大きな頭痛と共に、ぼやけた記憶が頭を駆け巡る。
男――老人が俺に言う。
「絶対に……この力は使ってはいけない」
「何故?」
「君が君でなくなってしまうから」
◇
「――っ」
ナギトは目を見開く。
「おい、ナギト!」
「大丈夫だ……」
返答して彼は右手で胸元を探り、首から下げているモノを確認した。
「あった……」
それを首から外し右手で握りしめる。
「それは……?」
荒く削れた青い宝石を見つめる。
「世界を救う鍵だ……」
煙が完全に引き、ナギトの目には敵の姿がはっきり映った。
◆
「おお!?」
ガルダーは風穴の開いたコックピットを見て素っ頓狂な声を出す。
「なんだよ、二人で乗ってたのか!? カハハハハ! 信じられねぇ」
頭を抱えて一頻り笑った。
「……褒めてやる。よくやった。俺とやり合えるヤツなんてお前とアイツくらいだ」
半分の機体に向かって剣を構える。
「腕が逝って痛いだろう……。せめてもの敬意だ。一瞬で殺してやるよ」
「まだだ……」
か細い声でナギトは抗う。
「あ?」
「まだ……終わってない」
「……」
息を切らし、血を流して足掻くナギトにガルダーは哀れむような視線を送る。
「似ているな……お前は俺だ」
ゆっくりと剣を振り上げる。
ナギトは宝石を強く握りしめた。
「(躊躇うな。世界を変える為なら……俺は俺を壊す)」
ナギトは宝石を握った右手を突きだし叫ぶ。
「リレイヴ!」
パキン――宝石は握り潰され、砕け散る。その青い欠片は粒子となってナギトと機体を包んだ。
「なんだ⁉」
輝く粒子はナギトの腕を模る。そして機体までをも青い光が包み本来の――否。新たな形を作っていく。
「――!」
ガルダーは剣を止め、その様子に唖然とする。
真っ白な眩い光が放たれた。
「っ……」
レイカは眩しさのあまり腕で目を隠した。
…………
光が、収まる。
「嘘、だろ……」
目を開けるとそこにはありえない光景があった。
「腕が、治ってる……?」
そこには元通りに二本の腕があるナギトが居た。
「なんだと……」
ガルダーは目を疑う。
光の中から現れた四肢のある全く形が変わった機体が出てきたのだ。
黒き鋼の機体は青く輝く粒子を発しながら、ガルダーと対峙した。
「まさか、コイツ……!」
ナギトはゆっくりと目を開き、レイカを見つめて、呟いた。
「……ありがとな。レイカ」
ほんの少しだけ寂しそうに笑ってみせた。
「ナギト、お前……」
両手でレバーを握りしめ、覚悟を決め、ガルダーに向き直る。
「待たせたな」
「くくく……お前は最高だ! まさかクロストリガーだったとは!」
その言葉にレイカは目を見開く。
「なんだって⁉」
ナギトは刀を構える。先程の一撃と同じように剣身を地面と平行に。
「御託はいい。決着をつけるぞ。ガルダー」
「いいねぇ! そうこなくっちゃなあ! 真っ向から来い! 最終ラウンドだ!」
ガルダーは再び胸部パーツを展開しエネルギーを貯める。
「さっきと同じ攻撃だ。打った瞬間に避けて、回り込んで仕留るぞ!」
「できない。後ろの街はどうなる?」
「それは……」
「俺この街をこれ以上壊させない」
ナギトはレイカを見つめて言う。
「……分った」
ため息をついてほんの少し笑った。
「オレも腹くれた。絶対勝てよ」
「ああ……!」
ナギトの機体の背部が展開しブースター現れる。
「お前、名前は?」
ガルダーが訊く。
「焔ナギト」
「刻んだ。お前の名前を。焔ナギト! お前をぶっ壊す!」
ナギトはガルダーの言葉に口角を上げる。
「やってみろ。これが最後の一撃だ……」
青い粒子は炎となってナギトの剣に纏いつく。
「言われなくてもやってやる! 受けろや!」
全てを込め、叫ぶ。
「カタストロフ――!」
大砲から先程とは比べ物にならない程の巨大なレーザーが放出される。
ナギトの体から青い粒子が出る。機体に電流が奔る。
息を吸い込みレバーを握りしめる。
「鎖残火《サザンカ》――」
右のレバーを一気に押し込む。
レーザーに突進し触れ合う寸前。ナギトは刀を突き出した。青い炎を帯びた刀は輝きながらレーザーを打ち砕いていく。砕かれたレーザーは光の粒となって霧散する。
「はあああああああっ!」
背部のブースターによる加速でレーザーを薙ぎ払いながら前へ進む……!
「壊れろッ!」
レーザーの威力は更に増し、ナギトの勢いを殺す。
「俺が消えても……。世界を……変える!」
叫ぶ。熱く、大きな声で。
瞬間。機体の目が青く光る。ナギト自身からも青白い光が淡く発せられる。
「うおおおおおおおおお!」
刀の炎は更に大きくなり――否。刀ごと大きくなり、レーザーを切り裂いていく。
「とっどけえええええええ!」
もう一段レバーを押し込む。
「なっ!」
一瞬で距離を詰められたことに気づき反射的に声を上げる。
刀が大砲に、届く。
「これで、終わりだあああ!」
そのまま刀を押し込み機体に突き刺す。
バキバキと音を立てながら固い装甲を串刺しにしていく。
「バカな! 俺が、負ける?」
ガルダーは薄ら笑いを浮かべる。
「俺の、勝ちだ……!」
コックピットを砕く切先はガルダーの目の前現れる。
破損部から電流が流れ絶望を煽る。
「焔………ナギトおおおおおおおおおお!」
悔しさからか、それとも呪いか。その叫びはナギトの脳に刻まれる。
声が消える頃、刀は機体に風穴を開けた。
勢いを止めることなく、そのまま前へ突き進む。
刹那の一撃は炎が消える最後の一瞬のように、はかなく、明るく、美しく、力強かった。
背後で爆発が起こり、火の粉が舞い上がる。その炎は呪いの残火のように背後からナギトを包んだ。
止まり静寂が訪れる。
決死の覚悟の末、彼らは勝利を掴み取った。
「やった……」
レイカがぽつりと呟いた。
「……ああ」
ナギトと機体を覆っていた青い光は集束し、次第に消えていった。
「やったなナギト!」
レイカが抱き着く――が、
再びレバーを握り、機体を素早く一回転させ刀を突き出す。
「まだ、終わってない」
刀の先は銀色の機体の喉元に向けられていた。銀色の機体もまた、ナギトの頭部に銃口を向けていた。
「お前は何者だ……?」
問いかける。が、返答は無い。
「シロ……ガネ……」
パイロットより先にレイカが言った。絶望した声で。
◆
「シロガネ? ――っ!」
脳にノイズが奔る。頭痛が、酷い……っ。
「があっ――!」
咄嗟に片手で頭を抱える。
「!? どうしたナギト!」
レイカの声が遠い。
チカチカと目の前が白と黒にめまぐるしく点滅する。ドクンドクンドクン、心拍数が上がる。体中の血が逆流してるかの様な感覚。
これが……代償か……っ!
銀色の機体を睨む。
コイツを倒さないと……っ。
けれど気持ちとは裏腹に視界はどんどん暗くなり意識が遠のいていく。
「おい――ト!」
レイカの声が聞こえない……。
くっそ……無力さに嫌気がさす。
意識が途絶える瞬間まで俺は銀色の機体を睨み続けた。
◇
「――っ」
意識が覚醒し、俺は目を開ける。
俺は自分が仰向けになって寝ているのに気づいた。
辺りを見回す。薄暗い部屋だ。真っ黒な壁に淡い青色の線が灯る。
「目覚めたようだのう」
老人の声が聞こえた。
「……」
ベッドから降り、声の方向に体を向ける。
「お主、自分が何者だか分るか?」
老人は問う。
何者か……決まっている。俺は――
「焔ナギト。世界を変える者だ!」
エボルヴ 河田要 @kawada-dada
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