第2話 邪神官、弟子を鍛える その3
しかし、人体とは不思議なもので、2ヶ月もすると、不可能と思われていた長距離の走り込みと筋力トレーニングが、自然と達成できるようになってきた。
長距離走で息切れした身体は、僅かな時間で呼吸を整えられるようになったし、些細なことではバランスを崩す事もなくなり、常に安定して走りきれるようになった。
タイムも縮まり、朝から開始すれば、太陽が空の頂点に登り切る前に達成できるようになった。故に、彼はリピューテリアが起き出す正午よりも早く走り始め、彼女が起きたときには筋力トレーニングを開始するようになっていた。
その筋力トレーニングも、彼の身体に筋力がついてきたことで、容易とは言わないものの、達成できるようになった。最も険しいのがスクワットだが、腕立てと上体起こしをこなすまでの間に、走り込みでボロボロになった下半身の筋肉を可能な限り回復させるよう心がけることで、達成率は向上してきている。
加えて、彼の生活を変えたのは食事だろう。
古騎士ザルクバルクが日に2回運んでくる食糧は、これまで食事にありつけられるかどうかだった孤児たちの栄養不足を十分に補った。
痩せ細っていた身体は少しずつ肉を取り戻し、クインに至っては、見るからに屈強な肉体を生み出すことに成功した。
「おにいちゃんすごーい!」
「むきむきだ!」
「ムキムキー! きしになれるね!」
「俺は騎士見習い目指してるんじゃねぇよ!?」
クインとシャレアの他にいた3人の孤児――栗毛のアムと、青い瞳のレン、そして鈍臭いグースは、着替えのために上半身を脱いだクインに群がり、その筋肉の盛り上がりをペタペタ触っている。
それがくすぐったいのか、妹分達に触れられるのが気恥ずかしいのか、顔を赤くさせながら彼は声を荒げた。
「俺は治療術士を目指してんだよ! なのになんでこんなイイ体になってんだよ!?」
「修行に耐えられる身体作りをしてるって説明したじゃない。基礎中の基礎は騎士だろうと治療術士だろうと同じなの!」
「納得行かねぇ…! おい、ザルクバルク!」
「なんだ?」
壁を背にして目を閉じていたザルクバルクに、クインが声をかける。
この2ヶ月で、クインもザルクバルクに対し、かなり打ち解けてきた。
「俺、見習い騎士ならどれくらいのレベルだ?」
「そうだな。短期間にあれだけの基礎訓練をこなせるようになったと考えれば、有望株といったところか」
「俺、見習い騎士になろうかな…」
「あぁん!? 何いってんの!? まだ魔法の修行は始まってないのよ!?」
「だって、2ヶ月頑張っても魔法の魔の字も習ってねぇんだよこっちは!」
「あー! もう! そこまでいうならいいわ! 今日は死にたくなるまで魔法の勉強させてあげる!」
「おうやってみろ! お前を見返す為に鍛えたこの身体、どんなシゴキにも屈しねぇぞ!」
「言うじゃない…」
リピューテリアは歯をむき出して睨んでいたが、ふと表情を消し、息を吸った。
そして、ザルクバルクにアンクレットを外させる。
魔法を封じるブレスレットをザルクバルクが外す時のみ、リピューテリアは魔法を使うことを許されているのだ。
つまり、ここからの修行は、彼女が魔法を見せるということを指している。
「んじゃ、やるわよ」
「次はどうするんだ?」
「私の魔法をひたすら受けるのよ」
「……は?」
「〈鎖よ、神の鎖よ、この者を戒めよ、其は神意に背きし咎人〉」
素早い詠唱が放たれ、リピューテリアから迸る魔力は鎖となってクインの身体を雁字搦めにした。
「ちょ…!?」
「〈連結詠唱――〉」
「お、おい、待てよ!?」
「〈打ち据えよ、打ち据えよ、ただ打ち据えよ、【連鎖聖槌】〉」
邪神官から発せられる小さな魔力の塊が、衝撃波となってクインに襲い来る。
だが、魔法の鎖によって縛られたクインには、それを回避する術も、防御する術もない。ただひたすら、魔力の塊を全身に浴びた。
何度も、何度も。
炸裂する衝撃は、肉を打ち据え、骨を軋ませていく。
やがて、クインは意識を失った。
「…おい、こら、気絶するの早いわよ。ったく―――【治療】」
しかし、リピューテリアはクインに休む暇を与えない。直ぐ様クインはかけられた治療魔法で意識を取り戻す。
「うっ、あ……ぐぁ……くそ…ふざけんな…殺す気か……」
「だから死なないように鍛えたんじゃない」
「こんな、クソなことがあるか…! これが、一体何になる…!?」
「魔法の勉強よ」
「馬鹿にすんなよ! こんなことして魔法を使えるようになるわけねぇだろ!」
「アンタには魔法の才能がない。そもそも魔力ってもんがわかってないのよ。だから、それがどんなもんなのか、こうして直接身体に教え込んでやってるわけ、お分かり?」
「わかんねーよ! ザルクバルク! 助けてくれ!」
クインの悲痛な叫びは、巌の古騎士の胸に届いた。
腕を組んでリピューテリアとクインのやり取りを見ていたザルクバルクだったが、ふむ、と言ってから口を開く。
「敢えて魔法に晒すことで、肉体の魔法への抵抗力を上げさせようということか? 魔法への抵抗力を上げれば、魔力の操作ミスによって受ける反動を緩和できる。つまり、クインの才能に問題が有り、魔力操作の精度が甘くとも、魔法を成立させることができる…と?」
「へぇ、何? アンタも魔法の勉強してきたわけ?」
「別にそういうわけではない。ただ貴様の理路整然としない行動に対し、無理やり意味を当て嵌めただけだ。合っているのか?」
「アンタの言ってることは半分当たりよ。詠唱に失敗すれば、魔力が暴発して術者が傷つく。治療魔法の場合、特に反動は大きいわ。けど、こうして魔法への抵抗力を高めておけば、多少制御を失敗しても自分に跳ね返ってくる魔力を無視できる。結果的に詠唱の成功率を上げられるってわけ」
「普通の魔術師ならば、反動を極力抑え込むために魔力操作力を極限まで鍛えるという。その過程を飛ばす気か」
「飛ばすつもりはないわ。ある程度適当に詠唱しても誤魔化しが効くって技を仕込んでやってるのよ。この技術があれば剣を振りながらだって魔法を撃てるようになるわ」
「事実なら驚異的だが―――その前にクインが死ぬぞ」
「だから死なないように、最初にタフネスを鍛えてるって言ってるじゃん」
「……なるほどな」
「さ、説明は以上よ。クイン、最初に言ったでしょ? 私は厳しいの」
「これは厳しいとかそういう次元の問題じゃねーよ!」
「黙ってないと舌が吹っ飛ぶわよ。ほら〈打ち据えよ、【聖槌】〉」
「うごぁっ!?」
そうして、彼はその後、3回意識を失うまで魔法に晒されることとなった。
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