第2話 邪神官、弟子を鍛える その4

 孤児院の外周を100周走り込みの後、腕立て、上体起こし、スクワットを各200回。それが終われば、身動きできない状態で、幾重にも魔法の暴力に晒される。気を失っても治療魔法を受け、傷を癒やされ、意識を取り戻させられて、何度も何度も魔法を打ち込まれる。

 10日ほどそんな地獄に晒されて、クインは再び考えるようになった。魔法の連打に耐えるなどという、荒唐無稽なこの修業などクソ喰らえだと。

 なので、彼は――


「〈神の鎖―――〉」

「食らうか!」

「んな!?」


 魔法を避けることにした。


「こら! 逃げるな!」

「逃げるわ! ふざけんなよ! 何度も何度も魔法を撃ち込んできやがって! すげぇ痛ぇんだぞ!」

「痛くなきゃ修行になんないっての!」

「そんな修行があるか!」

「やかましい! さっさとお縄に付きなさい!」

 

 再び放たれる魔法の鎖。だが、走り込みと筋力トレーニングで鍛えた彼の身体が、生来備わっていた反射神経と同期し、迫りくる魔力の鎖を身体を反らして躱す。


「うらぁ!」

「ちっ! 素早い!」

「どうした!? 俺はここだぞ!」

「ああそう、ならこっちにも考えがあるわよ! 〈打ち据えよ、遍く、【連鎖聖槌・無辺】〉!」

「ちょ!?」


 迫りくる魔力の塊が、今までの5倍以上に増えた。続けざまに、途切れること無く、魔法の連打がクインに向けて打ち放たれる。


「お前、お前ホントに聖職者かよ!? こんなの普通に魔術士じゃねーか!」

「鍛えればこれくらいできるようになんのよ!」

「なんねーよ! 化け物かよお前!」


 しかし、この一週間、魔法に晒されたことで獲得した能力は、魔法を回避する能力だけではなかった。


「クソがァ!」


 クインは回避できない魔法に向けて、自らの拳を叩きつける。

 胴や頭に魔法が炸裂する前に、腕を犠牲にして衝撃波を打ち消したのだ。

 打ち消したといっても、代わりの部位で受けたというだけで、全くダメージがないわけではない。だが、例えばそれを腹に受けるのと、腕に受けるのでは、ダメージの深度が違う。

 足にダメージを受けなければ、別の魔法を回避できる。

 頭にダメージを受けなければ、意識を失うことはない。

 それに、腕で受けることで、魔法のダメージを軽減できるような気がしてきていた。ただ漫然と魔法を受けるよりも、明らかに痛みの具合が違う。損傷の度合いが違うのだ。

 彼は癪だったが、このとき、これが魔法への抵抗力の違いなのだと悟った。

 受けるとわかっているならばそれに備え、僅かでも受ける影響を低下させられるのだ。

 おそらくそれは、彼の身体の奥底に宿る魔力が、多少ながらでも頭を出し始め、地獄のようなこの苦しみをわずかにでも軽減できるよう、小細工を働きかけはじめたのだろうと、彼は考えた。

 そう、この修業は決して無意味ではない。

 ただ物凄く辛い。


「お前が最初の授業で言ったんだ。俺は”手を抜かせて”もらうぞ!」

「クインが楽を覚えやがったーッ!」

「だからお前が教えたんだろが!」


 100周を走り切るための術とそう変わらない。

 彼は魔法を躱し、受け流し、打ち消して、まるで雨のように打ち込まれる暴力に耐え続けた。

 走り込みと基礎筋力トレーニング。そして、魔法の回避と抵抗力の修行。

 これらの苦行は、さらに一ヶ月ほど続いた。



 やがて、クインは変化に気づく。

 芽生えた魔法への抵抗力が、ある日、膨れ上がって、体の外へと出たのだ。

 いつものように、彼は避けきれない魔法を敢えて拳で受け、ダメージを軽減しようとした。だがその前に、身体から抜け出た何かが先に、迫りくる魔法に触れたのだ。

 その瞬間、放たれた魔力はバチンと炸裂し、拳を痛めこと無く、リピューテリアの放った魔法を打ち消す成功した。


「え、あ…」


 驚きに隙を見せた瞬間、別の魔法の一打を頭に受けて、その日の修行は終わった。

 だが、目覚めた翌日、彼には明らかな変化が起きていた。

 魔法を受けずとも、ジワリジワリ、と、自らを守るように、汗が肌に浮くように、淡い光――そう、魔力と呼ばれる力が染み出してきたのだ。


「う…お……こ、これ…おい! リア! これみろ!」

「リアって誰よ…? ウチのこと…?」

「そんなことより見ろ! これ! 俺、魔力操ってる?」

「あー? あれ、ホントだ」

「おい、おいおいおいおい! 魔力操ってるよ、俺! やべぇ! 俺、天才なんじゃねぇのか!?」

「いや、別に…」

「ああん!?」

「一ヶ月もやってその程度しか操作できないんじゃ、まだまだよ。治療魔法を構成するのにどれだけ魔力が必要だと思ってるのよ…」

「どれだけって、知るかよ!?」

「仮に今のアンタの魔力を数字にしたら1ポイントの魔力ってところね。まともに治療魔法を使いたいのなら、せめて10ポイントはないとね」

「あんだけやってこれだけしか魔力を使えないんだけど、あの修行を10倍やれってことか!?」

「才能があれば、こんな苦労しないんだけどね…。でもま、よかったじゃない。おめでとう。お赤飯炊いてあげようか?」

「おせき…? よくわかんねぇけど、1ポイントでもなんか魔法使えたりするんじゃねぇのか!?」

「アンタ、それで私の魔法から身を守れるじゃない。あれも立派な魔法よ?」

「は?」

「気付かなかった? 【魔法盾】ってやつよ。ほんとは詠唱してから纏うんだけど、アンタ、昨日魔法を受ける直前に詠唱しないで発動させて身を守ってたじゃない」

「………」

「言ったでしょ? 剣を振りながらでも魔法を使えるように鍛えるって。【魔法盾】は防御魔法の中でも基礎中の基礎だから、反射的に使えるようになってもおかしくないわ。あの【連鎖聖槌】を掻い潜る中でそれを使えるんなら、もうアンタは正面きっての魔法の打ち合いで致命傷を避けられるわね」

「お、俺が魔法を――…」


 あれが魔法。

 ほとんど無意識だった。しかし、あれが魔法ならば、


「俺、魔術士になったってことか…?」

「ん? んー…まぁ、見習いってとこかしら…? でもそれにしちゃ、ちょっと系統が偏ってるけど…ま、いいんじゃない?」

「おっしゃぁっ! 俺! 魔術士になったよ! 魔術士だっ!」

「見習いだって言ってんでしょ!? 勘違いしちゃ駄目よ!」

「生まれてはじめてお前に感謝したぜ、リア!」

「ちょ」


 クインが急にリピューテリアの手を握る。そしてブンブンと、握った手を振る。

 喜びを全身で表現する彼を、リピューテリアは困ったように見たが「ま、いっか」と独りごちて、僅かに微笑みを浮かべた。

 かつて自分にも、こんな喜びがあったと思い出しながら。


 なお、その夜は何故か、赤い豆と一緒に炊いた雑穀が夕飯として出た。

 豆から赤い色味が出て、「不気味な料理だ」とリピューテリア以外の全員からクレームが出た。



 

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